亡き父の写真が生き生きと動き出す、でもこれは現実じゃない--AIがもたらす葛藤

Andrew Lanxon (CNET News) 翻訳校正: 石橋啓一郎2025年05月27日 07時30分

 私の父は、1992年に私が4歳の誕生日を迎えるとすぐに亡くなった。幼すぎて父の記憶はほとんど残っておらず、父が亡くなるまでの短い間に家族で撮っていたホームビデオも数本しかないのだが、写真は残っている。そして、新しいスマートフォンをテストする際に、AI機能を使って父の姿を蘇らせられることに気付いた。

筆者の父親の写真が写っているスマートフォン 提供:Andrew Lanxon/CNET
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 正直に言えば、私はそれに対してどう感じればいいのかよく分からない。

元になった父の写真(左)と、AIが生成した父の映像(右)。 元になった父の写真(左)と、AIが生成した父の映像(右)。
提供:Andrew Lanxon/CNET

 そのスマートフォンは米国で最近発売された「Honor 400 Pro」で、なかなか高性能なモデルなのだが、注目すべきは、AI(Googleの動画生成AIモデル「Veo 2」)を使ってあらゆる画像を5秒間の動画に変える機能を持っていることだ。プレスリリースを読んだときにはこの機能に対して懐疑的だったのだが(いつものことだ)、実際に使ってみると極めて魅力的だと感じた。まずはどのように使うかを説明しよう。

 ギャラリーアプリからこのツールを開き、カメラロールから元になる画像を選んで「GO」をタップする。するとAIが1分ほどかけてその画像を分析し、それが終わると、ハリー・ポッターに出てくる魔法の絵のように、突然その写真に命が吹き込まれるのだ。もしその結果が気に入らなければ、もう一度生成するように指示することで、少し違った結果が得られる。

本を読んでいる女性 元になった写真。
提供:Andrew Lanxon/CNET

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女性が本のページをめくる動画 AIが生成した動画バージョン(低画質のGIFフォーマットに変換)。
提供:Andrew Lanxon/CNET

 私はさまざまな写真でこの機能を試したが、その結果にはばらつきがあった。非常に無難な結果が出ることもあれば(誰かが本を読んでいる写真からは、その人が本のページをめくる動画が生成された)、妙に尖った映像が生成されることもある。私はまず、スコットランドのある島でKodak GOLDのフィルムを使って撮影した、羊の一家の写真を読み込ませた(すぐ下の画像)。すると、AIで作った動くバージョンでは、突然フレームの外から画面内に羊の群れがなだれ込み、その後さらに、草原を走る羊の大群を空中から撮影したアングルのカットに切り替わった。これは少々「やり過ぎ」というものだろう。飼い猫の写真を処理したときにもおかしな動画ができあがり、不思議なことに、その写真には奇妙な文字のタイトルが浮かび上がった(さらに下の画像)。

羊の家族の写真 提供:Andrew Lanxon/CNET
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突然フレームの外から画面内に羊の群れがなだれ込む AIが生成した動画バージョン(低画質のGIFフォーマットに変換)。
提供:Andrew Lanxon/CNET

 その後私は、別のことを思いついた。私は、何十年も前から父の写真を本棚に飾っている。父がバンドをやっていて、ステージ上でベースを弾いている写真だ。この写真を気に入っている理由はいくつもあるのだが、一番の理由は、私自身も音楽をやっており、ずっと前から父との共通点があることを好ましいと思っていたからだ。しかし、父が演奏をしている写真はこれだけしかない。私は一度も演奏を見に行ったことはないし、父が演奏をしている映像も残っていないはずだ。少なくとも、これまではなかった。

 私は画像をアプリに取り込み、不安を感じながら「GO」をタップした。処理が終わるまで待つと、そこには父がいた。私の父が動いて、ベースを鳴らしながら演奏のリズムに乗っていたのだ。AIは、長い間大切にしてきたこの小さなモノクロの写真を、何かそれ以上のものに変えてくれた。何か生きたものに。実際、私の感情は大きく揺さぶられた。

 しかしその後、頭のどこかから別の声が聞こえた。「これは本当の父ではない」と。これは、実際に父が動いて音楽に乗っている姿ではない。本物ではないのだ。これは、Googleのアルゴリズムが、父がやるだろうと想像した内容にすぎない。この父は色々な意味で、写真が生きて動いているような印象を与えようとしている見えない人形遣いの手によって、グロテスクに操られているマリオネットでしかない。

 私は何度か処理をやり直して、どんなバリエーションが作られるのかを調べてみたが、どれも基本的にはベースを演奏しながら身体を動かしている映像ばかりで、あまり大きな差はなかった。公平に見れば、AIは見事な仕事をしたと言えるだろう。その動画はリアルで、影も適切な動きをしており、マイクの位置は変わらず、手の動きも実際にベースを引いているような動きだった。色もモノクロのままで、フィルム特有の粒子ノイズや、写真の経年劣化も再現されていた。

猫の写真
元になった私の愛猫「Toulouse」の写真。
提供:Andrew Lanxon/CNET
猫の後ろの壁に謎の文字が浮かび上がる
なぜこんなことに?
提供:Andrew Lanxon/CNET

 そのことが私に、父はステージではこんな風だったのかもしれないという強い印象を与えたのだろう。この動画を見るときには、目を細めて、AIが生み出した奇妙な間違いや突飛な要素を見えにくくする必要もなかったし、何度試しても父が音楽を演奏している無難な映像が生成された。

 結局のところ、私の気持ちは今も2つに割れたままだ。一方では、こんなことが起こっただろうというGoogleの「妥当な推測」のみに基づいて、亡くなった愛する人を操り人形にするのは、ある種グロテスクなことだと感じる。弟にもこの映像を見せてみたのだが、同じように感じたようだ。「自分はこれを好きだとは言えないが、嫌いにもなれない。なんだか不気味だ」と弟は言った。

 その一方で、このAIは私が数十年にわたって大切にしてきた写真に命を吹き込み、父がステージでどんな風だったのかという可能性を垣間見せてくれた。本物ではないとしても、それを見て好ましく思ったことは確かだ。

 これは私にとって完璧な解決策ではないし、もし私が本当に父のことを思い出したいのなら、AIが作った映像ではなく、実際のホームビデオを見るべきなのだろう。しかし、いずれこのようなAIツールが、今は数枚の写真しか残っていない亡くなった親しい人を偲んでいる世界中の人たちに、本当の安らぎをもたらしてくれるようになるのかもしれない。

 色々と欠陥もあるが、これはAIがもたらす良いことの1つなのかもしれないと私は思いたい。

この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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