会社やサービスを立ち上げた時、その内容を伝えるため必要になる企画書。その中にはどういった情報が盛り込まれ、どんな思いが詰め込まれているのか。ここでは、数多くのプレゼンをこなす起業家、ビジネスパーソンらが手掛けた企画書の中身を公開。企画書を作る上でのこだわりや気をつけていること、アイデアなどを紹介する。
今回は、排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」の開発を手掛ける介護テック企業aba(アバ)が、「Industry Co-Creation(ICC)サミット KYOTO 2021」で2位に入賞したピッチイベント用の企画書を紹介する。ICCパートナーズ代表の小林雅氏と「100%共感プレゼン」の著者でもある三輪開人氏の2人にアドバイスをもらいながらブラッシュアップしていったという企画書はどんなところを変更し、どの部分を残したのか。会場を巻き込みながらプレゼンを進めるスタイルと合わせ、aba 代表取締役の宇井吉美氏に話しを聞いた。
abaは2011年に設立。自らも介護職として働いた経験を持つ宇井氏が立ち上げた。Helppadは、においで尿と便を検知するセンサーを用いた排泄ケアシステム。ベッドに敷くだけで排泄を検知できるほか、データを蓄積し、排泄パターン表や予報の確認も可能だ。
「介護はピッチイベントの来場者にとって”自分ごと”になりづらい事業。その中で自分ごとと感じてもらうには、質問するのが良いと。答えていくことで自分ごとになっていくというアドバイスを三輪さんからもらって実践した」と話す通り、宇井氏のプレゼンは序盤に質問を盛り込む。宇井氏が投げかけた質問は、5〜6ページ目の「親におむつ交換をしてもらった人はいらっしゃいますか?」と「親のおむつ交換をした人は?」の2問。プレゼンの最初にこの問いかけが入ることで、介護を自分ごとと意識でき、話しに引き込まれる。
同様に聴講者が自分ごとと受け入れられるよう、資料内における言葉にも細かく配慮する。2ページ目に出てくる「テクノロジーでだれもが介護できる社会をつくる」というキーワードは、もともと「必要な時に必要な介護を実現できる社会」という文言を使用していたが、小林氏から「漢字が多い。テクノロジーを前面に出したほうが良い」などのアドバイスを得て、変更したもの。宇井氏は「介護現場で話を聞いてみてわかるのは、介護ができるロボットではなく、介護ができる人を増やしたいということ。この話を小林さんにすると、Helppadの良いところはテクノロジーを人が使うことと介護現場の働き方を変えられるところ。abaが開発しているのは、システムやサービスではなく社会という規模感が伝わるようにすることが大事と言われた」と、一つ一つの言葉に気を配る。
小林氏とともに全体の構成を見直し、テンポの良い流れに変えていく中で、変更したのがプロフィールページだ。資料の20ページには排泄実験の画像が入れられているが、実はこの画像に登場しているのは宇井氏ご本人だ。以前は、介護ロボットの開発に携わってきた経緯や介護現場で働いてきたプロフィールページにこの排泄実験の話も盛り込んでいたが、変更後は排泄実験を話しながらセンサーの原理を説明する形に修正。「プロフィール情報を淡々と読み進める中で排泄実験の話をしてしまっては、せっかくの貴重な話が抑揚もなく終わってしまう。情報を並列に並べると相手は受け取るだけになってしまうが、強弱をつけて自分自身の体験を資料内に登場させると、流れの中でとっかかりにもなるし、自ら実験に参加しているという重要さが際立たせられる」と、要素を整理することで訴えたい部分を浮き彫りにする。
こうした情報の整理で、伝えたいことを明確にする。32〜33ページは、介護施設だけではなく、在宅介護の支援も手掛けるabaの取り組みを示しているが、当初は「今後は在宅への進出もおこなう」をキャッチに「在宅支援を支えるヘルパーさんは激減している」という現状を示す内容になっていた。
それを「在宅支援を支えるヘルパーさんは激減している」をキャッチに「ヘルパーさんを支える仕組みが急務」と現状を伝え、困りごとを明確にする形に変更。「激減」部分の文字サイズを大きくするなど、今ある課題を押し出す。
「この部分で何が言いたいのかというと、在宅介護市場へ進出することよりも、在宅を支えるヘルパーの方が減っているという事実。ネガティブな課題を伝えた後にそれを解決する仕組みを提案し、救いがある構成にしている。これも三輪さんにアドバイスいただいたこと」だという。
「33ページでは『ヘルプパッドで街全体を1つの介護施設にする』というキャッチを打ち出しているが、元は「ヘルプパッドでヘルパーと地域ボランティアの共創をつくる」というキャッチを使用していた。私自身は街全体を介護施設のようにしたいという思いから、さらに抽象的な表現で『屋根のない介護施設をつくりたい』とイメージしていた。それを小林さんに伝えると『屋根がない?それはキャンプ場みたいな介護施設なのか』と言われてしまう。これでは介護に携わらない人には伝わらないと思い、街全体という言葉を用いた。本当にシンプルに誰にでも伝わる日本語にすることが大事だと思った」と宇井氏は振り返る。
こうした言葉へのこだわりは、資料の最初と最後にも現れる。2ページ目で「テクノロジーでだれもが介護できる社会をつくる」と記されたキャッチは、最終の34ページ目で「テクノロジーであなたが介護できる社会をつくる」という言葉で繰り返す。
「だれもが介護できる社会は理想として正しいが、それでは自分ごとにはならない。みんなと言われると自分のことだと思わない人がいる。それをあなたと一人称でいうことで自分ごととして受け止められると、三輪さんにアドバイスされ、言い直している。あなたに言い換えることで印象を残しながらプレゼンを終えられた」とのこと。緻密な言葉選びをすることで、聴取者の心に響くプレゼンに仕上がっている。
完成までに、約1カ月を要したという資料づくりだが、「一人で作っていると堂々巡りになってしまうが、人と話しているとアイディアがマッシュアップされていく。ただ、そこにたどり着くまでには、自分の中で悩みに悩んで、もう無理というところまで突き詰めなければいけない。自分の中で悩みきっていないと、人と話してもその人の時間を奪ってしまうだけで、進みが遅くなる」と言い切る。
突き詰めて資料を作成しているだけに、困るのが図版やイラストなどの作成だという。「本当に悩ましいのが、最後の最後まで必要な図版が見えてこないこと。実際、こちらの資料では、最終プレゼンまで1週間もない中でスタッフとデザイナーに入ってもらい、急遽作成してもらったものもいくつかあった。中には以前説明用に作成したアニメーションからイラストを転用したりもしているが、どうしても足りない部分は新しく作成してもらった」とチームとともにギリギリまで手を尽くす。
大学時代「プレゼンが相手に伝わらないとしたら、ジュウゼロで伝え手が悪い」と恩師から言われていたという宇井氏。それだけにプレゼンに臨む前は「来場者の属性、審査員のプロフィールなどを調べて、伝わるように仕上げていく」と事前準備も欠かさない。
登壇した際は「とにかく早口にならないようにすること、制限時間内にきちんと終えることを気をつけている。特に時間を超過してしまうと、聴いてくれた方に返すことはできないので、注意している」と話す。
それでも「前半で話しを盛り込みすぎて、後半時間が少なくなってしまったり、一方で長尺の講演会で時間が余ってしまったりと失敗はある。ただ、プレゼンの回数を重ねることで、後半を巻いて説明をしたり、もともと用意していた文言を一言で言い換えたりと、応用が効くようになってくる。これができるようになったのは場数を踏んだからこそ。私にとってプレゼンの練習は練習でしかなく、本番に強くなるためには本番に何度も挑戦するしかない」と近道はないとのことだ。
プレゼンで参考にしているのは、三輪氏のほか、ユーグレナ 取締役副社長の永田暁彦氏など。「ジャンルは全く異なるが、スタジオジブリ 代表取締役プロデューサー 鈴木敏夫さんのプレゼンはいつもすごいなと思っていて、スライドなどを使わず話すのに、ものすごくわかりやすく、内容が伝わってくる。いつかそういうプレゼンができるようになりたい」と視野は広い。
宇井氏は「自分が伝えたいことはもちろん、相手にどう動いてもらいたいかを的確に伝えるのがプレゼン。私は以前から『現代のナイチンゲールになる』と言っていて、ナイチンゲールは世界ではじめてナースコールを作った人。それとともに、鶏頭図と呼ばれる円グラフも生み出している。まだ数値を視覚的に伝えることが難しかった時代、鶏頭図を使うことで、死亡者数の現状をひと目で伝わるようにした。これこそがプレゼンだと思っている。言葉にすると恥ずかしくなるようなことだけれど、テクノロジーを開発し、良いプレゼンをして、多くの人が介護に参加したいと思ってもらえるような世界をつくりたい。その翻訳者になりたいと思っている」と思いを明かしてくれた。
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