(この記事はアドビ株式会社 轟啓介氏からの寄稿です)
2025年1月、大手携帯電話メーカーサムスン電子から新型スマートフォン「Galaxy S25」が発表されました。多彩な機能を搭載した同モデルは最先端をゆく機種として多くのネットニュースに報じられ、華々しいデビューを飾りました。
その一方で「サムスンがC2PAに加盟」という記事が小さく出ていたことに気がついた方がどれだけいたでしょうか。実はこのニュースは生成AI時代における課題の一つである「フェイクニュース」への対抗策としてテクノロジー業界が共同でおこなっているある取り組みにとって重要な意味を持つ発表だったのです。
C2PAとは Coalition for Content Provenance and Authenticity の略で、写真の撮影、加工、公開に至るまでの来歴情報を扱うContent Credentialsと言われるメタデータの仕様を議論する団体のことで、同時にその規格そのものを指す場合もあります。対象となるデータはイラストを含む静止画、動画など様々なフォーマットをサポートしています。
この C2PA の仕様をサポートしたカメラやクリエイティブソフトで作成されたデジタルコンテンツには、誰が、いつ、どんなカメラで撮影したかが Content Credentials として添付され、これをネット上で誰もが確認できます。つまりのちに悪意ある誰かの手にわたり加工されフェイク画像となったとしても、オリジナルの写真と照合し、どのような改変が加えられたかを消費者が確認し、フェイクを見破ることができるというわけです。
例えば報道写真などを新聞社などの報道機関に提供するAFP通信では、同社が提供している写真に Content Credentials を付与する方針を明らかにしています。のちのちその画像を誰かが悪意を持って加工しても、ニュースの読者はオリジナルのAFPから提供された写真がどのようなものであったかを知ることができます。
そして今回スマートフォンとして Galaxy S25が初めて C2PA に対応したというわけです。とかくフェイクニュース流通の経路となりがちなSNSとの相性の良いスマートフォンがC2PAに対応したことは、フェイクニュースと戦うテクノロジー業界にとって大きな一歩だったのです。
Content Credentialsの歴史は意外に古く、2019年にアドビなどの呼びかけにより Content Authenticity Initiative(コンテンツ認証イニシアティブ)という Content Credentials の実装を推進する団体が立ち上げられています。その後2023年ごろから生成AIが本格的に利用されるようになって以降急速に団体が大きくなり現在では、キヤノン、ニコン、富士フイルム、パナソニックといったカメラメーカー、アドビやゲッティイメージのような写真加工、ストックフォトサービスベンダー、そしてNHKや日本経済新聞、読売新聞などのメディア企業まで4500以上の企業団体がここに加盟しています。
ただ日本でビジネスをする筆者として残念なのは、4500もある賛同企業に日本のメディア企業の名前がまだまだ少ないことです。コンテンツ産業をお家芸とする日本からも、もう少しこうした国際的なコンテンツやクリエイターを守る活動に参加する企業が増えてくれればと思います。
ここで、どのような仕組みでコンテンツの加工来歴がトレースできるのかを少し詳しくご紹介しましょう。まず、Content Credentials に対応したカメラで撮影します。すると画像には自動的に Content Credentials がメタデータとして付与されます。
次にこの写真を例えばアドビのPhotoshopで加工したとします。写真の画角や明るさを変えるといった編集履歴は全てContent Credentialsに追加されます。この時、生成AIの機能を使って邪魔な電線を消したり、元の画像にはなかった花などを生成AIで追加することもあるでしょう。Photoshopの場合、Content Credentials を追加するかしないかは設定でオンオフができます。しかし生成AIを使った場合はオフにすることができない仕様になっており、生成AIに由来するクリエイティブであることが最終的な写真の閲覧者にわかるようになっています。
さらに、ニュースメディアやSNSプラットフォームがこの画像を公開する際も、どのメディアが所有している画像であるか、配信された状態はどのような画像であったかを記録できます。
最終的に閲覧者がこの画像を Content Credentials のWebサイトにアップロードすると、オリジナルの画像と作者、ここまでの加工編集の履歴、公開時のコンテンツオーナーなどを確認できます。これにより、不当に加工されたフェイク画像であるかどうかを閲覧者は確認することができるというわけです。
Content Credentials はメタデータの他に電子透かしとフィンガープリントと言われる識別方法を組み合わせることにより、仮にメタデータが削除されても来歴のトラッキングが断ち切れることはありません。例えばPCのスクリーンに表示された写真をキャプチャーして別なJPEGファイルを作った場合、当然メタデータは新しい画像には埋め込まれていないのですが、それでもContent Credentials サイトで検証すると、元の画像が表示されます。
筆者が実験したところ、プリントアウトした写真を再度写真撮影した画像ですらも、Content Credentials でオリジナルの写真が誰の撮影したものであるかをトレースできましたので、かなりの精度と言えそうです。
ただ、Content Credentials が真価を発揮するためには、理想としてはネット上に流通するすべてのコンテンツがこれに対応する必要があります。しかしこれは世の中の全てのカメラがC2PAに対応することを意味し、簡単ではありません。そこでブラウザーに画像をアップするだけで Content Credentials を付与できる無料のWebツールを公開する動きも始まっています。
現在はアドビの Adobe Content Authenticity という無償ツールのベータ版が公開されています。 これにより、C2PA対応のカメラやアドビツールを持っていないクリエイターや報道機関であっても、Content Credentials を付与し、自分のコンテンツを守ることができます。
生成AI時代のクリエイターの懸念は、フェイク画像だけではありません。自身の作風を模倣される可能性もあるので、できればAIの学習データとして使われたくない、と考える人も少なくないようです。このようにクリエイターが生成AIの学習データとして自身の作品が用いられることを拒みたい場合、Adobe Content Authenticity に搭載されている「I request that generative AI models not train on or use my content. 」というチェックボックスをオンにします。
これによってAIの学習エンジンがクロールしてきた際、このタグを見て学習対象から除外してくれるようになります。ただし、そのためにはAIエンジンの提供会社もこの仕様を尊重する必要がありますが、残念ながら今の段階ではまだ業界の足並みが揃っていません。
もう一つ、一般のWeb閲覧者がサイト上のコンテンツがフェイク画像なのではないか?と疑問を持った時、いちいち検証サイトにアップロードして確かめるだろうか?という疑問があるかと思います。理想としてはWeb閲覧中に画像に認証バッチのようなものが表示されればそのコンテンツが来歴情報を持っているか否かを確認できます。しかしそのために世の中にあるすべてのWebサイトがなんらかのカスタマイズをしなければならなければならず、これまた現実的ではありません。
現在取りうる手段として、先のAdobe Content Authenticity のChromeブラウザーの無料プラグインを利用する方法があります。これをインストールしておけば、閲覧中のサイトの写真にマウスオーバーさせるだけでその写真の Content Credentials の内容を見られます。これによって特にContent Credentials に対応していないサイトであっても、一般のWeb閲覧者が画像の出所を確認できるようになります。
ただ、いずれの方法もクリエイターが自発的に Content Credentials を付与する、閲覧者がプラグインをインストールする、という行為が必要で、意識付けが必要です。引き続きカメラメーカーや報道機関による実装が進められることが理想といえます。
今回紹介したContent Credentials の他にもフェイクニュースを見破る技術はいくつか提案されています。これらの多くはいわば「偽物を見破る」技術です。これに対しContent Credentials はいわば「偽画像ではないことを証明する」というアプローチになります。あたかも食品に貼られている成分表示を見て消費者がその安全性を確かめられるように、利用者自身がデジタルコンテンツの来歴を確認できることを目指しているのです。
こうした来歴情報がフェイクニュースの根絶の役に立つためには、一般社会におけるそもそもの情報リテラシーが必要です。テクノロジーでカバーできること、法律で規定すべきこと、そして教育ということもまた、フェイク画像を社会から排除してゆくために欠かせないことであることを最後に強調しておきたいと思います。
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