AIは映画制作の敵か味方か--「創造性」で揺れるハリウッドの現状をひもとく【後編】

Katelyn Chedraoui (CNET News) 翻訳校正: 石橋啓一郎2025年07月31日 07時30分

 前編に続いて、生成AIがエンターテインメント業界に及ぼすさまざまな変化と葛藤についてお伝えする。

  1. 生成AIの問題点
  2. AIのしわ寄せは主にセレブ以外の人々へ--労組の重要性
  3. AIは感情を動かせるのか

生成AIの問題点

 エンターテインメント業界にはAIを取り入れてコストを削減したいと考えるリーダーがいる一方で、実際にAIを導入するとなれば、さまざまな不安や危惧がある。特に問題なのが、法的・倫理的な影響だろう。特に大きな懸念の1つが、著作権に関するものだ。具体的には、AI企業が、モデルの学習に著作権で保護された素材を著作者の許可なく使用しているのではないかと懸念されている。

HOLLYWOODのサイン 提供:Cole Kan/CNET/Getty Images
※クリックすると拡大画像が見られます

 AI企業とコンテンツ制作者の間では、著作権関係の訴訟に限っても、現在30件以上の訴訟が進んでいる。皆さんもおそらく、The New York TimesとOpenAIの訴訟や、Stability AIに対する集団代表訴訟などの話は耳にしたことがあるのではないだろうか。これらの訴訟における原告側の主張には、AI企業がモデルの開発にクリエイターのコンテンツを違法に使用しているというものや、AIの出力が保護されている知的財産に酷似しており、権利を侵害しているというものがある。

 Womble Bond Dickinsonの知的財産権弁護士であり、同法律事務所サンフランシスコオフィスのマネージングパートナーを務めるChristian Mammen氏は、米CNETのインタビューに対し、「これらの訴訟の原告は、一様に自分たちの成果がトレーニングデータとして使われ、実際に自分たちの生計を立てる手段が損なわれているだけでなく、自分たちの著作権やその他の知的財産権の重要性や価値が毀損されていることに懸念を抱いている」と語った。

 (情報開示:米CNETの親会社であるZiff Davisは4月、OpenAIがAIシステムのトレーニングと運用においてZiff Davisの著作権を侵害しているとして、OpenAIを提訴している)

 AI企業とパブリッシャーが法廷で争っている間も、AI企業はそのまま自由に事業を継続している。米国の著作権局は多少のガイダンスを提示しているが、米国の各州や連邦政府機関がAIに関してどのような法律を作るべきか(あるいは作るべきではないか)については議論が百出している状況だ。AIと著作権の問題は、おそらくケースバイケースで裁判所が判断していくことになるだろう。しかし、盗まれた作品から生み出されたテクノロジーを使っている可能性があるとなれば、法的に危険なだけでなく、多くのクリエイターにとっては許しがたい倫理違反になる。

 著作権とも密接に関連しているが、視覚的なスタイルのような知的財産の要素を保護できるかどうかも懸念されている。例えば、多くの映画監督は、自らのキャリアを通じて、自分の作品を象徴するような視覚表現を生み出している。映画「トワイライト」シリーズのフォークスの街を彩る、象徴的で不安をあおるような青みがかった色合いを思い浮かべてみてほしい。あるいは、特徴的な色彩に富んだWes Anderson監督の映画のスタイルもそうだ。映画の視覚的アイデンティティは、撮影監督、照明・視覚効果アーティスト、カラーグレーディングなどの専門家のチームが丹念に作り上げたものだ。これらのコンテンツをすべて画像生成AIや動画生成AIに入力すれば、誰でもそれを模倣できるようになってしまうかもしれない。

 このリスクは理論上のものではなく、すでに現実のものになっている。OpenAIが3月、「ChatGPT」の画像生成機能をリリースしたとき、多くの人がそれを使ってジブリアニメ風の画像を作成し始めた。スタジオジブリは、「千と千尋の神隠し」や「となりのトトロ」などのヒット作を生み出した人気のアニメーションスタジオだ。これは、気が滅入るほど皮肉な流行だった。多くの評論家が指摘したように、スタジオジブリを作った宮崎駿氏はかつて、あるAI映像について「生命に対する侮辱を感じる」と語っていたからだ。

 これは映画制作会社にとって厄介な可能性だ。Showtime Networkの元法務顧問で、知的財産弁護士でもあるRobert Rosenberg氏は、「Lionsgate(映画会社)の身になって考えてみてほしい。大規模言語モデルがジョン・ウィックの世界に似たものを作れるようになって、それが突然他の誰かのストーリーボードに現れたら困るはずだ」と語る。「つまり、一番問題になるのは機密保持の問題だ。あらゆる映画制作会社やテレビ局が何よりも先に心配するのは、企業秘密や知的財産を無償で明け渡すことになりはしないかということだろう」

 多くの生成AIには、有名人や政治家などの特定の人物の画像を作成できないようにする防止機構が組み込まれている。しかし、これらの防止機構は実効性に乏しい。例えば、具体的な監督や俳優の名前を使わなくても、見分けが付かないほどそっくりなコンテンツを作れるくらい、AIに見た目や雰囲気を細かく説明をすることはできる。

 LionsgateのAIモデルは同社専用のものだろうが、このことは、同じ問題でも映画制作会社と個々のクリエイターでは受ける影響が異なることを浮き彫りにしている。映画制作会社には知的財産を守る必要がある一方で、クリエイターは他の人に自分のスタイルをコピーして欲しくないと思っている。AIの利用によって、評判が損なわれるリスクもある。例えば、ChatGPTでジブリ風の画像を作ることが流行していると知らない人は、ホワイトハウスの公式XアカウントがシェアしたAI生成画像を見て、泣き叫ぶ女性が強制送還されるアニメをスタジオジブリが作ったと思うかもしれない。

 こうした大局的な観点からの懸念について考えることは、IT企業がエンターメント業界のリーダーにAIを売り込むのに苦労している理由を理解する上で役に立つ。エンターメント業界のリーダーはたちは、AIについて調査し、導入し始めているが、労働組合はクリエイターが抱えている懸念を社会に見える形で提示している。

AIのしわ寄せは主にセレブ以外の人々へ--労組の重要性

 Scarlett Johansson氏やKeanu Reeves氏などのように、AIによる自分の仕事や肖像権の侵害に反撃できたセレブもいるが、多くの人にはセレブのようなリソースはない。映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)のナショナルエグゼクティブディレクター兼チーフネゴシエイターを務めるDuncan Crabtree-Irelend氏は米CNETの取材に対し、だからこそAIについては組合が重要なのだと述べている。

 AIは、脚本家や映画俳優、監督、舞台俳優などが所属する複数の労働組合が2023年に行ったストライキで重要な争点となった。これらのストライキの後に生まれた全米脚本家組合(WGA)SAG-AFTRAの契約では、AIの使用に関する具体的なガイドラインが定められている。

 SAG-AFTRAの契約に盛り込まれた保護条項の1つは、デジタルレプリカ、つまり、俳優の顔や体をスキャンし、映画製作者が撮影後のシーンにその俳優の姿を合成して挿入できるようにするプロセスに関するものだ。

 この契約ができる前は、俳優側に、肖像権を売ってしまうと映画制作会社が一度料金を支払うだけで彼らのレプリカを際限なく使えるようになり、究極的には将来の仕事のチャンスが限られてしまうのではないかとの心配があった。この契約に定められた保護ルールがなければ、そのプロセスは「デジタル年季奉公まがい」のものになっていただろうとCrabtree-Ireland氏は言う。

 「私たちは、俳優がデジタルレプリカを作る権利を売ることを止めさせようとしているわけではない。それに同意するときに、同意すると何が起きるのかを理解してもらい、永続的に、際限なく何でもできる同意をしてはならないことを知ってほしいだけだ」(Crabtree-Ireland氏)

 労働組合が設定したデジタルレプリカをめぐる保護ルールは、イノベーションと労働者の利益保護の公正なバランスを見つけるための、長い道のりの第一歩だ。Crabtree-Ireland氏は、一部の組合員は落胆しているが、組合は生成AIを全面的に禁止させようとしているわけではないと述べている。

 「過去の歴史は、組合がテクノロジーをただ止めようとしても、失敗することを教えてくれている。技術的な進歩を意思の力だけで抑えることは不可能だ」と同氏は言う。組合が望んでいるのは、方向性の決定に関与し続けることだ。「技術を止めようとするのではなく、あらゆる影響力、権力、説得の機会を利用して、そうした取り組みが正しい方向に進むようにするつもりだ」とCrabtree-Ireland氏は語った。

 SAG-AFTRAなどの労働組合は、エンターテインメント業界で働く数千人もの労働者を守っている。組合が持つ力は、業界の大企業が新たなAIを使いこなすための助けにもなるが、より重要なのは、権利を侵害するような、破滅的でとにかく馬鹿げたAIの利用をしないように企業を導ける点だ。これらの組合の契約は、重要な前例になる可能性がある。エンターテインメント業界で働くすべての人が組合に加入できるわけではないが、AIの使用に関するスタンダードを底上げし、制限を設けることで、より健全な労働環境を確保し、現在と将来のクリエイターのために業界の未来を安定させることができる。

AIは感情を動かせるのか

 AIをめぐるハリウッドの華々しい話題はいくらでもあるが、技術的な限界や、法的な不確実性や、倫理的な懸念といった問題によって、一部の技術者が思い描いていたようなAIによる一気呵成の侵略は阻まれてきた。しかし映画制作会社やテレビ局は、技術革新が続き、法的な環境も整備されてきていることを受けて、もっと積極的かつ声高にAIの利用を追求し始めるかもしれない。

 映画祭のディレクターであるAlexander氏やCohen氏にとって、AIは今後も映画祭ネットワークの運営側として取り組むべき問題の1つでありつづけるだろう。しかし2人は、彼ら自身の作品であるSFテレビシリーズ「The Croaked Realm」で、数年間にわたって数千時間を費やして手書きのアニメーションを制作している。

 「私たちは、(AIを使うことは)考えもしなかった。私たちは深みや微妙なニュアンスを大切にしており、こうしたものは2Dのアニメーションから有機的に生まれるものだと感じているからだ」とCohen氏は言う。「それが違うところで人々の心を打ち、知性に訴えるのだと思っているし、人間がすべてを作ったと分かればそれが評価されると思っている」

 またAlexander氏は、「人間のタッチを再現することはできるだろう。だが私はよく、誰かの中に生まれる感触や感情も再現できるのだろうかと考えている」と述べた。「古い格言に、敵と一度接触したら、最初に立てた計画通りには行かないという言葉がある。AIモデルが非常に洗練され、完璧なものになっても、果たして人間が作ったものと同じように人々の魂を揺さぶれるどうかは疑問だ」

この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

Amazonで現在開催中のセールを見る

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画広告

企画広告一覧

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]