Appleが「watchOS 26」で新機能「Workout Buddy」を発表した当初、筆者はワークアウト中に励ましてくれる「相棒」を必要だとは考えていなかった。これはランニング(または他のアクティビティ)中にAI音声で前向きなフィードバックをくれる機能だが、筆者はむしろ、快適なゾーンから引き上げて最高のパフォーマンスに導いてくれる、厳格なトレーナー像を思い描いていたのだ。しかし実際にこれを試し、さらにAppleに仕組みを詳しく聞いた結果、同社はこれを意図的に控えめに見せていたのではないかと感じている。Workout Buddyは単なる盛り上げ役ではなく、Appleのヘルスケア領域における重要な転機を示している。
Workout BuddyはApple Watchを、ワークアウトの実績を称える親しみやすい声に変える。watchOS 26で追加されたこの機能は、トレーニング計画を導く本格的なコーチではないが、Appleがそれを目指していないとは限らない。実のところWorkout Buddyは、フィットネスとAIの分野でAppleがはるかに大きな構想に向けた基盤づくりを進めていることを示す明らかな兆候と言える。
投資家や愛好家が、特にサムスンやGoogleとの比較においてAppleのAIに批判的な状況下で、AppleにとってWorkout Buddyは、自社のアプローチが実質的に異なることを示す機会となっている。iPhoneの「Apple Intelligence」が控えめな評価にとどまった後、AppleがApple WatchでAIをどう生かすかが具体的に見えたのはWorkout Buddyが初めてだ。
watchOS 26は、パブリックベータ版が先ごろ公開されたばかりだ。筆者は最近、開発者向けベータ版でWorkout Buddyを試し、ウォーキング後に得られた感覚に本気で驚かされた。また、Appleのフィットネス技術担当バイスプレジデントのJay Blahnik氏と、Apple WatchプロダクトマーケティングのシニアディレクターDeidre Caldbeck氏を取材し、この機能の詳細や、背景にある技術と思想を語ってもらった。両氏の話から、パーソナライズされたインテリジェントなコーチングに向けたAppleの長距離走は、まだ始まったばかりだと感じた。
Appleが6月のWWDCでWorkout Buddyを発表した際、多くのApple Watchファン(筆者を含む)は、それをトレーナーというより「盛り上げ役」と評した。Fitbit、Garmin、そして最近のサムスンのように、AIによる適応型コーチングプランを既に提供している競合と比べると、リアルタイムのフィードバック中心のWorkout Buddyは戦略家というよりチアリーダーに近い。
しかし、Workout Buddyが「何ではないか」に注目しすぎると、Appleが開始した取り組みを見落としがちだ。この機能は運動中にやる気を引き出す存在となるものであり、威圧的な指導役ではない。屋内・屋外のウォーキングとランニング、屋外サイクリング、高強度インターバルトレーニング、機能的および従来型筋力トレーニングなどのワークアウト中に、状況に応じたパーソナライズされた声かけをリアルタイムに生成して提供する。
「プロ向けのツールだけにはしたくなかった」とBlahnik氏。「できるだけ多くの人が使えるものにしたかった」
Workout Buddyはヘッドホンの着用を前提としている。筆者は余計な手間をかけたくないランナーなので、ヘッドセットを探したりプレイリストを選んだり(watchOS 26で改善)するのに時間をかけるより、2分でも長く運動したい。そのため当初は、Apple Watchでペースと心拍数アラートを確認するという従来の使い方に加えて、Workout Buddyを使うことに魅力を感じなかった。いまもオーディオ機器が必須である点には完全に賛同していないが、目標のトレーニングゾーンに到達したことを耳元で知らせるアラートは悪くないと思った。
最初のウォーキングを開始してWorkout Buddyをオンにすると、その週の状況を簡単に説明してくれた。「今週4回目のウォーキングです」とリマインドし、アクティビティリングの達成までどれくらいかも知らせてくれた。画期的というわけではないが、会話のような口調で教えてもらえるのは、グラフの中に埋もれた情報を探すのと比べて、驚くほど分かりやすい。
「これはコーチではないが、利用者のデータを用い、適切なタイミングで情報を届けるよう設計されている」とBlahnik氏は説明する。「やる気を引き出し、邪魔にならない形でこれを実行する」
一方で、坂道で心拍数が上がった場面では、Workout Buddyは少しうるさく感じられた。心拍が目標値を行き来したため、数秒おきにアラートが入った。もっとも、心拍アラートはワークアウトごとに調整や無効化が可能だ。筆者には、高心拍アラートのみを無効にする設定が合っていた。
Workout Buddyは、Appleがヘルスケアやワークアウトの分野でAIの能力を示すために作った単なる思いつきの機能ではない。10年分のフィットネスデータ、「Fitness+」のトレーナー陣、そしてApple Intelligenceの技術力が結実したものだとCaldbeck氏は語る。
「3つの要素が重なった最適なタイミングだった」とCaldbeck氏は言う。「10年分の努力の成果である皆さんのフィットネスデータ。われわれのFitness+トレーナー陣。そして前進のための技術力をもたらしたApple Intelligenceだ」
完成した機能では、確かにその3つが感じられた。耳に届く声は、他のデバイスでよくある汎用的な音声プロンプトではない。実在のFitness+トレーナー28人の声で学習した生成モデルだ。トーンや熱量、言い回しには意図や個性が感じられる。
「これは録音ではない」とCaldbeck氏は強調する。「台本もない。ワークアウトデータと音声モデルを使ってその場で生成され、毎回違って聞こえる」
筆者が自前の「Apple Watch Series 10」で初めてWorkout Buddyをセットアップした際は、3つの異なる声から選択するよう求められた。それらは、筆者を人生最高レベルにシェイプアップするよう追い込む厳しいトレーナーのような声ではなく、目標達成のために信頼できる人物のように聞こえた。毅然としていてエネルギッシュで、不思議なほど人間らしい。これまで他のプログラムで耳にしてきた機械的なコーチの音声とは一線を画している。
一方で、人間ではないことを感じる瞬間もあった。筆者にとっては急な坂を上った直後に1マイル地点に到達した時のことだ。「1マイル、標高差230フィート」と統計を示した後に、少し間を置いて「これは軽度の標高差です!」と告げた。強い調子で、あたかもエベレストに登ったかのように聞こえた。問題は内容ではなく言い方だ。人間なら淡々と「軽度です」と言うだろう。調子と実績のずれにより、最小限の努力しかしていないことをやんわり揶揄されたように感じた。
パーソナライゼーションはデータの中身だけでなく、伝え方にも及ぶ。Workout Buddyは習慣や好み、さらには時間帯に応じて伝え方を変える。
「その瞬間に特有の内容が語られ、翌日のランニングで同じことをしても、同じ文言が流れることはないと分かる点が、非常に素晴らしい」とBlahnik氏。
ウォーキング終わると、Workout Buddyは統計や距離、消費カロリーの概要を示した。さらに意味のある一言として、ペースがここ4週間で最速だったと教えてくれた。膝の故障で5週間走れていなかった筆者にとって、その小さな前進は回復の兆しとして響いた。通常なら自分で掘り起こす必要がある、状況に応じた洞察が、考えることなく耳元に届いた。
AppleはWorkout Buddyの親しみやすさと、長年にわたり堅持してきたプライバシー方針のバランスをとっている。この機能はリアルタイムで応答を生成するために、Apple WatchとiPhoneでのオンデバイス処理と、プライベートクラウドコンピューティングを組み合わせている。個人のフィットネスデータが外部に共有されることはない。
「これは最も個人的なデータだと認識している」とCaldbeck氏。「そのため、これを適切に扱いつつ、強力なインサイトを届けたいと考えた」
この慎重な姿勢は重要だ。信頼は、AppleがAIを通して提供する将来のヘルスコーチングの基盤となる。
Workout Buddyを使えるのは、Apple Intelligenceに対応するiPhoneのユーザーに限られるが、watchOS 26の他のアップデートは、すべての対象Apple Watchユーザーが利用できる。この制限は排除のためではなく、処理能力によるものだ。リアルタイムでパーソナライズされた音声フィードバックを生成するには、現行のApple Watch単体では対応できないオンデバイスの性能が求められる。
Apple Watchの「ワークアウト」アプリは、2015年の登場以来、最も大きくナビゲーションが改善された。これまでメニューの奥にあったインターバルトレーニングやペースアラートなどの中核機能は前面に据えられた。メディア連携も改善され、いつものワークアウトに基づくApple Musicのおすすめ楽曲が、ワークアウト開始と同時に再生される。
「可能な限り個人的で使いやすいものにすることに注力した」とBlahnik氏。「ワークアウトアプリをこれまでで最も前進させている」
このシンプルさ、使いやすさ、パーソナライゼーションへの注力は、Appleの戦略を理解する鍵となる。他社が本格的なAIフィットネスコーチ機能の提供を急ぐ中、Appleはより慎重な姿勢をとり、ユーザーのデータを処理してリアルタイムの有益なガイダンスに変換するためのインフラを構築している。
AppleはApple Watchにネイティブの睡眠トラッキング機能を加えた際にも同様の姿勢を示している。競合他社が基本的な睡眠トラッキング機能をかなり前から提供している状況でも、同社は臨床的な根拠が整うまで待ち、睡眠時無呼吸の通知機能についても信頼性の高い実装が可能になるまで提供しなかった。
「私たちはたいてい、誰にでも歓迎され、インクルーシブで、使いやすい形にして機能の提供を始める。ここから先にも、非常に明るい未来があると考えている」とBlahnik氏。
もちろん、Appleが次の狙いを明かすことはないが、今後の方向性は想像に難くない。
「将来を考えると、この機能をさらにパーソナライズさせるあらゆる方法にとてもワクワクする」とBlahnik氏。
Workout Buddyは今のところカジュアルなものに見えるかもしれない。しかしこの機能は、Apple Watch上でリアルタイムのデータ分析ができるようになる可能性があること、そしてそれをモチベーション向上につながるパーソナルな形で届けられることを示している。さらに重要な点は、Appleが手応えを探っているという点だ。この機能はアクセスしやすく、フレンドリーで、威圧的でもない。初心者でも使ってみようと思えるものになっている。
また、次の段階に向けた布石でもある。次の段階とは、ワークアウトアプリだけでないユーザーのデータ全体を解釈し、動機づけ、より健康的な習慣を促して、測定可能な改善へと導くAIコーチだ。Appleがうまく進めれば、長期戦は実を結ぶだろう。信頼を築き、真の洞察を提供し、ユーザーの現在地に寄り添うことが、長距離走で勝つ方法だからだ。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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