絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」第4回--絵文字が引き起こしたUnicode-MLの“祭り” - (page 4)

絵文字の幼稚さ、文化的な偏りへの不快感--MLで議論されたこと

 そこでUnicode-MLでの議論を紹介しようと思うわけですが、繰り返しますが1002通の全部は紹介できません。たぶんもっとも興味を集めやすいのは「ネットの喧嘩」でしょう。極論の爆発、皮肉の応酬、広がる亀裂、懸命の火消しと和解……。こういう時は投稿数もすごい勢いで上昇するもので、読んでいると言語の違いを超えて懐かしさすら覚えます。ただし、ここで皆さんに報告すべきは「絵文字がどのように符号化されるのか」ということですから、やはりそれは本質ではありませんね。

 また、当初絵文字に対してUnicode-MLの多くのメンバーの非難が集中したのは、その幼稚さでした(たとえば、これ)。しかし、これはインテリが俗なものに抱くよくある侮蔑感情であり、この国際的なメーリングリストでそうした感情が爆発したこと自体は興味深くとも、議論がつづく中でメンバー自身がその愚かしさに気づきはじめ、自然に抑制していった印象をうけます。その意味では、ここで殊更に取り上げて面白がるべきものとも思えません。

 議論全般の概要については師茂樹さん(花園大学准教授)が、ご自身のブログで「携帯電話の絵文字のUnicode登録をめぐる議論の動向」(2009年2月8日)という、よくまとまったエントリを公開してくれています。そこでは主要な論題ごとに分けて紹介されています。ちょっと強引にそれらを前述リック・マゴウワンによる3種類の指摘で分類し直すと、以下のようになります((1)は論題として整理しづらいので、ここにはありません)。

(2)文化的な偏りへの不快感:日本の文化に依存しすぎ論、N3452主義、絵文字はchildish
(3)ソース分離への反発:Private Use Areaでやればいいじゃん、Round Trip Conversion主義、部分採用派、文字とは何か?

 それぞれの内容は、ぜひ師茂樹さんのブログを読んでいただきたいのですが、Unicode-MLでなされた議論の多くが、マゴウワンの指摘と重なる部分があることが確認できます。それでもこれらが絵文字の符号化にどう反映されていったのかに関しては、なかなか見えてきません。まあ「祭り」の最中のエントリだから当然なのですが。

 そこで1002通のメールの中から、前述マゴウワンによる3種類の指摘すべてに関わり、さらに絵文字の国際提案にも関わる議論として、「国旗」に関するトピックをご紹介します。図4でも取り上げましたが、ここでは日本、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、スペイン、ロシア、中国、韓国という10の国旗が提案されていました(図6)。それにしても、なぜこの10カ国なのでしょうね? Unicodeの側から言えば、答えははっきりしています。「互換性を確保するため、キャリアの絵文字をそっくり収録したから」となります。

図6 10カ国の国旗の絵文字。左が当初の代用デザイン、右が1月7日に変更されたフォントデザイン。なお、これらは図7にある最終案に差し替えられ、現在は見ることができない。それにしてもフランスとイタリアの区別がつく人はいるのかな? 図6 10カ国の国旗の絵文字。左が当初の代用デザイン、右が1月7日に変更されたフォントデザイン。なお、これらは図7にある最終案に差し替えられ、現在は見ることができない。それにしてもフランスとイタリアの区別がつく人はいるのかな?(※画像をクリックすると拡大します)

 一見するとこの10カ国の組み合わせには何の不自然さもありません。でも、なぜ日本のキャリアはこれらの国々を選んだのでしょう? 人口の多さですか。それなら一見して人口が少ないヨーロッパ諸国が入っているのはおかしいですね。ではGDP(国内総生産)なのかな。絵文字が作られた1999年当時、GDPは上からアメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、カナダ、スペイン、オランダの順でしたから(IMF)、ずいぶんこの10カ国と違います。

 では在留外国人の出身地でしょうか。1999年当時の統計を調べると、外国人登録者数の出身地は上から韓国・朝鮮、中国、ブラジル、フィリピン、米国、ペルー、タイ、インドネシア、英国、ベトナムの順でした(法務省『出入国管理 平成15年版』p.33、国名は原文ママ)。つまりこの10カ国の選択は、客観的なデータにもとづくものというより、各種の指標を恣意的に折衷したもののように思えます。平たく言えば、日本人が日本人のために選んだものと言えるでしょうが、それでも日本国内で使うだけならあまり問題はないでしょう。

 しかし国際規格のレパートリとなるとどうでしょう? そして、Google提案とはこれら10カ国の国旗もふくめ、日本のキャリアの絵文字を丸ごとソース分離によって収録しようとするものでした。では、これがUnicode-MLでどのように受け止められたのか、抄訳(時には意訳)になりますが紹介してみます。なお、カッコ内は投稿日、氏名、所属(NBはナショナルボディの略、ない場合は推定居住地)の順です。居住地が分からない場合は「?」を加えてます(どのみち完全には無理ですが)。氏名はそれと思われる読みをカタカナで表記しました。

日本の文化に深く依存した10の国旗--選ばれた10カ国の恣意性

 国旗についてまず最初に指摘されたのは、選ばれた10カ国の恣意性でした。国際規格としてのISO/IEC 10646は多くの国の総意で収録が決まります。そうした日本以外の人々がこの10カ国の国旗を見たらどう思うのか、という問題です。

もしこの10カ国を入れれば、やがて他の国の旗も加えなければならなくなる。少なくとも国連加盟国は全部収録すべきだろうし、EUや赤十字/赤新月社のような国際機関の旗も収録すべき。最初から全部入れておくべきだろう。(12月21日、クリストファー・フィン、カナダ在住イギリス人

 つまり「なぜ私は自分の国の旗を使うことができないのか」という疑問が当然出るだろうし、国際規格に参加する国同士は平等が原則である以上「わが国の国旗を収録せよ」という要求がされれば拒めないだろう。だから、最初から少なくとも国連加盟国は全部収録しておいた方がよいのではないかということ(ちなみにこの発言者はイギリスNBの経験者のようです)。すぐさまマーク・デイビスが反論。

UTCはこれを協議した。その結論は互換性のために必要な旗を符号化するというものだった。もちろん後から他の旗を加えることを排除はしない。アルファベット2文字で表現可能な組み合わせ676文字分(AA、ZZ、QM..QZ(XA)..XZ)をあらかじめ国を表すブロックとして用意するつもり。絵文字の国旗はその一部を使う。(12月22日(1)(2)、マーク・デイビス、Google)

Unicodeコンソーシアム技術部長ケン・ホイッスラー(サイベース) 写真3 Unicodeコンソーシアム技術部長ケン・ホイッスラー(サイベース)[出典:Unicode Directors, Officers and Staff

 そんな当然のこと我々はとっくに考えていたよ、というわけ。しかし人々は納得しません。というより、ここで最も激しく反論したのは、デイビスの言うUTC会議にもいたはずのケン・ホイッスラー(写真3)でした。

それも愚かな方法だと考える。これは(訳注:追加し始めれば)際限のない問題なのであり、あらかじめ676通りの国別コード分を用意するだけでは十分ではないだろう。(12月22日、ケン・ホイッスラー、サイベース、アメリカNB

 本当にUTC会議で検討されていたのなら、ホイッスラーはどうしてそれを言わなかったのが不思議ですが、どうやら意見を受け入れてもらえなかったようです。さらにホイッスラーは重要な指摘をします。

日本のショッピングサイトなどを見ると、国旗は言語を区別する方法として使われている。それこそがこれらのオリジナルの意図と思われる。たとえばKDDIの文書はこの絵文字について「ロシア国旗」と書く。しかしその絵文字は、ロシアの言語・地域を表すアイコンなのだ。(12月22日、ケン・ホイッスラー、サイベース、アメリカNB

 国旗が表しているのは国家だけではないというわけです。たしかに言語を表すのに国旗を使うのは時々見かける方法です(たとえば(1)(2)(3)(4)。ただし数が多いとまで言えないでしょう)前にこの10の国旗を「日本人が日本人のために選んだもの」と書きましたが、これらは日本でしか選ばれなかったであろう組み合わせであり、同時に日本のように国(地域)と言語が1対1で対応している所でなければ生まれなかったであろうレパートリだったのです(厳密には日本にもアイヌ語があり、その意味から問題はあります)。つまり、この10の国旗は日本の文化に深く依存したものです。「互いが平等」という国際規格の原則から発するこうした反発は、まさにマゴウワンが言った「文化的な偏りへの不快感」そのものと言えるでしょう。

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