顧客中心主義を貫けばライバルもカスタマーになる

インタビュー:梅田望夫2003年10月08日 00時00分

この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2003年11月号)に掲載された「破壊的創造のマネジメント」から「顧客中心主義を貫けばライバルもカスタマーになる 」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。

オミッド・コーデスタニ グーグル 業務開発・営業担当副社長

 卓越した検索エンジンを武器に、ネットビジネスの新境地を次々と切り拓いているGoogle(グーグル)は、 現在米国で最も注目されている「お化け未公開企業」だ。2003年の売上高はアナリストらの予想で7億ドル。 公開した際の時価総額は50億ドルを超えるともいわれる。グーグルの事業全般を取り仕切っているという噂の副社長に、同社の創造力の源泉を聞いた。

オミッド・コーデスタニ(Omid Kordestani)
Go Corporation、3DO、Netscapeと各時代の注目企業を渡り歩いてきた実務家。Netscape時代には業務開発・営業担当副社長を務めて、収益を大きく伸ばした。サンノゼ州立大学で電気工学を専攻後、スタンフォード大学でMBA。

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Q グーグルは検索エンジンから始まって、その後休むことなく技術を開発して収入源を拡げてきました。その原動力は何ですか。

A 私は、グーグルが創設者のラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン他数人のエンジニアしかいない会社だったころに入社しました。そのときすでに、二つの原則に従って経営しようと誓っていました。意味ある検索技術を提供することと、パートナーや顧客の利益を考えるということです。

 グーグルがどれだけ顧客中心主義か。それを示すのが、1999年にネットスケープとの提携関係に入った際に起こったことです。同社は最初の大きな提携先だったのですが、ここから来るトラフィックが当初知らされていたものをはるかに上回っていた。早朝からうなぎ上りで、キャパシティを超えるのではと気が気でなかった。

 しかし、ネットスケープにトラフィックを止めてくれとはいえません。ですから、ピーク時の正午あたりでグーグルサイトを閉鎖しました。この経験を通じて顧客を優先するという貴重なレッスンを会社全体が学び、その後のグーグルの姿勢を決定付けたのです。

Q ある調べによると、グーグルは2000年に2500万ドル、01年に1億ドル、02年に3億ドルの売上げをあげた。この伸びは、かなり急速ですね。

A 01年末に利益を出すようになり、過去2年半は売上げも利益も伸び続けています。収入源は複数ありますが、核となっているのは広告です。現在、グーグルの広告主はシンジケーション経由を含めて10万社を超えています。

 第2の収入源は、検索サービス技術のライセンスで、すでに世界中に130社の顧客を抱えています。ここからは、ライセンス料と検索結果ページ上の広告収入の一部を得ます。第3の収入源は「グーグル・イン・ザ・ボックス」という企業向けビジネスです。サーバとソフトウエアをバンドルして売り、イントラネット内の情報を簡単に検索できるようにする。現在の顧客はP&G、シスコ・システムズなど米国勢が中心ですが、今後は海外に積極的に顧客を求めていく計画です。

Q 広告のビジネスモデルは、CPM(Cost Per Mil:1000回広告が表示されたときの報酬)からCPC(Cost Per Click:1クリック単位での課金)というパフォーマンス型のモデルに変わりました。変更した理由は何ですか。

A そもそも広告主にとって、重要なのはROI(対投資効果)です。インプレッション(広告表示)の数だけではROIは計りきれません。実際にユーザーが広告をクリックして広告主のページに移動するトラフィックや広告主のページで実際にモノを購入するトランザクションといった物差しが重要になるとわれわれは考えたのです。

 もっとも、CPC導入だけでも不十分でしょう。そこでグーグルはこのモデルをさらに進化させました。当社が提供しているオークション型クリック課金広告の「アドワーズ広告」は、独自のインターフェースとツールによって、効率的な広告設定、予算管理を可能にしています。たとえば、キーワード価格は、キーワードごとに設定されたCPCの最低額以上の指定CPC額と、1日の上限予算額を各顧客が入力するスタイルを取っています。その後、競りが自動オークション形式で行なわれますが、オークションは1セントごとに上がっていく仕組みなので、広告主は基本的に最高値に非常にわずかな額を上乗せするだけで希望掲載順位を確保できます。

 ちなみに、当社では広告ビジネスに乗り出す際に、5社に数千ドルを払ってもらい、こうした仕組みのテストを行ないましたが、その5社のなかには今では何百万ドルもの広告費をグーグルに支払っているところもあります。

 ところで、日本市場はこれからおもしろくなると思いますよ。日本ではキーワードが固定価格ですが、これは適切ではない。本来はROIに基づいて価格決定されるべきです。

Q グーグルはこの6月に、検索ページ以外の普通のコンテンツサイト上に広告を表示する「アドセンス」という広告ビジネスも始めましたね。

A ウェブ上には旅行情報や料理のレシピなどを掲載したコンテンツサイトがたくさんある。固有のトラフィックを持っているが、必ずしも検索で上位に来るとは限らない。アドセンスは、そうしたコンテンツサイト上にピンポイントで広告を出す機能です。

 仕組みはこうです。ユーザーが自動車のトランスミッションに関するページを読んでいるとしましょう。そのサイトがグーグルの顧客であれば、URLがリアルタイムで当社のサーバへ送られ、ページ内容を理解してアド・サーバへ知らせ、関連広告を送り返す。この場合なら、トランスミッションの修理店の広告になります。これは、使い切れていない広告インベントリーを換金化する画期的な技術です。

戦略立案部門を持たないフラット組織のビジネス創造術

Q グーグルは非常にユニークな方法で運営されていると聞きます。戦略部のような部門が革新的なビジネスを考案するのではなく、たくさんの小さなグループが個々にプロジェクトを進めている。そんなグループがどうやって、実際の製品を作れるようになるのでしょうか。

A 企業が革新的であり続けるためには、複数のプロジェクトが同時進行していることが必要です。アドセンスの技術も、高精度の検索機能を開発していたグループと、ターゲット広告をさらに研ぎすます技術を開発していたグループがある日、二つの技術をくっつければコンテント・ターゲティングができると気がついたのが始まりです。

 また、グーグルの組織はフラットで、社内のコミュニケーションがスムーズです。アイデアがあちこちでブクブクと生まれ、行動を容易に起こせる。戦略立案の組織が介入すると、コミュニケーションは阻まれ、アイデアが実現するまでに時間がかかるものです。

 さらに、経営陣の存在も大きい。イノベーションへの熱意と世界の情報世代へ貢献しようという姿勢は、二人の創設者のものですし、ビジネスとイノベーションのバランスの重要性を認識しているのは、エリック・シュミットという技術に長けたCEOです。彼ら自身がグーグルの魂なのです。

Q 先だってこのシリーズでインタビューしたロジャー・マクナミー氏(シルバーレイク・パートナーズの投資家)は、こう言っていました。「グーグルの危険性は、急成長しすぎてフォーカスを見失うか、大企業を支える優秀な人材を十分に雇い続けられなくなることだ」。また、「これまでは優れたエンジニアだけを雇っていればよかったが、今後は雇う人間のタイプも経営方法も変えなくてはならない」と。

A われわれの挑戦は、急成長しながら価値ある製品を実際に出していけるかどうかです。その際、エグゼキューション(実行)は一番大きな挑戦です。

 グーグルが長い間、IPO(新規株式公開)を遅らせているのも、外的圧力によって注意力を奪われることなく、確固としたコアビジネスを持つ企業を築くためです。グーグルは外から見ると楽しい会社に見えるでしょうが、実際には自己に厳しい会社なのです。

IPOを急いだネットスケープは反面教師?

Q あなたはグーグルに来る前にネットスケープの急成長に貢献していますが、創設数年後のネットスケープと現在のグーグルを比べて、何が違っていると思いますか。

A 両社ともその技術におけるパイオニアであるという点は共通しています。ネットスケープはブラウザという新技術を開発した。グーグルは、検索エンジンはもう技術的に解決されたと誰もがいっていたところへ、まだ可能性があることを証明した点でイノベーションの再生といえます。相違点は、ネットスケープは早くにIPOしたことで目立つ存在になってしまい、外からの圧力を受けたのに対して、グーグルはゆっくり成長できた。特にテクノロジーバブルのおかげで時間を稼ぎ、広い視野でビジネスを構築できました。

Q 今やグーグルは、人びとがインターネットを利用する方法を変えました。必要な情報へのたどり着き方、広告のあり方、買い物する前の情報収集の仕方など。だから検索エンジン領域の競合だけでなく、アマゾン、イーベイ、マイクロソフトといった大手企業が、グーグルが実際にはどの程度の脅威なのかを推し量り始めています。

A グーグルは競合という概念で動いてはいません。たとえば、アマゾンはすべてのサービスにおいてグーグルの顧客ですし、イーベイは広告サービスの大顧客です。こうした企業に対して徹底的な顧客指向で付き合っていけば、競合ではなく顧客としてのいい関係を続けていけると思っています。今、世の中ではグーグルが何を置き換えるかといった議論が多い。しかし、そういうことにはならないでしょう。

Q グーグルは、技術面ではどのくらい優位に立っているのですか。

A グーグルは、検索機能と広告ネットワークでは業界のリーダーであると自負しています。今後はどれだけこのイノベーションを続けていけるかですが、嬉しいことに検索エンジンがどうあるべきか、何に投資すべきかについて、人びとが高い関心を抱いています。

Q 他社を買収して技術力を強化するために、IPOを早めてキャッシュを得たほうがいいとは考えませんか。グーグルがきちんと収益を上げその収益を再投資できるといっても、マイクロソフトを含めた競合は1ケタ、2ケタ大きなキャッシュを持っています。

A キャッシュの点では、グーグルはそれなりの利益を上げ、必要な運営は自分たちの資金でまかなってきました。検索経験を強化するようなコンテンツを提供する技術を持つアプライド・セマンティックス、パイララボといった会社も買収してきました。

 われわれはIPOに反対しているわけではありません。しかし、もっと流動性があったほうがいいのか、もっとキャッシュがあったほうがいいのかなど、今後も多面的に検討し続けていきます。IPOは、本当に自分たちが「今だ」と思えるときにやりたいのです。

250 WORDS By Mochio Umeda

 「世界を変えたうえに大きな利益を引き出した企業はこの20年でMicrosoft、eBay、Googleの3社だけ」――本連載第3回のロジャー・マクナミーはこう言い切った。Googleが「10年に一度」の怪物であることは衆目の認めるところ。しかしMicrosoftとの熾烈な競争の末に敗れたNetscapeの二の舞となる危険は常に存在する。Googleの事業全般を取り仕切るオミッドは「競争という概念は持たない」「真の挑戦は自分との戦い」「最大の課題はExecution(実行)」という主旨のことを繰り返し語った。検索エンジンは未踏技術で奥が深い。未踏技術を磨き続けるというフォーカスを失わず、顧客指向を貫くことができれば、道はおのずと開かれよう。

Mochio Umeda
シリコンバレーを拠点とするコンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツ社長。1960年生まれ。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。

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