絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」第4回--絵文字が引き起こしたUnicode-MLの“祭り” - (page 5)

言語と地域は1対1で対応しない

 このホイッスラーの指摘については「イギリス英語とアメリカ英語の区別は重要視されず、そうした区別を始めればインド英語、オーストラリア英語、ジャマイカ英語の区別まで必要になってしまう」という反論が出ますが、以下のようなホイッスラーに賛成する意見が寄せられます。

英語をあらわす最もふさわしい文字は「en」だ。必要に応じてアメリカ英語は「en-US」、ジャマイカ英語は「en-JM」にすればよい。国旗は言語を意味する、人気はあるけれど劣った方法である。(12月23日、ダグ・イーウェル、アメリカ

 さて、問題が深まりました。ここでは言語と地域だって1対1で対応しないことが指摘されています。そういう中で無定見に国旗に言語/地域を対応させれば、矛盾は深まるばかりというわけです。これもまた、日本語を主たる言語とする国は日本だけであることを考えると、日本国内ではあまり問題にならない点です。こうした指摘に対し、提案を主導するマーク・デイビスはどのように答えたのでしょう。

さらに検討の跡をたどることにしよう。UTCは前の会議で676通りの文字の組み合わせを用いながら旗を表現するアプローチを慎重に検討した結果、明確な互換性の必要があった国旗の絵文字だけ(ごく少数)を符号化すべきと決定した。(12月24日、マーク・ディビス、Google

 厳しいことを言うと、これは最初の発言の繰り返しにすぎませんね。さらにいえばマゴウワンにしたソース分離の説明とも同曲の理屈です。つづいてホイッスラーが指摘した国旗が言語や地域も表す件については、以下のように答えています。

「国旗としてより、むしろこれら10のシンボルを共通の言語/地域のシンボルと解釈すること(また符号化すること)はどのような違いを生じさせるか、個人的にはよく分からない。強いて言えば収録する可能性のある言語や場所の数は、現在ある旗の数より多い……。私の感覚で言うと、これらは純粋に互換性を確保する目的を認定され、これら10の旗のシンボルは符号化されるということだ。

 わずか4日前にあれだけのことを言った人と思えない、ずいぶん気弱な回答です。

国旗をめぐる問題点とは

 この後も相次いで指摘がなされ、国旗をめぐる問題点は積み上がっていきます。全部は無理ですが列挙してみましょう。以下、文頭の「▼」は筆者による要約です。

▼国旗は政治問題を引き起こす

たとえばチベットの国旗は中国によって拒否されるだろう。同じような状況は他の国旗にも存在する。(12月23日、イェルーン・ラウフロック・ヴァン・デル・ウェルヴェン、オランダ?

▼モノクロだけでは国旗は識別できない

アメリカや英国のように特徴的なパターンであれば色がなくても識別は可能だが、フランス、イタリア、アイルランドのような単純なパターンの場合、モノクロで識別させる方法はない。(12月23日、Ruszlan Gaszanov、フランス?

▼国旗は決して安定していない

体制が変わるときには国旗も変わる。(1月11日、ジョン・ハドソン、カナダ

▼ある種の旗は、ある種の人々にとって受け入れがたい

歴史上の旗も符号化する必要があるだろう。しかし現在のドイツの旗がナチス体制に結びつけられたり、ナチスの旗が現代のドイツのために使われたりすることを受け入れてもらえると思うか?(1月11日、フィリップ・ベルディ、フランス

国旗のデザインをあきらめ、絵文字の順番もアルファベット順に

 正直言って首を傾げたくなるような指摘もありますが、まさにパンドラの箱。リック・マゴウワンは「私はこれらが論争を引き起こすことを、かなり確信しています」と予言しましたが、まったくその通りになったことが分かると思います。この論争はじつに興味深くて、なかでも読んでいて思わず「あっ」と声を上げてしまったのは、1月12日にAppleの国際化担当者ジョン・ジェンキンスからMac OS Xでは言語のシンボルとして国旗を使っているという「告白」が寄せられたときです(図7)。

図7 Mac OS Xにおける「言語環境」パネル。ここでは言語ごとのキーボード配列を表すシンボルとして国旗が使われている。 図7 Mac OS Xにおける「言語環境」パネル。ここでは言語ごとのキーボード配列を表すシンボルとして国旗が使われている。(※画像をクリックすると拡大します)

 彼等はこの方法は問題が多いことを承知していましたが、他の選択肢がなくてやむをえず採用したそうです。Mac OS Xは当初からいくつもの言語版を1枚のメディアにまとめて発売していました。これはMicrosoftがおそらくWindows 7になっても実現できないことです。そうした、国際化ではトップクラスの技術を持つと思われていたAppleが、言語のシンボルに国旗を使わざるを得なかったという事実は、この問題が一筋縄でいかないことを物語る好例のように感じました。

 このように問題だらけの国旗なのですが、Googleはどのようにこれを解決したでしょう? Googleという会社がなんでもインターネット上に公開することはよく知られていますが、絵文字の符号化についても同様で、共同提案者であるAppleの担当者もふくめ、実務者間の連絡用掲示板が公開されています。ここでは問題点ごとにテーマが立てられています。「Issue 58: revisit flag symbols」というのが国旗に関するもので、その5番目、外出先で思いついたことを急いで送信したという感じの1月20日付コメントが解決法を示しています(ところでこのフリーアドレスの持ち主は誰なのでしょう? 文体はデイビスに似ているような気もするのですが……)。

国旗と同じ批判を受ける可能性はあるが、1つのアイデアとして、例えば「GB」のように国を表す自動車ステッカーのデザインをまねするというのはどうだろう。結果としてモノクロで識別しやすいデザインにもなる。

 つまりEU圏内で使われる、車の所有者の国籍を表すステッカーのデザイン(たとえばこのような)を取り入れようというアイデアです。この結果が次のもの(図8)。

図8 国をあらわす絵文字の最終案 図8 国をあらわす絵文字の最終案(※画像をクリックすると拡大します)

 問題の多い国旗のデザインをあきらめ、これらは国を意味するシンボルであると割り切って、シンプルに国際規格ISO 3166で規定された国別コードを点線の四角で囲ってしまおうというもの。それにともない文字の名前もたとえば当初の「FLAG SYMBOL JP」から「EMOJI SYMBOL JP」と「旗」の要素を取り除いています。また順番も誰からも文句のでないアルファベット順に変わっています。これが最終案となって、2月のUTC会議に提出され、承認ののちWG2に提案されることになりました。

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