NTTドコモビジネス(旧NTTコミュニケーションズ)では、共創型事業創出プログラム「ExTorch(エクストーチ)」の枠組みを通じて、国内外のスタートアップと連携した新規事業開発を進めている。その一環として5年前から、米国Butlr Technologies Inc.(以下、バトラー)の熱感IoTセンサーを活用した人流解析サービスの事業化に挑戦中だ。
現在は、東京・大手町のNTTドコモビジネス本社内にバトラーのセンサーを設置し、検証を実施。建物内のワークプレイス効率化ソリューションを足掛かりに、日本が抱える社会課題の解決も視野に、新生“NTTドコモビジネス”ならではの新規事業開発を目指す。
NTTドコモビジネスのみならず、NTTドコモやNTTグループとの共創までを視野に入れた両社の活動の現在地を聞いた。
バトラーは、2019年創業のマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ発のスタートアップで、自社開発の小型熱感センサーを利用し、プライバシーに配慮した形での人流データの取得・分析サービスを提供している。
4m四方の範囲で熱を検知できるIoTセンサーを天井に取り付けて、そこからAIが人間の熱をピックアップ。空間の混雑状況や利用状況をリアルタイムにヒートマップで表示し、解析もできる仕組みだ。
同社はすでに、米国・シリコンバレーを中心に100社以上の顧客を獲得している。そこにはWalmart、Microsoft、Netflix、Zscaler、Uber、Qualcommなどの有名企業が名を連ねる。日本においても阪急阪神不動産、丹青社、TOTO、KDDIなど大手10社以上が同社のサービスを導入するなど、実績も十分である。
バトラーのサービスは、オフィスや老人ホーム、小売業向けなど幅広く展開できるが、現状ではほぼ、オフィスでの働き方を効率化させるための人流解析ソリューションとして導入されている。
一般的に建物内の可視化や混雑状況の可視化、従業員の場所を把握するためには、カメラやビーコン、LiDARなどさまざまな手法があるが、その中で多くの大企業がバトラーを選んだのには3つの理由があると、APACを統括するGeneral Manager, Japan Rang Luo(ロー・ラン)氏は語る。
1つめは、「熱から取得できる情報にはプライバシー情報が一切入ってない」こと。センサーが取得、表示できる情報はモザイクのような人間の表面温度だけで、その情報からその人が誰か、男性か女性か、身長・体重も一切わからない。
「プライバシー面でのポイントは2つあります。まずは、社内に監視カメラがあると優秀なエンジニアが嫌がり退職してしまうという問題です。これは、米国での調査結果に基づいています。もう1つはコンプライアンスの問題で、大企業は毎年監査を受けますが、その際に個人の顔が映りこんだ画像は安全に取り扱えているのか問われます。画像を解析する際にもセキュリティを考慮しているか、伝達時には暗号化されているかなどを問われ、対策コストもかかります。その際にバトラーが取得する情報はそもそも限定的なうえ、暗号化もされてSOC2 Tpye2認証も取得しているので安心して取り扱うことができるのです」(ロー氏)
2つめは、「設置のしやすさ」である。バトラーのセンサーはマグネット式で天井に張り付ける仕組みのため、設置工事や導入プロセスが簡単で、コストも圧倒的に抑えることができる。
「カメラを設置するためには配線工事が必要で、費用も平均で数千万円かかります。古いビルでは配線工事ができないケースも多いです。ビーコンの場合は、従業員にカードを配ったり社用携帯にアプリを入れたりする形になりますが、そうなると導入時の負担もさることながら、従業員が監視されることを嫌い、それらを置きっぱなしにして行動するようになり、そもそもの意味がなくなってしまいます。2024年、Walmartが新しい本社オフィスで混雑可視化システムを導入しましたが、要件に唯一応札できたのがわれわれでした。」(ロー氏)
3つめは、「データのオープン化」である。多くのカメラやセンサーのベンダーがデータの囲い込みに走る中で、バトラーは取得したデータをAPIを通じて外部に公開する形を採っている。
「われわれはデータ分析を行うダッシュボードを用意していますが、必ずしもそれを利用してもらう必要はありません。大企業ではすでにビルマネジメントシステム(BMS)をはじめさまざまなシステムを利用しているので、そことマージしたいという要望を受けます。実際にAPIを通じてデータを取得し、自社のシステムでデータを運用している事例がたくさんあります」(ロー氏)
バトラーとNTTドコモビジネスが接点を持ったのは、3年前であったという。ExTorch事務局のリーダーを務めるNTTドコモビジネス イノベーションセンター プロデュース部門 担当課長 齊藤基樹氏は、「バトラーの技術に興味を持ったデベロッパー担当の営業から、スタートアップとの共創を手掛けるExTorchに調査の依頼があり、われわれ側からアプローチをしました」と共創に至った経緯を説明する。
当時、NTTコミュニケーションズ(現 NTTドコモビジネス)ではカメラを中心にピープルカウント向けのセンサー類を複数保持していた。その中で、秘匿性が高く、精度も高く、コストメリットもある技術としてバトラーを高く評価したと齊藤氏は振り返る。
また、スタートアップであるバトラーのソリューションを共創プロダクト化して確実に社会実装を進めていくという観点でも、それまでの導入実績と、通信領域でバッテリーの効率化をはじめ高い技術が実装できている部分で安心できたという。
「その頃当社では『スマートデータプラットフォーム(SDPF)』というデータの利活用を中心としたソリューション群の開発を進めていて、そこのセンサーの1つとしてバトラーがはまりそうな印象でした。ユースケースとしてもオフィスの空調とBMSとの連携でも使えそうだったことに加え、老人ホーム向けのサービスも開発しているという話だったので、当社やグループ会社との共創でさまざまなビジネスが展開できると感じました」(齊藤氏)
バトラーとしても、ExTorchからのアプローチは渡りに船であった。「オフィスに続くシニアケアという新しい事業の柱を作るにあたり、日本は圧倒的に有望なマーケットだとわかり、米国の次に日本に拠点を置いてAPAC展開をするという事業戦略を描いていました。その中で、NTTドコモビジネスからのアプローチはありがたかったです」とロー氏は明かす。
日本市場を開拓するにあたり、バトラーではNTTドコモビジネス以外にも複数の日本企業との連携も進めており、多くの企業から声を掛けられているという。ただしその中で、ExTorchという枠組みを通じたNTTドコモビジネスからのアプローチには、他社と異なる2つのポイントがあるとロー氏は話す。
1つめは、アイデア出しや展示会への共同出展など、さまざまな方法を通じてスタートアップの支援策を提案すること。
「日本という特殊なマーケットにおいてどのような戦略で攻めた方がいいのか、さまざまなアイデアやインプットを頂けています。ExTorchが参加または主催する社内外のイベントにブースを共同出展する機会ももらえて、たくさんのリードを獲得でき知名度も高めることができました」(ロー氏)
2つめは、多様なポテンシャルを有する顧客やNTTグループの各社を、ExTorchを通じて紹介してもらえることだという。
「例えば当社では、センサー以外にデータをクラウドに上げるゲートウェイも提供しているのですが、セキュリティポリシーが厳しい金融機関に提案するために、Wi-Fiではなく御社のSIMを使う提案もいただけています。NTTグループではデベロッパーやオフィス設計コンサル、出資など幅広くビジネスを展開していて、NTTグループならではの共創ができる。そこが他社に比べて圧倒的に異なるポイントだと感じています」(ロー氏)
その際にExTorchが、社内の営業やNTTグループ内でオープンイノベーション活動をしているチームとつながり、NTTのCVCとも連携しているので、NTTドコモビジネスに限らず最適な形で共創に結びつきやすい枠組みが形成されている。
今回のバトラーとの共創でも、まずNTTドコモビジネスが小さなラボ施設に10台程度のセンサーを設置してデモを行い、共創や投資のメンバーを集めてディスカッションを行っている。このようなスタートアップに寄り添う専任組織としての事務局の活動を、ロー氏も高く評価する。
「本筋のビジネスのほかにも、齊藤さんたちからは新たなニーズや事業のアイデアを頂いています。例えばわれわれのビジネスはBtoBが基本ですが、『シニアケアではBtoCで個々の高齢者住宅向けにも適用できるのではないか。将来的にセンサーを月額料金で提供し、設置も販売スタッフなどが対応できるようになると、独居高齢者対策や高齢者が部屋を借りにくいという社会問題の解決にも役立つ』と。もちろんアイデアベースですが、しっかりと寄り添ってもらえていると感じます」(ロー氏)
ビジネス的視点での共創の現在地としては、まずNTTドコモビジネスがバトラーのファーストユーザーになる形で、本社内の共創スペース「ガレージ」に50台のセンサーを設置して人流を解析、人の数やどのあたりに人が座っているのかデータを取り、混雑率や利用率を算出している。
その仕組みを総務部に紹介して若手社員のエンゲージメントを高めるための空間づくりに生かしているほか、顧客をガレージに招いてシステムを紹介したり、ExTorchが人流データの活用を社内に提案したりするなどで、新たな事業プロジェクトにつなげる活動を実施しているとのことだ。
また、今後に関しては、まずバトラー側はNTTドコモビジネスとの連携によって2つの業界向けにビジネスを推進していく構想を明かす。
「まずはワークプレイス領域で、オフィスの労働生産性向上を軸に日本の新しいお客様にアプローチしていきたい。もうひとつは、日本市場をスタンダードとして老人ホーム向けソリューションを高度化させて、良きタイミングで展開したいと考えています。ビジネス面でも、NTTドコモビジネス側さえよければ正式なパートナーシップを組ませていただくことも視野に入れています」(ロー氏)
NTTドコモビジネスとしては、「これまでに10件以上の有償無償のPoCを実施してきたが、今年度さらに10件程度のプロジェクトのパイプラインを作っていきたい」(齊藤氏)と目標値を語る。
「それによって新しいニーズも見えてくるはずです。バトラー自体はサービスとしてすでに成立しているので、今年度の結果次第でわれわれがバトラーのセンサーをNTTドコモビジネスのソリューション商材として販売するのか、SI時のツールとしてお客様に展開するのかを判断することになるでしょう」と齊藤氏は語る。
いずれにせよ、現在の共創パートナーシップというフェーズから、今年度中に新しいビジネスパートナーシップの形が固まっていく見通しである。BtoBから社会課題の解決まで、両社の共創が最終的にどのような出口に至るのか、期待したい。
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