子どもが高校生になったら、毎朝せっせと弁当を作る生活が待っている──。そんな話、半分は都市伝説だと思っていた。今どきの高校に購買も学食もないはずがないし、もしなくてもどこかに抜け道くらいあるだろう、とたかをくくっていた。ところが、息子が進学した都立高校には本当に購買も学食もなかった。逃げ道もなく、「1日も休めない弁当生活」という重い現実が突然スタートしたのだ。
そんな折、ふとInstagramの存在が頭をよぎった。いまや学生たちはInstagramやX(旧Twitter)に「勉強垢」と呼ばれる専用アカウントを作り、日々の学習の様子や目標を発信している。
Studyplusトレンド研究所の調査(2023年3月)によれば、実に中学生の4割弱、高校・浪人生のほぼ半数、大学生・社会人も4割以上が勉強垢を持ったことがあるという。中高生は主にInstagram、大学生はInstagramとX、社会人はXで、勉強垢を使う割合が多いらしい。
勉強垢を運用する理由で一番多いのは「勉強記録でモチベーションを維持するため」。続いて「勉強法や役立つ情報の収集」などが並ぶ。
投稿を見ると「偏差値○アップ!」や「○○大合格!」といった目標を掲げ、ひたむきに努力する姿が映し出されている。机に向かう自撮りや、ノート・文房具・参考書の写真も並び、勉強仲間同士で「いいね」やコメントを送り合うことで励まし合い、前に進むエネルギーに変えている。
自分の目標を宣言し、進捗をオープンにすることで、達成率が上がる「宣言効果」。勉強垢はこの心理をうまく活用した、現代的な自分磨きの場なのだろう。
“やらなきゃいけない”ことを“やってみたくなる”ことに変える魔法。それを弁当作りにも応用できるのでは――。そんなひらめきから、私の弁当アカウント(=弁当アカ)が生まれた。
4月――息子の高校生活とともに、私の「弁当作り記録」もInstagramでスタート。ワーキングマザーとして、匿名で、ただ“息子のための弁当記録”を日々アップしはじめた。
すると、驚いたことに、同じ時期に弁当作りを始めた仲間たちが次々とフォローしてくれた。
趣味アカや日常アカでは何となく投稿も熱も続かず、どこか“他人事”だったインスタ。しかし、弁当アカには確かな目的がある。記録が溜まっていく手ごたえ、フォロワーや「いいね」が増えていくワクワク感……はじめてInstagramが“自分の居場所”に感じられた。
タイムラインを眺めれば、「“いいね”があるから明日も作れる」「お弁当の参考にしています」と、みんながエールを送り合っている。モチベーション維持、情報交換のために弁当アカが不可欠な存在になっていることが、リアルに伝わってくる。
そして何より、記録が“積み上がる”こと自体が、明日の自分への励みになる。
お弁当は子どもが食べてしまえば一瞬で消えるけれど、Instagram上には自分の頑張りの軌跡が残る。 さらに、他の人の投稿を見ることでレパートリーが広がり、「麺類もアリか!」と新しい発見も。知らず知らずのうちに作ったことのない料理に挑戦し、新しい味を息子に届けている自分がいる。
日々の献立に悩んだときも、自分の投稿を遡れば「最近作ってないあのメニュー」を思い出せる。
ただ“続ける”だけでなく、“変化を生む”仕組みがここにはある。
「毎日、必ず弁当を用意しなきゃいけない」という重圧は想像以上だ。食堂も購買もないから、どんな体調でも、どんな天気でも、とにかく用意しなければならない。栄養バランスにも気を遣う。日々変化をつけなきゃ飽きてしまう。毎朝、無意識に背中に重りを背負うような感覚だ。
弁当アカでは、今日のメニューだけでなく、「子どもと喧嘩した朝」「ご飯を炊き忘れてあたふたした日」「冷蔵庫に残り物しかなくて焦った日」など、“日常のつぶやき”もよく見かける。どれも誰かが通る道。
4時台、5時台に起きる人。塾弁や捕食用のおやつを入れる人。体調を崩した子どものために工夫する人。みんな、それぞれの“戦い”を重ねている。
でも、「あと数年で子どもと一緒に過ごせる日々も終わる」と思うと、今という瞬間がとてつもなく貴重に感じられる。
金曜の夜、「明日はお弁当がない!」とみんなが小躍りする気持ちも、しみじみ分かる。そう、ここには「同志」がいる。
勉強垢も、弁当アカも、その価値は同じ。“自分だけじゃない”という実感が、不安や負担を和らげてくれる。
ひたすら続けてきた毎日が、いずれ自分の自信や誇りになる。情報交換で日々の工夫が増え、誰かの経験が自分の支えになる。つながりの力が、思った以上に大きいことを知った。
先日、弁当アカを息子にそっと見せた。「あ、これ全部食べたやつだ」と彼。
「それはそうだよ」と笑いつつ、どこか誇らしい気持ちがこみあげた。そして、いつか彼が受験生になったとき、「勉強垢、やってみたら?」とすすめてみよう、と心に決めた。
高橋暁子
ITジャーナリスト、成蹊大学客員教授。SNS、10代のネット利用、情報モラルリテラシーが専門。スマホやインターネット関連の事件やトラブル、ICT教育に詳しい。執筆・講演・メディア出演・監修などを手掛ける。『若者はLINEに「。」をつけない 大人のためのSNS講義』(講談社+α新書)など著作多数。NHK『あさイチ』『クローズアップ現代+』などテレビ出演多数。教育出版中学国語教科書にコラム 掲載中。元小学校教員。
公式サイト:https://www.akiakatsuki.com/
Twitter:@akiakatsuki
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