個人的には、我々だけでなくみんなが同じような「安売り」という道を走り出して、果てはどこを走っているのかがわからなくなるような世の中になっていく気がしますね。Linuxを使った製品づくりとなると、ますます付加価値が重要視されてくる。そのスピードと売り上げが落ちるスピードは、今のところどちらが早いかが不透明です。しかし、今後企業はITに対して実質的な投資効果を考えたシビアな投資の仕方をしてくるでしょうから、必ずしもスイスイ伸びる領域ではないでしょう。付加価値のうまい出し方という知恵をしっかり付けていかなければ、という危機感を感じています。
末松: しかし、NECはグリッドコンピューティングやVoIPに力をいれていると聞いています。あとはP to P技術ですとか。これらがきちんと機能しだしたら、かなりコスト的に効果がありますよね。そうすれば、顧客に対する希求力も大きくなる。
寺尾: 確かに大きいですね。我々の業界はダイナミックな変化が訪れやすく、一方は伸びても他方は暴落という状態なので、さまざまな領域を押さえる多角的なビジネス展開をしないと均衡性が保てないんです。ちょっとした技術だけで勝てるような時代ではもうないから、チャンスの芽を取れるか取れないかが勝負になってきている。総合的に強くシェアを取り、ブランドと信頼性を勝ち取ってそれを付加価値として加えていくのが使命だと思います。
末松: NECはもう、展望がかなりクリアに見えてきているようですね。Linuxプラットフォームをベースとして、ITソリューション、ネットワークソリューション、携帯電話の統合を狙って、それらのソリューションを売る。そのときに、いま開発しているような携帯機器や通信機器を一緒に売っていけば、さらなる付加価値が付くでしょう。機器自体もデバイスを中心として強力なものを作っていけば、差別性も高くなる──首尾一貫した、次世代企業戦略ですね。
末松: NECが打ち出している戦略にはLinuxが重要なカギとして関わってくるわけですが、社内におけるLinuxの求心力はどんなものでしょうか。NECでは、Linuxの社内普及活動をやっているという話を聞いたんですが。
寺尾: ええ、本社と関連会社を含めた内部に、Linux推進者による社内コミュニティが出来上がってますよ。ネットワークを組んで、ウェブを活用するなどして活動しています。今のところは情報共有をメインに据えているんです。とにかくコミュニティの存在を含めて、Linuxというものを知ってもらおうと。ほかにも社内コミュニティは存在しますが、Linuxが一番成功しており活動も盛んです。
末松: そのコミュニティを大きくしながら、共通プラットフォームとしての地位を確立していこうと。しかし、NECが扱っているほかのOSとLinux、それらの兼ね合いはどうなるんでしょうか。
寺尾: 特にPCサーバ系はWindowsのシェアを持っていますからね。この領域はマイクロソフトと組んでメインをWindowsでやっていたし、PCとの親和性も高いことから顧客にも人気があるんです。また、金融系はまだメインフレームが残っています。それにシステムの安定性を一番に考えると、ミッションクリティカルな分野には昔からハイエンドな部分も構築して品質を上げてきたUnixがまだ使われているんですよ。既に成熟していてコアな部分をいじりませんから。Linuxはまだ発展途中なので、コアの成熟性という意味では劣ります。
社内にはWindowsやUnixの技術者が多数いますし、これまで作ってきた資産やニーズに応えられる部分のビジネスはそのまま行こうとしていますから、こういったこれまで培ってきた領域を全部捨ててLinuxにすげ替えるということは考えていません。Linuxはどちらかというと、顧客から指名があったり、国の動きにマッチした場所、あとはキャリアグレードのように新規で拡がっていく領域へと注力しているので、現在ではこれまでのOSと共存体制のような形になっているというのが実際のところです。
末松: なるほど。でもプラットフォームの並存は、あまり効率がよくないという問題がある……。
寺尾: それは承知しています。しかし、いますぐ全部Linuxに変えるのは、市場の現場や顧客にとっても、会社の利益を考えてもあまりよくないです。ですから、安定性の高いシステムを供給できるところから、UnixをLinuxへ移植していこうと。そういう意味では、大きな流れはUnixからLinuxへ行くだろうなとは思います。
Windowsは既に数が出回っているので、サービスを含めると、Linuxとのコスト差が対して大きくはなくなってきています。それにマイクロソフトは、何かトラブルがあった際には来て対応してもらうということができますが、Linuxコミュニティは当然そんなことはしませんからね。サポートのモデルがまったく違うので、すぐに気軽に移せるというわけではないんです。
末松: アフターケアの問題はかなり大きいと思っていましたが、NECをはじめ、割と多くの企業がすんなり入っていきましたね。何とかできるという自信を持ったからですか
寺尾: 市場の流れもありますし、躊躇しているだけではノウハウも溜まりませんから。それにLinuxもある程度のパーセンテージ、つまり市場でクリティカルマスを取ればブレイクするだろうと睨んでいるんです。ノウハウを持っている人が増えれば、より突っ込んだビジネスができるようになりますし。今はLinuxの拡大する動きが非常に早くて、読み切れていない状態なんですよね。例えばビジネスを考える際にも、今後の成長率が2倍で考えようか3倍で考えようかと……。ここを見誤るとシェアは取れなくなってしまいますから。
末松: 無償/無料を中心としたオープンソース型のモデル、つまり情報社会に応じたインタラクション型のモデルがLinux以外にも広まって、それがひとつの流れになるのでしょうか。つまり、製品の知的所有権は作成者の権利を最低限残しただけで開放し、それを使って新たな創造をどんどん認めていこうというモデルです。
寺尾: オープンソースという観点で行くと、ミドルウェア領域で起こりつつありますよね。Eclipseなど、オープンソースの開発環境が公開されているし、いずれ標準化されると思います。アプリケーションサーバやウェブサーバでも、オープンソースを組み込んだ製品が出ています。単体ではあまり意味をなさないものを集めて付加価値のあるソフトを入れ、全体を束ねるやり方です。
我々自身、最初はおっかなびっくりでオープンソースに触れていく中でだんだん認知できてきて、じゃあ製品の中でもどうにかしてうまく活用していこう──という段階に今やっと来ているところだと思うんですよね。
末松: それだけオープンソースの考え方がビジネスの中に入ってきているということですね。これから、そういったオープンソースの哲学を、積極的に広げていこうという方向に向かっていくと思いますか。
寺尾: ええ、そうなっていくと思います。理解した上で賛同し育てていけば、それに携わった皆に見返りが来ますから。賛同者が共存したかたちで発展させ、哲学をもっと後押ししてお互い総合的に繁栄していく時代にならないとおかしいのかなという気がしますね。
末松: 先ほども話にでましたが、クリティカルマスに到達すれば、状況は大きく変わる可能性が高いと思います。NECの戦略を聞いて、これからの日本再生に期待がもてるようになってきました。ありがとうございました。
NECの次世代戦略は、主に「オープン化」と「サービス化」の2つに集約されるが、これは2つの点で評価できる。
第1点は、どちらも日本人には不得意と思われてきた領域へのチャレンジであることである。「オープン化」とは、オープンな関係、すなわち、あうんの呼吸でのコミュニケーションが通じない相手と取引するということである。それには、プレゼンテーション能力、説明能力に代表される論理力が必要となる。日本がグローバルに活動していく限り、そしてインターネットを活用していく限り、不可欠なことは明らかである。もう一方の「サービス化」は、従来のモノ作りと異なり、「眼に見えない領域」に対応しようとするものであり、ここにも論理力が必要となる。カンバン・システムに代表される、モノの流れを可視化して管理するのではなく、知識情報を論理的に構築する必要がある。これは、技術開発や製品開発にも適用されるものであり(もちろん、論理的構築能力なしでも成功する事例はありうるが)、高付加価値化の時代には、加速度的に重要性を増す。これらの、日本人には弱いとされてきたが、戦略的に極めて重要な領域へのチャレンジは、リスクも伴うだろうが、その成長への姿勢は高く評価したい。
第2点は、これらはどちらも日本人はやってはいけないと言われてきた領域へのチャレンジであることである。「日本人なら、日本人と付き合え」「日本人なら、モノ作りをしなければならない」という強いプレッシャーが、日本社会には存在してきた。もちろん、法律のように明示化されたものではないが、強い暗黙のプレッシャーが存在したのである。弱みを強みへと変え、過去からの強みと融合すれば、それは比類なき差異性となるはずである。「日本人らしく振舞う」ことは、重要ではあるが、それは勤勉さ、誠実さ、冷静さなど良い面に限っての話である。集団主義を金科玉条のごとく掲げ、悪いところを直そうとする努力やチャレンジを許さないという姿勢は、あまりに時代遅れではなかったか。
オープン化、サービス化という非常に困難な大変革を、Linuxを起爆剤に実現する。これはルイ・ガースナー氏が、不可能とも言われたIBMの奇跡の復活のために、10年前にとった施策と全く同じである。またIBMの二番煎じかと言われれば、それまでだが、それでもそれを日本で断行したことに、意義があるのである。
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