Windowsとは違うビジネスモデルに挑戦するNEC

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子、編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2003年12月05日 10時05分
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Linux事業を統括/強化した「Linux推進センター」を設立することで、Linux事業の拡大を図るNEC。他OSで展開してきたビジネスモデルとの違いとは。今回は、NECのシステムソフトウェア事業本部長としてLinuxなどのオープン系ミドルウェア事業を統括する寺尾氏に、エンタープライズ分野でのNECのオープンソース戦略を聞いた。


NEC
システムソフトウェア事業本部長
寺尾 実 氏

1971年、NECに入社。メインフレームやスーパーコンピュータOSやデータベース製品などの開発に従事し、1995年にオープン系システムの製品技術部長としてOEM-DBの事業推進や各種製品企画に携わった。その後、ミドルウェア企画本部長、第一コンピュータソフトウェア事業部長、第一金融システム開発事業部長を経て、2003年より現職。主にUnix、Windows、Linuxなどオープン系ミドルウェア事業を統括する




Linuxの利点は「世界標準」であること

末松: NECは、11月に「Linux推進センター」を設立しましたね。エンタープライズ領域でのLinux関連システム構築業務の推進や、通信事業者向けキャリアグレードLinux関連システムのサポートと、新規領域への拡大を目的としている。それ以前からもLinux事業を推進する組織を設置するなど、Linuxの普及にはかなり積極的でしたが、NECがLinuxに力を入れている理由を聞かせて下さい。

寺尾: Linuxはオープンソースであるという点が、非常に大きなポイントです。社内の技術者でもコアな部分にタッチできますからね。これまで我々も採用してきたメジャーなOSやデータベースはほとんどが米国製で、日本人はそれをサポートするだけのビジネスしかできず、国内製品としての力が非常に弱かった。しかしオープンソースは世界中の誰でもソースが見られるし対応できますから、そういう意味では日本の企業でも新しい技術が作れる、いわゆる世界標準であるのが素晴らしいことだと思います。

 具体的な製品への採用に関しては、ネットワーク機器の発展と台頭も大きいです。IT部分というか、いわゆる企業のシステムにネットワークという要素が加味されてきたし、特に通信キャリアの分野においては、ネットワーク機器にいろんな機能を入れたいという希望が通信業者から相次いだんです。

 ネットワーク機器は従来、通信に関する特定のことを専用OSや専用ソフトでまかなっていましたが、専用OSのままでは追加したい機能や複雑になっていくアプリケーションに対応しにくいし、開発スピードも上がらず、価格も下げられない。そこでオープンソースであるLinuxの中で汎用的なものをカスタマイズして使おうということになってきたんですよね。携帯電話も基本的な流れは同じです。いずれにしても、専用OSでは今後の発展が大きくは望めないと踏んだんですよね。

 もちろん、オープンソースだからスッとすぐ使えるかというと、そうでないのは承知しています。盛んに開発されている部分もあれば、枝葉のところは機能が磨かれていなかったりする。ですからNECでは、開発が進んで使える部分はオープンソースを活用して、成長が遅れている領域に関しては自社製のものを使ったり、他のベンダーが出している商品を使うといった取り組み方を考えた上で、オープンソースを積極的に採用しようという方向に決まりました。我々がビジネスを行っているネットワークとITという領域の基盤としていこうと。

 これまではITのところだけ、例えば「PCサーバ上でLinuxを動かします」というビジネス推進のしかただったんですが、エンタープライズやキャリアグレードといったセットに対し、Linuxプラットフォームを使った製品の提供を含めた全部をサポートしようという考えでLinux推進センターを立ち上げたんです。

末松: これは、コストセンター(費用だけが集計される部門)なんですか?

寺尾: いや、プロフィットセンター(収益と費用が集計される部門)として、社内の各事業部に対するサポートも社内取引として計上する形になっています。そうすれば、なあなあに終わることなくビジネスセンスも出ますし。

末松: そういうサポート部門は統合化した方が効率がよくて他の事業部も仕事がしやすいし、顧客に対するかたちもいいものになるだろう、ということからですね。なるほど。

オープンソースにおけるビジネスモデルの変化

末松: Linuxの採用は、トップダウンでの指示ですか、それともボトムアップの動きによるものですか。NECは長年マイクロソフトと組んでWindowsを採用した製品がメインになっていましたよね。これまでNEC製品のコアになっていたのは他のOSですから、かなりの議論が交わされたではないかと思うのですが。

寺尾: 事業部内で勝手にLinuxをやるとゴチャゴチャに混乱してしまうので、トップの経営判断が必要だということで話を上層部に持っていっていました。Linuxに参入するかやめるべきか、やるならどれくらいのペースで……といった話は1999年頃から社長レベルも含めて話し合った上で、どういう事業や取り組みにするかを決定した。おっしゃる通り、会議では何度も何度も揉めていました。特にPCサーバではWindowsが非常に強くて、Linuxとはかなりぶつかり合う分野ですから。

 しかもオープンソースそのものはダウンロードしてきて誰でも使える無償のものですから、これまでのビジネスのあり方ではまったく通用しませんよね。ですので、我々も製品自体は全部無料、それにサポートなどの付加価値を付けたサービスを展開するという形のビジネスモデルへと変化する必要があったんです。

末松: 要するに、新しいLinuxあるいはオープンソースのビジネスモデルというのは、すべてそのサービスを提供することで利益を得る、と考えているということですね。NEC本社としては、その「サービス」という部分を具体的にどうとらえていますか。例えばIBMは、かなり早い段階でサービスに注目し社運を賭けてやってきたので、彼らがLinuxに着目したのは自然の流れだろうと理解しています。しかし、ハードで売り上げを伸ばしてきたNECをはじめとする日本の企業は、オープンソースの市場が拡がる中でどうしていったらいいかわからないという混乱が生ずるのではないかと思うのですが。

寺尾: 確かに、IBMのようにオープンソースに対して多額のお金を投入できれば、例えばLinuxやオープンソースコミュニティのコアメンバーに入り込んでそこも自分たちがリードして行くという力強さが出せると思いますが、現段階のNECはそこまでの対応ができません。ですから「サービス」としては、製品の提供とそれを使ったシステム構築を考えています。製品に生じたバグをフィクスするテクノロジー的なサポートを施すだけでなく、システムの利用に対する付加価値──例えば、ある機能を利用したければLinuxはここが弱いからこういったシステムの組み方がいいとか、アーキテクチャはこういう作り方がいいといった提案ですね、そういった方向に力を入れるということです。

末松: NECの売上比率分類を見ると、ITソリューション、ネットワークソリューション、デバイスというふうに、ソリューションとデバイスが分かれていますよね。製造業では部品生産、組み立て、サービスというビジネスプロセスを順番に並べて、その両端に行くほど利益率が高くなることを指してスマイルカーブと言いますが、NECもその両端を押さえる戦略ということでしょうか。付加価値の高い部分はしっかり押さえながら、組み立ての方はそういった付加価値を付けずに中国あたりに持っていき、あとはそのソリューション部分で売り上げを上げる形態になる。オープンソースもその一環であると。

寺尾: 感覚的には、我々もそう捕らえています。NECは以前、ソリューション、ネットワーク、デバイスと3つあったカンパニーを整理して、ソリューションとネットワークは「ネットワークソリューション」として統合しました。ここには、VoIPや携帯も含まれています。今の流れの中では、ネットワークとITが分かれていてはうまくいかないということに気が付いたんですよね。通信の領域にIT技術がどんどん入り込んできたこともあり、ITとネットワークを別にしていたら効率も悪いし、付加価値も提供できなくなってしまいますから。

 デバイス領域は、「NECエレクトロニクス」として独立させました。これは分社化することで事業として目立たせ、市場から資金を調達し、ワールドワイドな展開にするという狙いからです。ですから、いまこの2つがNEC本体の主要ビジネスになっています。

末松: 先日NECモバイルターミナルソフトウェア開発本部の吉本さんに、いまNECは相当な社運をかけて携帯電話に注力しているという話を聞きました。 それと関連してネットワークソリューションが大切になってきているとすると、ネットワークが非常に重要な領域になってますね。そこへLinuxプラットフォームを採用することにより、柔軟な事業部間コラボレーション、新しい製品開発や展開をしやすくしようという戦略なわけですか。

寺尾: はい。今そうなるべく取り組んでいる最中です。例えばネットワーク系の企業で使っている機器は、既にいろんな機能やミドルウェアが各社入り組んだ状態になっていますし、もうUnixやWindowsでは対応が難しいでしょうね。実際NECでは、キャリアグレードLinuxを採用しています。今後新たな機能をプラスする場合でもLinuxの方が簡単ですから、通信の領域は今後Linuxへと進むと思いますよ。

末松: キャリアグレードLinuxは、OSDL(Open Source Development Laboratory)が通信機器向けに標準化したものを使っているのですか?

寺尾: ええ、それをベースにして、通信領域で必要なNECのミドルウェアを入れたものを提供するんです。OSDLには金融系のワーキンググループがあって、必要な機能を洗い出している最中です。家電や組み込み系は、NECが参画しているCE Linuxフォーラムで洗い出しています。

末松: では、CE Linuxフォーラムから必要機能の提案をOSDLへ出して、キャリアグレードと同じような形でお墨付きを得ると。

寺尾: たぶんそうなります。OSDLがいまビジネス向けLinuxの核となる機能の標準を決めるコミュニティという形になっていますから、我々の取り組みはいい方向だろうと思うんです。

末松: キャリア向け、金融向け、CE向けが押さえられたらかなりのインパクトですね。

寺尾: はい。そうしてだんだん大きくなり、社会の核のところへ入っていくと。さらに、テクニカルでもバイオテクノロジーの世界まで手を広げることも考えています。

明確な戦略に基づくLinuxの採用

末松: NECは、研究開発の段階から中国と手を組んでやっていこうとしている。製造面での進出は他社も行っていますが、中国市場の実勢を認めて同化しながらやっていこうという流れは、国内企業においてかなりのレアケースだと思うのです。

寺尾: そうですね。そういう企業文化へと進んでいく必要性を感じたので、いま踏み出したところです。最初は携帯電話用の研究所を作ってそこが中心になりますが、今後はITやソフトウェアの領域でも進んでいく予定です。

末松: そのように他者資源を活用しようとすることは、まさに「モジュール化」ということであり、オープンソフトウェアの思想の流れでもあります。この思想がNECの本流になってきていることを示す好例だと思うし、非常に重要なことだと思うんですよね。その中でLinuxが採用されるというのも極めて自然な流れでしょう。 自社内だけのクローズな環境に籠もっていると、自分たちでOSやソフト全部を作ろうということになるはずですから。

寺尾: そういう意味では、新しい時代を見据えた上での対応でしょうね。それに、研究自体もその土地土地の風土や人間を考えていかないと根付かないものなんです。

末松: しかし、「その新しいやり方は日本の得意な分野ではない」という反抗勢力は、社内の中にはないんですか。

寺尾: もちろん、技術の中でどの部分が核でどこまでを外に公開すべきかといった議論はあります。しかし、自分たちで何でもやった方がいいという思想を持つことはもうほとんどなくなって、オープンにしていこうという動きが高まりました。とはいえ、例えば「インテルのチップを使った部分は中国にやってもらうけど、アセンブリの細かい技術は必ず日本で作る」といったこだわりはありますが。

末松: そういう大きな価値観の転換は、いつ頃からどれくらいのスピードで変わってきたのですか。NECはPC98を完全な自前主義でやっていましたが、そこに限界を感じて方向を転換した。そこからの学習効果もあったんでしょうか。

寺尾: シェアとコスト、開発時間の問題がのしかかってきましたね。PC98は当初それなりに台数が出たので自前でいけたんですが、どんどんPCが薄利になったので、ちょっとでも儲けを出すためには他社の技術を使って自分たちの付加価値をどこに加えるかというだけで手一杯になっていった。いい悪いは別として、そういったことでオープンにしようという動きが高まったとは言えると思います。

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