株式会社NTTドコモ(以下ドコモ)は、同社の新規事業創出プログラム「39works」における取組みの一環として、外部有識者との共創スキームを活用した新規事業開発に取り組んでいる。この共創スキームから生まれた最初の事業となる、まちの“小ネタ”共有アプリ「Loupe(ルーペ)」(iOS版)が、東京エリア限定の展開を経て、2月18日から神奈川、千葉、埼玉を加えた一都三県での本格的なサービスを開始した。
サービスの拡張に併せて、39worksを運営するNTTドコモ イノベーション統括部 事業創出推進担当 担当部長の朝生雅人氏、同イノベーション統括部 事業化第一担当 担当課長の金川暢宏氏と、外部有識者でLoupeを共に企画・開発したハウスカ代表取締役社長の林光洋氏に、共創スキームを活用した新規事業開発の取組みとLoupeのサービス展開について聞いた。
39worksは、「未来の“あたりまえ”を創る」ことをビジョンに2014年にスタートしたドコモの新規事業創出プログラム。同社のイノベーション統括部の下で活動し、約7年半で1000件を超える新規事業のアイデアを生み出し、プログラミング教育サービスを企画開発する株式会社e-Craft(イークラフト)、および建築鉄骨業向けXRソリューションを企画開発する株式会社複合現実製作所の2社を社内ベンチャーとして子会社化した実績を持つ。
一方で7年半活動を続けるなかで「事業企画・開発の質をさらに高め、事業の成功確率とスピードの向上を図る必要がある」(朝生氏)という課題も見えていた。その状況を作り出している一つの理由は、39worksの中で事業立ち上げの経験が不足していたこと。そこで朝生氏らは今回、新たな試みとして、事業立ち上げの段階から、知識や経験が豊富な外部有識者を招いてワンチームを作り、双方のアイデアや知見、技術を生かして事業を創り上げていく「共創スキーム」という仕組みを初めてとりいれた。
このスキームを活用して新規事業を立ち上げるメリットとしては、外部の有識者とともに活動することで、いままでのドコモと異なる新たな視点や事業推進方法をとりいれることができ、自社の常識に囚われない柔軟な発想を取り込んだ事業開発が期待できることにある。
「39worksの中で事業をつくるにあたり、アイデアや着眼点がいいものはたくさん生まれている。ただ、これまで展開してきた事業のグローススピードは決して及第点ではない。成長スピードの向上と事業成功の確度をあげるためにも、われわれと異なる視点を持つ経験豊富な有識者と一緒に取組むことはとても有効的だろうと考えた」(朝生氏)
この共創スキームをとりいれる際に、39worksが設定した目標が、(1)事業の成功確率を高めること、(2)事業開発のスピードを早めることの2点だ。朝生氏は、「教科書で学ぶことと、チームをつくって一緒に回す中で得られる実体験は異なる。また、1つの大きな事業を創るだけでなく、将来的にはここで得た知識・経験を社内起業家にフィードバックし、次のチャレンジにつなげていくこともこの共創の重要なねらいの一つ」と展望を語る。
そこで白羽の矢が立ったのが、大企業とスタートアップ双方の文化を理解し、新規事業立ち上げや事業再生、経営再建に豊富な経験を持つ林光洋氏。
同氏は、20代の頃に藤田観光で総投資額120億円規模のリゾート事業の立ち上げを経験。転職したディー・エヌ・エー(DeNA)では、大企業とのジョイントベンチャー(JV)の立ち上げや新規事業開発、EC事業を主幹する執行役員も務めた。その後、独立してインキュベーターであるベータカタリストの取締役COO(現任)に就任し、スタートアップの立ち上げからグロース、上場企業の再建などの実績を持つ。
林氏は、起業が身近になり大企業とスタートアップの共創が増えていく中で、国内企業における新規事業創出について課題感を抱いていたという。日本のビジネスシーンでの新規事業開発の進め方・在り方を考えた際に、大企業とスタートアップやベンチャーが交わる機会をもっと増やすべきという意識を持っており、「日本のビジネスシーンならではの“ちょうどいい交わり方”をつくる必要があると考えていた」と話す。
そこで2021年に、ドコモからの打診で、この共創スキームによる新規事業開発が始まった。ドコモが重視したポイントは3点。まず、林氏に事業創出を“お願い”するのではなく、ドコモとして何をしたいかのビジョン・ゴールを明確にし、共有すること。その上で2つめが、立ち上げを“任せる”のではなく、ドコモのメンバーも含めたワンチームをつくること。3つめは、新規事業を創っていくための“大企業的”な仕組みや考え方、進め方を変えていくことである。
ドコモが貪欲にノウハウの吸収を目指す一方で、林氏はメンバーに対して、「経験が大事なのではなく、『自分はこうしたい』とか『こうすべき』と、もっと自ら意思を持ってスタンスを切ることが最も重要」と忌憚のない意見を述べる。それは、39worksの活動にまだ残る大企業ならではの慎重な動き方や意思決定のルールが強く介在していることを意識しての物言いであるが、実は言葉の裏側には、そのしっかりとした姿勢が新規事業開発には重要だという思いも含まれている。
また、林氏はこの新規事業を成功させるだけでなく、“風土醸成”という部分でも、ドコモとの共創スキームの意義を見出しているという。「ドコモのような大企業では、ミスなくそつなく“しっかりと仕事をする”風土が根付いていることが多い。逆にスタートアップには、そのような意識が足りていないことがある。大企業の“しっかりと仕事をする”風土とスタートアップの“勢い”を正しく融合できれば、いい企業風土・文化が生まれるはず」(林氏)
事業開発のテーマを選定するにあたっては、「ドコモが新規事業を立ち上げるにあたり、3年後に20億円などという規模感では全くインパクトがない。目指すべきは、売上もそうだが社会的インパクト(意義)が大きいものでないといけない」(林氏)という考えのもと、“地域情報プラットフォーム”をテーマに選び、まちの小ネタ共有アプリ「Loupe(ルーペ)」が誕生した。
Loupeは、自分の住んでいる街やオフィスのある駅周辺など、生活圏のさまざまな“小ネタ”を手軽に投稿したり、閲覧したりできるアプリ。「発見」「食べる」「利用する」「買う」「遊ぶ」「名所」「景色」「イベント」という8つのカテゴリがあり、マップまたはタイムライン形式でそれらの情報を閲覧・投稿できる。
グルメアプリのように飲食店の情報を探す用途にも使えるが、最もサービスの価値にしたいのが「発見」というカテゴリだ。「どうでもいい笑えるような“小ネタ”を集積できれば、地域情報サービスとして新しい価値をうむのではないかと考えている」と、林氏はサービスの方向性を説明する。
筆者も実際に「発見」を選んでみると、たしかに「こんなところにこんな看板があった」「公園に新しい遊具が設置されていた」「散歩中に気になるシールが貼ってあった」「このお店のガチャガチャ面白い」といった、長年その街に住んでいるのに知らなかった小さな“発見”が次々と目に飛び込んでくる。
まだ、試行錯誤を繰り返しているとのことだが、熟慮しているポイントは、サービスにさまざまな“制約“を設けていることだという。まず地域が限定されていること。現状、自分の生活圏の情報しか投稿することも見ることもできない。登録できる地域は3つまでで、登録にあたっては郵便番号で中心点を決め、そこから半径4キロ内のエリアに限って情報の投稿と閲覧ができる仕組みにしている。さらに、登録から1カ月経たないとエリアを変更できない仕様となっている。
一見面倒なこれらの“制約”が、実はLoupeに人を惹きつける効果を生みつつあるという。「どこでも閲覧できると、単なる観光サイトになってしまうし、自由に投稿ができると、1度しか行ったことがない場所やお店の情報が増えて、情報の希少性が乏しくなってしまう。そこに何年も住んでいる人の投稿を地域の人が見るから意味がある」と、金川氏はこの“制約”の意図を説明する。また、様々なテストを繰り返した結果、生活圏としてのエリア範囲は、3キロでも5キロでもなく、4キロがベストと判断した。
Loupeは、「地域の最小単位に近いレベルで、近所の人にしか分からない小ネタを集め、それを見た人がまた小ネタを載せて人が集まっていくというサイクルをつくれれば、結果としてそのトラフィックが地域情報のインフラになるのでは」(林氏)という考えのもと設計されており、独自のプラットフォーム文化形成も強く意識しているという。
サービスの普及に向けて、コアターゲットとして地域のコミュニティの中心にいるアクティブな30〜40代の主婦を設定し、まず、戸越銀座、谷根千、葛西や船堀に、エリアを絞り、3000人のユーザーに対してPoC(概念実証)を実施。そこでの結果をふまえ、2021年の秋に東京都限定版のアプリをリリースした。
ただし、その段階では告知はせず、まず「Loupeマスター」と呼ばれる特定領域の専門家(マニア)や、クラウドワーカーに丁寧に趣旨を説明した上で情報収集と投稿を依頼し、情報の収集を進めた。その後、情報が充実したエリアから、ターゲット層に刺さりやすいマーケティングを徐々に行い、利用者を増やしていった。
現在はサービスを1都3県に拡大して、本格的な普及に向けて、GOサインが出た状況であり、今後さらなるエリア拡大を目指していく。「ただ門戸を広げて利用者を募るのではなく、まずは1都3県という限定的エリアの中で、投稿と閲覧、利用のサイクルがきっちり回る状態を早く作りたい」(林氏)
そのため、まずはマネタイズよりもこのサイクルを完成させることを優先し、インパクトのあるサービスの確立を目指す。そこは、ドコモとしても織り込み済みだ。「こういう勝負ができるのは、ドコモクラスの企業だからこそ。その代わり、必ずKPIは達成する。この思想でできたトラフィックは、TwitterやFacebookでもなければ、インスタでもTikTokでもない非常にユニークなもの」(林氏)
このように、ドコモの共創スキームによるサービス開発は順調に進んでいる状況だが、やみくもにこのスキームを横展開していくことは考えていないという。今回のように同じ志や方向性を持ってサービスを創りたい外部有識者が見つかり、ともにチームをつくって進めるのが最適との判断があった場合、実施するという考えだ。「事業を大きくするためのスキームを拡充させることも今回の目的の1つではあるが、あくまで主役は事業の中身」と朝生氏は話す。
とはいえ、この共創スキームによる新規事業開発の実践が、ドコモにもたらした効果は大きいようだ。朝生氏は「今回新しいチャレンジをする中で、共創スキームの運用に関する経験・知見が蓄えられ、幅を広げていけることはわれわれにとって大きい」と、39works活動における成果を強調する。
また金川氏は、社内への波及効果に言及する。「社内で、われわれの取組みについて聞かれることが増えた。今やっていることが、すでに社内で取り組んでいる他のプロジェクトに入っていって、ドコモにはなかったスタートアップ的な手法が広まっている」と、手応えを語る。
大企業とスタートアップをどちらも知る林氏は、今回の共創スキームの実践について次のように感想を語った。「ベンチャー的に仕事をしてきた文化を持った人と、ドコモのように大企業できっちり仕事をしてきた人や仕事の風土・文化は、もっと交わるべき。このスキームが普及することで、ポジティブな意味で『大企業っぽい』という言葉がスタートアップの会話に出てくるようになったら面白い」(林氏)
外部起業家を招いた共創スキームによる新規事業開発を経験したことで、今後のドコモの事業作りはどう変わっていくのか。日本の大企業の今後の新規事業開発の方向性を占う意味でも、Loupeの成長や今後の動向に注目だ。
CNET Japanでは2月21日からオンラインカンファレンス「 CNET Japan Live 2022 〜社内外の『知の結集』で生み出すイノベーション〜 」を2週間(2月21〜3月4日)にわたり開催する。2日目となる、2月22日のセッション「ドコモの新規事業創出の取組みと目指す世界」では、今回お話を聞いた朝生氏や金川氏が所属する、イノベーション統括部の部長であり、「39works」をリードする稲川尚之氏、そして39worksから生まれた電子チケットサービス「teket」の事業責任者である、イノベーション統括部 事業化第一担当の島村奨氏が登壇する予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、39worksの取組みに関心を持った方はぜひ参加してほしい。
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