2025年5月にNTTドコモ、そしてKDDIが新料金プランを相次いで発表した。その内容を見ると、既存の同種の料金プランと比べて値上げとなったようだ。
背景に急速なインフレがあることは間違いないのだが、携帯電話料金は最近まで、むしろ値下げが続いていた。それがなぜ、一転して各社がこぞって値上げするようになったのだろうか。
そもそも、日本で携帯電話料金の値下げが進んだのは2020年、同年に内閣総理大臣に就任した菅義偉氏が極めて大きく影響している。菅氏は安倍晋三元首相の政権下で官房長官を務めていた頃から、日本の携帯電話料金が高過ぎるとして「携帯電話料金は4割引き下げる余地がある」と発言するなど、携帯電話料金の引き下げにとても熱心だった。
そして菅氏の政権下では携帯電話料金引き下げが政権公約となり、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社に政治的圧力をかけて値下げを迫った。その結果、NTTドコモがシンプルさを“売り”としたオンライン専用プラン「ahamo」を提供するなど、2021年にはより低価格で利用できるシンプルな料金プランの提供が相次いだ。
加えて2020年には、楽天モバイルが本格的に新規参入を果たし、3社の均衡で停滞していた携帯電話会社間の料金競争も加速。菅氏の退任後も中・低価格のプランを中心として、料金引き下げの動きが続いていたのだ。
だが2022年頃から始まった急速な円安をきっかけに、日本でインフレが加速し、あらゆるモノの値段が急上昇してきた。それを機として政府が、非常に長きにわたって続いていたデフレ脱却による成長を進めるべく、企業に賃上げを強く求めるようになったことで人件費も高騰。製品やサービスにコストを転嫁し、値上げすることが不可欠となってきた。
その影響は携帯電話会社も少なからず受けており、ネットワークを敷設するのに必要な基地局などの機材や、それを運用するための電力を調達するコストが大幅に上昇した。また、携帯各社は従業員の給料を上げるだけでなく、基地局の工事をする会社やキャリアショップを運営する販売代理店など、パートナー企業に支払う費用の適正化も求められている。
それにもかかわらず、2024年にはNTTドコモがahamoの料金を据え置きでデータ通信量を30GBに引き上げるなど、実質値下げの動きが続いていた。コストが大幅に上昇して値上げをしたいにもかかわらず、菅政権下から続く政府の競争促進政策によって値下げをせざるを得ない状況に、携帯各社が不満を募らせていたことは間違いない。
実際、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏は、2025年2月10日の決算説明会で、電気代がここ数年のうちに100億円単位で上がっていることや、従業員や取引先も支えていく必要があるなど、厳しい現状について説明。「常に値下げ一辺倒の議論だけでは、(業界を)支える構造にはない」と危機感を募らせ、「健全な形で、モノの値上がりに合わせたくらいの値上げはどこかでやらないといけない」と話していた。
また、KDDIも2025年2月5日の決算説明会で、代表取締役社長(当時)の髙橋誠氏が、今後の通信トラフィック増加を支えていく上では設備を建設するパートナー企業などへ適切な対価を支払う必要があり、そのために「価格転嫁が求められている」と発言。各社のトップが自ら値上げに言及する異例の事態が続いていたのである。
値上げをしなければインフラを維持できないという危機感が、NTTドコモ、KDDIの値上げへと結び付いた訳だが、単に値上げをするだけでは消費者の反発を招きかねない。そこで両社が共通して打ち出している施策の1つが、値上げとともにサービスの付加価値を高めることだ。
その象徴的な事例となるのがNTTドコモの「ドコモ MAX」で、月額料金は最大で8448円と、従来プラン「eximo」(月額7315円)と比べ1000円以上値段が上がっているものの、月額4200円の「DAZN for docomo」が無料で利用できるなど、多くの特典を盛り込んでいる。
それらのサービスが不要だという人からは不満の声も少なからず挙がっているが、NTTドコモの代表取締役社長である前田義晃氏は2025年5月9日の決算説明会でその狙いについて説明。あらゆるコストが増えている状況下にあっても対価を払ってもらえるサービスを提供するよう、戦略を転換する狙いがドコモ MAXにはあるとのことだ。
SNSなどでは、サービスや割引をそぎ落としたシンプルな料金プランに支持が集まりやすいが、それでは顧客の継続利用に結びつきにくく、料金競争に陥りやすい。値上げが不可欠となっている状況下で顧客の支持を得ながら売上を高めていくには、通信をベースにしながらその上に独自の価値を追加し、いかに優良顧客をつなぎとめるかが重要になってきているのだろう。
そしてもう1つの施策となるのが、低価格・小容量プランの縮小である。NTTドコモの新低価格プラン「ドコモ mini」で、従来の「irumo」から料金プランが半減したことが話題となったが、より一層小容量プランの縮小に踏み切っているのがKDDIだ。
KDDIはサブブランドの「UQ mobile」の料金を一新し、これまで提供してきた「コミコミプラン+」の後継となる「コミコミプランバリュー」と、「トクトクプラン」の後継となる「トクトクプラン2」の2プランに絞ることを発表。もう1つの主力プランである、通信量4GBの小容量・低価格の領域をカバーしてきた「ミニミニプラン」の後継プランは用意しないことを明らかにしたのだ。
KDDIの説明によると、トクトクプラン2が通信量によって料金が変わる段階制を採用しており、5GB以下に抑えれば月額1100円の値引きが受けられるので、そちらをミニミニプランの後継と位置付けていく考えのようだ。
ただ、ミニミニプランが月額2365円、各種割引の適用で月額1078円で利用できたのに対し、トクトクプラン2は月額4048円、各種割引に加え通信量5GB以下であれば月額1628円となり、通信量やサービスの違いを考慮しなければかなりの値上げとなってしまう。
低価格・小容量のプランは年配層などから高いニーズがある一方、番号ポータビリティによる転出でスマートフォンの値引きやポイント還元などのインセンティブを得る、いわゆる「ホッピング」行為の“弾”として悪用されやすい。
実際に前田氏は、終了を惜しむ声が多いirumoの通信量0.5GBのプランに関して、「番号ポータビリティで転入した人の半数が、1年以内に次(他社)へ移っている。そこにコストをかけることに意味がなくなっている」と話しており、契約の相当数がホッピング目的だった様子を示している。
それに加えてirumoやミニミニプランのように、店頭でサポートが受けられる料金プランは、ショップの運営・人件費が重くのしかかるため一層利益を出しづらく、経営面でもマイナスの要素が多い。それだけに、インフレが進む状況下で継続提供するのは難しいと両社は判断し、縮小するに至ったのだろう。
2社が値上げに動いた今後、多くの人が気にしているのは残る2社がどう動くのか? ということだろう。
楽天モバイルの代表取締役共同CEOである鈴木和洋氏は、2025年2月14日の記者発表会で「われわれは、他社にない無制限プランが最大の強み。そうした所を含め、料金プランの検討は今のところしていない」と話していた。
電力など各種値上げの影響もAI技術の活用などによってコストを吸収できていると話しており、少なくとも現時点で積極的に値上げに動く様子は見られない。
ではソフトバンクはどうか。宮川氏は2025年5月8日の決算説明会で2社が先んじて値上げに動いたことが「チャンスと総じて思う」と話す一方、「時期はいつ、何がベストなのか考えて行動に移していきたい」とも話しており、その方向性を思案している最中のようだ。
ただ宮川氏は、「要らないものが付いてきて値上がりした構造とか、優先接続できるからと言いながら、他の顧客が犠牲になるものを付けた形で値上げする構造があったとしたら、お互いにWin-Winではないと思う」と、値上げに合わせて高付加価値化を進める他社の新料金プランをけん制。顧客が納得するサービス戦略を、時間をかけて練っていきたいと答えている。
携帯料金の値上げが消費者にとって厳しいことは間違いないのだが、だからといってインフラの質を引き下げる、要は「安くなればつながりにくくなっても構わない」という人はほとんどいないだろう。インフレが収まる気配がない状況の中で、今後も通信品質を維持していく上である程度の値上げはやむを得ず、料金競争を続けるのは限界に達している。菅政権の“亡霊”にそろそろ別れを告げる時が来たのではないだろうか。
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