「常識を再定義するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く」をテーマに、2月に約1カ月間にわたって開催されたオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021」。2月18日は、パロニムの代表取締役である小林道生氏が登壇し、同社が提供する“触れる”インタラクティブ動画技術「TIG(ティグ)」で届けたい価値や今後のビジョンを語った。
動画内の出演者が着ている服などをタップすることで、その商品を“お気に入り”的にストックし、後で簡単に購入サイトにアクセスする、といった使い方ができるTIG。会社設立から4年余り、導入企業は順調に拡大し、最近ではECサイト連携に止まらず幅広い業界がTIGに注目しはじめている。
TIGは、“触れる動画”という触れ込みの通り、スマートフォンやPC上で再生している動画の内容をタップ(クリック)・ストックができる技術だ。動画を配信する側は、TIGの管理画面上から動画内の任意の箇所を指定し、「TIG付け」するだけで、その箇所を視聴者がタップできるようになり、アイテムの「ストック」が可能となる。
たとえば、TIG動画化したファッションショーの映像の場合、モデルが着用している洋服や帽子、アクセサリーなど気になる部分をタップすると、そのまま動画コンテンツ内のストックリストにそのアイテムがストックされ、さらにストックされたアイテムをタップすることで、商品の詳細ページや直接購入できるECサイトなどにジャンプできる。また、動画内で複数の選択肢を表示し、選んだものに応じて再生内容を分岐させることもできる。
TIGの管理画面上からTIG付けするときは、動画内のアイテムを範囲指定する形になる。そのアイテムが動画のなかで移動して、オートトラッキング機能によってTIG箇所を自動追従できるため、手間をかけることなく簡単にTIG動画化が可能だ。動画内からタップしたアイテムの関連情報へとシームレスにアクセスでき、ユーザーの次の行動を促進、さらにその視聴行動データを基に、視聴完了率やジャンプ率、タップ率などの詳細な分析も可能となる。また、視聴者が動画のどこに注目(タップ)したかをヒートマップで解析できる機能も用意している。
動画を配信する企業にとっては、商品の直接的な購入につなげられるメリットがあるだけでなく、それらの分析機能を用いることで、どんな場面、どんな箇所を視聴者が注目しているのか容易に把握でき、よりタップしてもらいやすい(次の行動につながりやすい)動画作りのヒントを得ることもできる。
動画は短時間で多くの情報を伝えられ、SNSなどへの拡散につながりやすく、セレンディピティ(偶然の出会い)があるうえに、ユーザーエンゲージメントが圧倒的に高いという、マーケティング・プロモーションに適した多くの利点がある。しかし、従来型の動画では、視聴中に気になるものを見つけても詳細をすぐに知る手段がなく、サーチエンジンで検索しようと思っても、どのようなワードで検索すればいいのかがわからなかった。しかも、実際にユーザーが達成したい「商品情報の取得」までに、動画からの言語化、検索、ウェブサイトへのアクセスといった、いくつもの手順を経る必要がある。
TIGでは、多数の手順を経ることなく情報の取得へとつなげられるため、動画の途中離脱といった機会損失が少ない。既存動画の弱点をカバーしつつ、動画本来の強みをさらに生かすことができる技術になっている。「ITリテラシーが低くても、誰でも簡単に平等に情報を取得して、そこから行動を起こしていけるインターフェースを作りたい」という小林氏の思いから生まれたTIGは、まさに「導線のイノベーション」を実現している。
TIGの導入企業が拡大したことで、具体的な効果も見えてきている。ある大手通販会社では、TIG経由で商品ページにアクセスし購入に至った「ダイレクトコンバージョンレート(CVR)」は最大5%。これだけでもかなり高い数字だが、ついでに他の商品も含めて購入した割合を示す「アシストCVR」は平均135.2%と、驚異的な数字を記録したという。
別のECプラットフォームでは、通常動画のCVRが3.64%だったところ、動画の内容は同じままでTIG動画にした場合は11.76%と、3倍以上に向上。資料のダウンロードを促すためにInstagram広告としてTIGを配信したケースでは、通常のランディングページからのCVRが0.61%だったのに対して、TIG動画経由では20.0%と飛躍的に上昇し、しかも資料をダウンロードさせるための費用単価(CPA)を半分に削減できたという。
かなり引きの強い内容でなければ最後まで見てもらえないと考えられている動画コンテンツだが、全体的な傾向を見ても、TIG動画の再生完了率は80~90%をキープ。ストックした動画内のアイテムの詳細ページなどにアクセスするタイミングは動画再生の終わりが多く、しっかり最後まで視聴してから遷移することもわかっている。そのうえ遷移率は平均して30~40%と極めて高い。
ただ、TIG動画を使えばすぐに効果が出る、と短絡的に考えるのもよくないと小林氏は付け加える。「コンバージョンを増やすことだけを目的に、単発で結果を求めても成果は出にくい。3カ月から半年かけて、ユーザーに対して“触れる動画”の認知を広げていくことをしっかりやっている企業は、非常にいい結果につながっている」という。
つまり、TIGの導入後すぐに成果が出ないからといって諦めてしまうのではなく、「多様性をもったKPI設定」をして、ユーザーのTIG動画に対するナーチャリングをじっくり進めていくことが大事というわけだ。
実際、TIG動画を導入してから1年以上経過している出版社では、YouTubeに通常の動画をアップロードしていたものをTIG動画にしたところ、動画概要欄からリンクしている商品のランディングページへのアクセス率が1%前後から25%前後にまでアップしたという。
TIG動画のナーチャリングにあたっては、「動画の演者に、1秒でも2秒でもいいので“TIGれる動画ですよ”と言ってもらう。かつ、動画内でTIGっているシーンを入れて、動画の前後にTIG動画であることを説明する文章を加える」ことも重要だと小林氏はアドバイスする。
このように、マーケティングやプロモーションの領域で大きな成果を上げているTIG動画だが、それとは全く異なる分野でも活用の可能性が広がりつつある。
小林氏がまず例として挙げたのは教育分野だ。たとえば、ベテラン職人の技術継承に課題を抱えている建設会社では、TIGのヒートマップによる分析機能を利用している。ベテラン職人が何を見てどう考えているのか、その一方で若手がどこを気にしているのか、といった注目箇所を明らかにすることで、技術継承のための教育を効率化しているそうだ。
また、一般的な企業の研修においてはTIG動画をゲーム的に活用している例もある。ハラスメント研修でTIG動画を受講者に再生してもらい、その映像のなかでハラスメントだと思われる箇所をタップしてもらう、といったものだ。受講者自ら能動的に参加できるため、たとえ退屈な内容の研修であっても集中力を切らさずに受講してもらえるメリットもある。
TIGは情報格差を埋めるツールになる可能性も秘めている。地方創生に関わっているある政治家にTIGを紹介したところ、地方と都市とで情報格差はあるが、たとえば同じ映像を見ているときに、その中の何に気付けるか、気付いたものをどう活用して自分のベネフィットにつなげていけるか、という力の違いが情報格差になっている、といったことを指摘されたのだとか。
しかしTIGは、動画のなかで「気付くといいことがあるんだ、ということを示唆し、情報に触れる機会を明示することができる」仕組みになっている。年齢の違いやITリテラシーの有無に関係なく、誰でも動画内から適切な情報に到達できるようになるため、情報格差の是正につなげるツールになることにも気付いた、と小林氏は説明する。
2020年10月には、ライブ配信の動画をTIG化する「TIG LIVE」もリリースした。このコロナ禍で実店舗に足を運ぶ人が少なくなっているが、TIG LIVEがその状況を改善する1つの方策にもなり得ると小林氏は強調する。たとえば店内をうろつきながら演者がスマートフォンで商品のバーコードを読み取ると、その商品のアイコンが動画内にポップアップする。実店舗におけるこうしたライブ配信では、まるで視聴者も一緒にショッピングしているような気分になれるのが特徴だ。
とりわけアパレル分野では、オンラインで情報を仕入れ、実店舗で試着し、再びオンラインで購入する、という「ON to OFF to ON」の購買行動が多いとされている。しかし実店舗に行けなくなったことで、昨今はすべてをオンラインで解決する「ON to ON to ON」の方法が求められているところ。TIG LIVEは、その有力な解決手段の1つになるとも小林氏は考えている。
小林氏は、TIGの今後の計画についても明らかにした。まず1つ目に紹介したのは、LINE上でTIG動画を利用できる「TIG for LINE」。企業などが配信したTIG動画について、ユーザーがタイムライン上で閲覧でき、動画内で過去にタップしたアイテムはすべてLINE内にストックされいつでも一覧できる。もちろんストックされたアイテムを選べば購入ページなどにアクセスできるため、商品の比較検討や購入手続きが一段と効率化できることになる。
続いて紹介したのは、ECプラットフォームのShopifyと連携する「TIG for Shopify」だ。Shopifyを利用したECサイトに掲載した商品紹介のTIG動画を再生したときに、動画内にあるカートアイコンをタップするだけで、ストックした複数の商品の一括購入手続きに素早く移れるというものだ。ユーザーの取るべきアクションがさらに少なくなり、オンラインショッピングのスタイルにも新たな変化が訪れるかもしれない。
また、映像そのもの、コンテンツ力という意味では、「テレビ離れ」が進んでいると言われてはいるものの、テレビ番組の強さはいまだ健在だ。こうしたテレビ番組へのTIGの導入は、放送波については文化・制度的に難しいと小林氏は考えているという。しかしながら、近年はテレビ番組のネット上でのサイマル配信が増えており、小林氏は「ここにTIGを導入することはできる」と話す。すでにショートドラマやアニメーション作品でTIGを活用するプロジェクトも進行中とのことで、これからのコンテンツ展開にも期待が高まる。
TIG動画を通じたユーザーの行動はパロニムのデータベースに残されており、今後はそれらのパーソナライズデータについて、TIGを導入した各企業が活用できるようにすることも検討している。すでに世界5カ国でローンチしているTIGのグローバル展開も一段と本格化させるとし、いずれは世界のあらゆる市場で、商品のプロモーション方法や消費者との最適なコミュニケーション手法を探っていくことが可能になりそうだ。
最後に小林氏は、同カンファレンスの共通質問「あなたにとって常識の再定義とは?」という問いについて、「圧倒的に遠いものをつなぐこと」と「引き算すること」を挙げた。米国において「タクシーとアフィリエイトをつないだUber」のように、かつては関連が薄くてつながるとは思えなかった要素を“つなぐ”ことによりイノベーションにつながったと説明。そして、フィーチャーフォンのテンキーを「引き算」したことでスマートフォンが生まれたと言うこともできるとした。
同社のTIGも、映像から情報を得るうえでは必須だった検索というものを“引き算”することでできあがった仕組みだ。小林氏は「当たり前のようにあったものから大きく引き算していくことも常識の再定義、イノベーションにつながる」と訴え、セッションを締め括った。
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