ポートランド映画・アニメーション・テクノロジー・フェスティバルのディレクターを務めたPeter Issac Alexander氏とMarisa Cohen氏は、初めてその映画を見たとき、この作品は興味深く、創造性があり、これまでに審査委員会が見てきた作品とは違っていると感じた。イタリア人監督が作った、ある芸術家の歴史を追うこの映画は、条件をすべて満たしていたため2024年の同映画祭で上映された。しかし上映が終わると、観客の一部は大ブーイングを始めた。その理由は、クレジットにその映画は「人工知能と人間の創造性の融合」によって生み出されたという情報開示の一文があったからだ。
この映画祭で上映された180本あまりの作品の中に、生成AIの要素が含まれていたものは数本しかなかった。この映画祭には、映画全編がAIで制作された作品は参加できないという条件があったため、何本もの応募作品が上映に至らなかったという。Alexander氏とCohen氏は、生成AIに関して内心ではためらいを感じており、深刻な懸念も持っている一方で、AIがすでに映画製作者にとって一般的なツールになっていることを理解している。
Cohen氏は米CNETの取材に対して、「映画祭のディレクターとしてどうすべきかは難しい問題だ。私たちは、公平で中立な立場で臨みたいと考えている。私たちがやりたいのは、人々が関心を引かれるような芸術を見せることだ。だから、映画製作者にはどんなツールが使えるのかも観客に見てほしい」と語った。「映画製作者の中には、高度なソフトウェアを購入したり、アニメーターのチームを雇ったりするだけの資金がない人々もいる。それでも物語を語りたいという人たちに、AIを使ってはならないと言うべきなのだろうか」
この出来事は、AIが雇用の安定にもたらす影響や、盗作の可能性や、AIによって人間の創造性やその本質的な価値が低下する恐れに対して不安や不満が広まっているにもかかわらず、映画制作において生成AIの利用が一般的になっていることを浮き彫りにしている。
「ChatGPT」が爆発的な人気を博し、IT企業の間で、最も進んだ生成AIを開発するという新たな競争が始まってからもう2年半になる。ほぼすべてのオンラインサービスが生成AIを取り込んで大きく変わったように、「Photoshop」や動画編集ソフトなどのコンテンツ制作に関わるあらゆるソフトウェアも大幅な作り直しを受けた。今では画像生成AIが一般的になり、「プロンプト」と呼ばれる簡単なテキストでの説明だけで、さまざまな視覚的表現(その中には優れた作品もあれば、救いようのない駄作もある)を生み出せるようになった。
芸術に関わるソフトウェアのいたるといころにAIが組み込まれるようになった一方で、その舞台裏では激しい綱引きが繰り広げられている。AIは創造的な作業を最適化してくれると声高に主張する人もいれば、この技術は人間の創造性を殺してしまうと嘆き悲しんでみせる人もいる。エンターテインメント業界ほど、この対立が際立っている領域はないと言っていいだろう。
ハリウッドにおけるAIをめぐる物語は、アメコミのような伝統的な「善対悪」の構図ではなく、もっと複雑で、もつれ合った面倒な話だ。一部の映画制作会社やテレビ局はAIに全力で取り組んでいるが、法律面での深刻な懸念に尻込みしているところもある。何十万人ものエンターテインメント業界の労働者を保護している労働組合は、撮影現場へのAI導入をコントロールしようと務めてきたが、その成功談の内容は、誰に話を聞くかによって違っている。数年前にこの技術が急速に拡大し始めて以来、脚本家や、俳優や、視覚効果アーティストなどをはじめとするあらゆるクリエイターが、AIの開発と導入について警鐘を鳴らしてきた。
エンターテインメント業界の競争はもともと激しかったが、2025年のこの業界の競争は、以前とは全く異なる様相を示している。その原因は、コストの上昇によって、制作作業の国外委託が増えていることや、雇用市場が「危機的状況」にあることだ。AIは、こうした苦境を解決するとも、問題を恒久化してしまうとも言われている。
エンターテインメント業界のリーダーたちが今日下すさまざまな決断は、次の世代の映画やそれらの映画に関わる人々に対するAIの影響を左右することになるだろう。映画制作会社や、動画配信元や、映画芸術科学アカデミー、全米テレビ芸術科学アカデミー、労働組合などのさまざまな団体が、それぞれの選択肢を模索している。ハリウッドが持つパワー、資金、影響力を考えれば、そうしたAIに関する意思決定が、その他のあらゆるクリエイティブ産業やクリエイターの今後に大きな影響を及ぼすことは明らかだ。それらの判断は、何が普通で、映画やテレビ番組でどこまでAIを使っていいかを決めることになるため、私たち視聴者も影響を受ける。
ハリウッドのAIに関する経験や姿勢には、さまざまな要素が互いに絡み合って影響を与えている。この記事では、それらの絡み合った要因を解きほぐしていくことにしたい。
CGは新しいものではない。生成AIによって変わるのは、誰もがそれを使って、非常に短時間で多くのコンテンツを作れるという点だ。これまでは、資金や、教育や、実践的なスキルなどがデジタルコンテンツを作る際の障害になっていた。AIによってコンテンツ制作がこれまでになく簡単かつ安価になったことで、その壁は崩れつつある。こうした進化の最新の形が、テキストや画像から動画を生み出す技術である動画生成AIだ。
ほとんどの大手IT企業や多くのAIスタートアップが、何らかの動画生成AIモデルを発表したり、リリースしたりしている。ChatGPTを開発したOpenAIは2024年末に「Sora」をリリースしており、それに続いてAdobeが「Firefly」を、Googleが「Veo」を公開した。どのモデルにもクセがあるが、いずれもAIで5秒から10秒の動画を生成する能力を持っている。これらの企業の次のステップは、より長く、解像度が高い動画を作れるようにすることだ。この2点の改善が、プロの制作現場でも動画生成AIが使えるかどうかを左右する。
Alexander氏は、AIで生成できる動画が最大で30秒になるだけでも、「現代の映画制作で行われていることのほとんどをカバーできる」と語った。音声も同時に生成できる動画生成AIとしてGoogleの「Veo 3」があるが、この機能が追加されたのは最近で、出力には問題があることが多い。ほかの動画生成AIのほとんどは動画と一緒に音声を生成することはできず、このこともプロフェッショナルが動画生成AIモデルを活用するのを難しくしている。
コンテンツをゼロから生成する以外の生成AIツールも存在する。AIは動画編集ソフトの進化も加速させた。代表的なプロ向けの動画編集ソフトであるAdobeの「Premiere Pro」には、「生成延長」と呼ばれる、AIを使用した初めてのツールが追加された。従来の動画編集ソフトでも、物体を消したり、俳優の年齢を若く見せたりすることはできたが、今では一定レベルの生成AIの機能が組み込まれている。生成AIによる編集は、人間が生み出したコンテンツと、従来からある手法で修正されたコンテンツ、そしてAIで生成されたコンテンツの境界線を曖昧にしてしまう。
AIの開発競争が進むにつれてツールは改善され、指が12本ある人物や奇妙な幻覚が生成される事態は減ってきた。現在ある制約は近い将来なくなる可能性があり、そうなれば、AIが編集作業やポストプロダクション作業に浸透していく可能性が高い。
技術的な限界はあるものの、エンターテインメント業界のリーダーたちは、新しいAI技術をどう生かせるかを調査している。この業界がAIに関心を寄せる背景には、さまざまな動機がある。一番の動機は、映画制作会社やテレビ局が制作コストを下げたがっていることだ。
「タイタニック」や「アバター」で有名なJames Cameron監督は4月、Metaの最高技術責任者(CTO)Andrew Bosworth氏のポッドキャストで、VFXを多用する映画を制作し続けるためには「経費を半分に抑える方法を見つける必要がある」と述べた。同氏はその後すぐに、これはプロジェクトで働く人員を半分にするのではなく、生成AIを使ってスタッフの作業をスピードアップしたいという意味だと付け加えている。CGやVFXを多用した映画を得意としているCameron氏は、2024年9月に、AIを使ったクリエイティブソフトウェアを提供する企業であるStability AIの取締役に就任した。
制作作業のスピードアップは、Cameron氏が関わっているような大予算のプロジェクトにとって重大な関心事項であり、プロジェクトで働くクルーにとっても、「ストレンジャー・シングス」や「ブリジャートン家」の次期シーズンを何年も待たされている視聴者にとっても重要なことだ。しかし、小規模な制作現場(特にアマチュア)では、すでに効率化とコスト削減のためにAIが使われている。
Netflixの共同最高経営責任者(CEO)であるTed Sarandos氏は、Cameron氏がポッドキャストに登場した後に行われた決算説明会で、単にコストを下げるためだけではなく、「映画を10%良くする」ためにAIが使われてほしいと述べた。一部のAI推進派も、同じことを望んでいる。Natasha Lyonne氏は最近、自分のSF映画監督としてのデビュー作で、いわゆる「クリーン」なAIモデルを使ったAI制作スタジオAsteriaとパートナーシップを組むと発表した。同氏はAsteriaの共同創業者だ。またホラー映画で有名な制作会社であるBlumhouseは、MetaのAI動画プロジェクト「Movie Gen」のパイロットプログラムに参加した。米国の俳優・映画制作者であるBen Affleck氏も、未来の映画制作では「制作作業のうち、手間ばかりかかり、創造性が低く、コストがかかる部分」を減らすために、AIを取り入れるべきだと以前から声高に主張している。
最近の映画賞でも、映画制作にAIが使用された事例が注目を浴びた。俳優のAdrien Brody氏は「ブルータリスト」でアカデミー賞を受賞したが、この映画は、映像編集者であるDavid Jancso氏が、Brody氏や共演のFelicity Jones氏のハンガリー語のセリフをを改善するために、生成AIの音声技術を使用したことを明かして炎上した。Brody氏はハンガリー語のネイティブスピーカーではないため、「Respeecher」と呼ばれるAIプログラムを使用して、発音の一部を修正したのだ。しかしそれは、時間と予算を節約するためでもあったとJancso氏は述べている。反発は即座に起こり、しかも激しかった。
のちに、伝統ある映画賞であるアカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、AIの使用は受賞の可能性を「高めるわけでも、低くするわけでもない」と声明を発表した。テレビ番組に特化したエミー賞を主催する団体は、AIで編集された応募作品について「ケースバイケースで審査する」と発表した。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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