しかし、多くの企業、特に規模の大きい企業になるほど組織はピラミッド型で、社員が自律的に働くのは難しく、世間との距離感も遠くなる。これでは三方よしを体現するのは難しい。巨額の粉飾決算が明るみになって倒産した米Enronや、サブプライムローン関連の損失を公的資金で補填し破綻を免れながら、幹部に巨額のボーナスを支給し米国民の怒りを招いたAIGなどは、ともに「敬意」「誠実」などを自社のコアバリューとして掲げていたが、実態としては極めて利己的な経営をしていたことになる。
創業から間もないベンチャー企業などでは、現代的な三方よしの考え方を初めから取り入れていることもあるが、ほとんどの経営者や従業員にとっての現実の問題は、統制型の構造となっている自らの会社を、どのようにしてソーシャル時代に対応した形に変えていくかだ。これについて斉藤氏は、難しい問題で取り組みは道半ばとしつつも、改革の効果を出しつつある企業の例として、スーパーマーケットのカスミを挙げた。
1961年創業のカスミは、茨城県を中心として関東地方に147店舗を展開する食品スーパーチェーンで、社員数は1873人、パート・アルバイトなどを含めると6712人が働いている。代表取締役会長の小浜裕正氏はかつてダイエーで中内功氏の右腕として奔走した人物で、2000年に多角経営に行き詰まりを見せていたカスミに転じ、食品スーパーとしての立て直しに成功した。しかし小浜氏は、米国で発祥したチェーンストア経営、すなわち標準化・単純化の徹底によって規模の利益を追求する手法では、この先の生き残りは難しいと考えていた。
それまで同社ではTwitterもFacebookも利用していなかったが、小浜氏は、真の顧客志向経営を実現するためには、過去の成功体験を捨て、顧客との接点を根本的に変え、生活者と企業が交流し新たな関係性を築くことが必要と判断。2013年から3年間の中期経営計画に「ソーシャルシフト」を盛り込み、若手社員を中心とした「未来委員会」を社内に発足した。委員会では、これからのカスミがどうあるべきか、全社で共有できる価値観をトップダウンでなく現場中心で考え明文化した。また、統制型から自律型へ組織を変革するため、それまでの営業系組織から独立した店舗を社内立候補により10店選出し、ソーシャルシフトのモデル店舗として運営を開始した。
モデル店舗では、社員からパートタイマーに至るまで、「言われたことをやる」から「自分で考える」への意識改革を推進。従来、売り場作りや商品開発は本社の役割で、店舗はそれを忠実に実行するというものだったが、モデル店舗では売り上げ・顧客満足度向上の手段は各店舗に任されている。現場でも、社員がパートタイマーに1から10まで指示するのではなく、むしろ社員が聞き役に回り、対話の中から売り場が作られていくように改めた。仕事のやり方そのものが変わったことで当初は難航するも、導入から7〜8カ月が経過し、現在ではモデル店舗の売り上げが他店を5〜6%程度上回るようになっているという。
「社員の自主性」を題目とした経営改革は失敗することも多い。斉藤氏は「きれい事だけで自律型組織を目指すと、リーダーの求心力がなくなって放任型組織になり、規律型組織よりも効率が落ちる」と話し、そうならないためには、全社での価値観の共有と、本社の強力なバックアップが必要だという。ここでの本社の役割とは、命令・統制ではなく、社員が自律的に動けるよう、足りない経営資源を用意したり、人材開発を支援したりと、現場の悩みを共有し、解決に向けて共に歩むことである。問題解決のプロセスで得られた知見は全社に向けてオープンにすれば、ほかの現場でも役立てることができる。
カスミでは、消費者に向けての情報発信の道具ととしてだけでなく、社内交流の場としてもFacebookを活用しており、2000名以上の従業員がFacebookに登録している。店舗や部署、課題に応じたFacebookグループも自然発生的に生まれており、従業員同士の対話の活性化に役立っている。ただし、Facebookなどのソーシャルメディアはあくまでもツールであり、目的は「ソーシャルメディアの活用」ではなく「自律的組織の構築」にある。なお、当初計画では2014年はモデル店舗を30店舗程度に拡大する予定だったが、社内募集に対して多くの店舗から手が挙がっており、展開を加速する可能性があるという。
斉藤氏は、世界的に見ても日本は世代を超えて長期にわたり存続している長寿企業が極めて多い国であることに触れ、その背景として三方よしの精神の影響を示唆した。「人々の絆から価値を創造する」ソーシャルシフトは、老舗と呼ばれる企業が実践してきた日本的経営スタイルとも符合するものであり、それを現代のやり方で実践することが真の顧客志向や持続可能な企業の実現につながると強調した。
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