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10歳でI型糖尿病になり、25歳で命がけの妊娠・出産。透析導入~移植して前向きに生きる患者さんの体験記

NPO法人 腎臓サポート協会 2014年12月25日 15時00分
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腎臓病と闘う人にとって体験者の言葉は何よりも心強いもの。「腎臓病なんでもサイト」では、さまざまな患者さんに、病気の受けとめ方や乗り越えた経緯、ご家族のサポートなど、貴重なお話を伺っています。

77号の体験談では、10歳でI型糖尿病と診断された患者さんをご紹介しています。明るく前向きなお人柄の加藤さん。合併症に苦しみながらも命がけの妊娠・出産を経験し、その後、糖尿病性腎症で透析導入。現在は膵腎同時移植をされ、子育て・仕事にがんばってらっしゃいます。
(※職業・年齢や治療法は、取材当時のものです。)

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■【77号】加藤 みゆきさん(42才女性)
10歳でI型糖尿病に。合併症にもめげず、生命を産み、常に前向きに!
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患者さんプロフィール:
1971年生まれ、42歳。10才でI型糖尿病発症。以来、自分でインスリン注射などコントロールをしながら短大を卒業し就職。
23歳で結婚し、25歳で出産。妊娠時の負担もあって30才で透析導入。さまざまな合併症に苦しみながら、38歳で膵腎同時移植。少しでも元気なときはアルバイトやパートでずっと働きながら、闘病と子育て、家庭を両立し、現在に至る。

<記事の一部をご紹介!>

加藤 23才で結婚して、25才で息子を授かりました。
―――お産の時に腎臓が悪くなったと聞きましたが?
加藤 ええ、妊娠したら急に具合が悪くなり、4ヶ月で検査入院。「腎臓がかなり悪く、将来は透析」といわれました。
―――お子さんを諦めれば透析にならないといわれました?
加藤 いえ、「透析を逃れることはできないけど、透析になるのが早くなっても、産みたいよね?」と聞かれて、「生みたいです」って答えたんです。
―――迷わず、お子さんを産むほうを選んだんですね?
加藤 迷いませんでした。
―――妊娠中はどのように過ごしていましたか?
加藤 「生まれるまで帰せない」と退院できませんでした。血中のタンパクがどんどん下がって子供が成長できないので、腎臓に悪いのは分かっていても高たんぱく食を続けましたけど、それでも足りなくて。
―――じゃ、どんどん透析への道を?
加藤 まっしぐらでした。あのときは「この子を産まなきゃ」だけで、自分のことは何も考えませんでした。でも24週で動けなく寝たきりになり、25週で肺に水が溜まってもう無理と、帝王切開で646gの男の子を産みました。
―――ずいぶん小さくて。妊娠期間は普通40週くらいでしょ。透析はしなかったんですか?
加藤 しませんでした。今考えると、透析をしながらだったら、もっと大きくお腹で育ててから産むこともできただろうと思いますけど。おかげさまで子供を抱いて家に帰ることができて感謝しています。

〈中略〉

―――息子さんも大変でしたね。透析に入って体調は?
加藤 とても楽になりました。もっと早く透析を始めても良かったと思ったくらい。でも最初だけで、次々に合併症が出て、それも痛くて辛い合併症ばかりで…
―――どんな合併症が?
加藤 足が腐ったり、バネ指とか。
―――それは辛かったわね、足や手が使えないということ?
加藤 そうなんです、足が痛くて自分で歩けないから、透析にも主人に送ってもらって、料理とか、家のこともできなくなって。
―――シャントトラブルは?
加藤 ひどかったです。糖尿病で血管が痛んでいるので、細すぎてシャントが作れなく、人工血管を入れました。それも3年半しか保たなくて、2個目も作りました。
―――糖尿病性腎症は辛いのよね
加藤 痛いし、辛いし、なんで自分は生きているんだろうって鬱になったこともありました。自分で透析に行くこともできず情けなくて。主人に、私じゃなかったらこんな苦労をかけることもないのにと、何度かいったことがあります。
―――ご主人はなんと?
加藤 「病気か、病気じゃないかということは関係ない」といってくれて、でも本当に申し訳ないと感じていましたね。
―――そういうときは、お子さんがいるからと思うでしょ
加藤 本当に主人と息子のためだけに、痛いのを我慢して生きているという感じでした。

〈後略〉

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※『腎臓病なんでもサイト』患者さんの体験談からの抜粋です。

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