2019年に携帯電話会社(MNO)として新規参入を果たして以降、低価格で使い放題のモバイル通信サービスを提供している楽天モバイル。インフラ整備を5年前倒しするなど、攻めの姿勢を見せている一方で、資金繰りに苦しんでいる。しかし、紆余曲折を経ながら800万超の契約数を獲得し、徐々に業界での存在感を高めている。
だが、楽天モバイル当初は、NTTドコモからネットワークを借りてモバイル通信サービスを提供する「MVNO」の1つに過ぎなかった。なぜMVNOだった楽天モバイルが、自社でインフラを持つMNO(携帯電話会社)として本格参入を果たしたのか。その歴史から背景を振り返る。
そもそも、楽天グループが消費者向けモバイル通信事業に取り組み始めたのは、MVNOが注目され始めた2012年頃だ。
楽天はその年、当時存在した携帯電話会社のイー・アクセス(同年に現在のソフトバンクグループが買収、現在はソフトバンク)と合弁会社を設立し、イー・アクセスの回線を用いた「楽天スーパーWiFi」の提供を開始した。
また、楽天傘下のフュージョン・コミュニケーションズも「楽天ブロードバンド LTE」を同年に開始。こちらはNTTドコモのMVNOとしてモバイルデータ通信サービスだった。このように、楽天は当時からさまざまな角度で事業化を模索していた。
だが、現在の楽天モバイルの事業につながる、本格的なコンシューマー向けサービス提供を打ち出したのは2014年10月だ。楽天ブロードバンド LTEを提供していたフュージョン・コミュニケーションズが、「楽天モバイル」ブランドでコンシューマー向けの音声通話付きモバイル通信サービスを提供すると発表したのだ。
その発表会には、現在の楽天グループ 代表取締役会長兼社長 最高執行役員である三木谷浩史氏が登壇。「日本の携帯電話料金は高すぎる」として低価格のモバイル通信サービスを打ち出した。そして、MVNOとして本格的に携帯電話会社と対抗していく姿勢を見せたのである。
2014年当時といえば、携帯大手の料金が高い状況にあった。「ahamo」のようなオンライン専用プランがなく、「ワイモバイル」も誕生したばかりだ。
そんな中、イオンがMVNOの「低廉な料金プラン」と「SIMフリーのスマートフォン」をセットで販売し、これが「格安スマホ」として一躍脚光を浴びることとなった。
そこで各社が「大きな成長が見込める」としてMVNOへの参入を打ち出し、現在のMVNO大手でもあるオプテージの「mineo」や、後にKDDIのサブブランドとなる「UQ mobile」のブランドを掲げたKDDIバリューイネーブラーがMVNOとして参入したのもこの頃だ。楽天グループのMVNOへの参入も、そうした流れの1つと見られていた。
だがその後、MVNOとしての楽天モバイルは、有名人を起用したテレビCMなど、積極的な販売攻勢を展開。「5分かけ放題」をはじめとする通話サービスの充実、さらに抜群の知名度を活かし、過当競争となったMVNO同士の競争を勝ち抜いてトップシェアを獲得した。2017年には経営破綻した「FREETEL」ブランドのプラスワン・マーケティングの通信事業、2019年にはDMM.comのMVNO事業を買収するなどして顧客を増やし、事業拡大を進めてきた。
そうした中、楽天グループは2017年12月14日、突如携帯電話事業者(MNO)として新規参入することを発表した。回線を借りてサービスを提供するMVNOと、自らインフラを有して通信事業を展開するMNOとでは、設備投資にかかるコストとリスクが桁違いなだけに、なぜMVNOで優位なポジションを獲得している楽天グループが、わざわざ携帯電話会社に参入するのか疑問の声が多く挙がったのも確かだ。
しかし、楽天グループは、ネットワークに専用の機器を用いず、汎用のサーバーとソフトウェアで構成する「完全仮想化」でコストを抑えられるとして、MNO参入に向けた準備を本格化。2018年1月には現・楽天モバイルの「楽天モバイルネットワーク」を設立し、同年4月には4G向けとなる1.7GHz帯の周波数免許を獲得。2019年には人数を絞った試験サービスという形ながらも商用サービス提供にこぎつけており、2020年以降は本格的なサービス提供を進め現在へと至っている。
では一体なぜ、楽天モバイルがMVNOの立場で満足せず、自らインフラを持つMNOとなったのか。そこには1つに、MVNOとしての立場でサービスを提供することに限界を感じたという点だ。実際に三木谷氏は、MNOへの参入を打ち出して以降、何度か「MVNOは奴隷のようなもの」という発言をしている。
日本のMVNOの多くは現在、パケット中継装置をMVNO側に置いて携帯電話会社のデータ通信ネットワークに直接接続する「レイヤー2接続」を用いている。このため、データ通信に関してはMVNO側が通信料金や通信速度を決められるなど、ある程度自由なサービス提供が可能だ。
また、IIJなどの一部のMVNOは、コアネットワークの一部を自社で保有する「フルMVNO」となり、独自のSIMも発行できる。音声通話のネットワークに関しても、日本通信が2024年2月に「NTTドコモとの相互接続に合意した」と発表しており、今後MVNOによる独自性のあるサービス提供の可能性が高まっている。
ただし、これは現時点での話だ。ネットワークを課す携帯電話会社の抵抗などもあり、MVNO側が高い裁量を持てるまでに相当の歳月を要した。楽天モバイルのMNO参入当時、より自由度の高いサービスをスピーディーに展開するには、自社でネットワークを持つ以外に手段がなかったことも確かだ。
実際、現在楽天モバイルが提供している「Rakuten最強プラン」を見ても、通信量によって料金が変わる段階制を採用し、なおかつ低価格でデータ通信が使い放題。「Rakuten Link」を使って無料での国内通話が可能であるし、今後は衛星・スマートフォンの直接通信も実現予定であるなど、独自色が非常に強い。
その独自性が同社の競争力の源泉にもなっている訳だが、参入を表明した2017年時点で、MVNOとしてそれだけ独自色のあるサービスを実現するのは不可能だ。しかし、大手3社に真に対抗するには、それくらいの独自性が必要不可欠と判断したことで、楽天モバイルは携帯電話会社への転身を図ったのではないかと考えられる。
そしてもう1つ、筆者は、楽天モバイルのMNO参入には日本政府も少なからず影響を与えたと考えている。
先にも触れたように、MVNOは格安スマホとして注目されて以降、現在では1000社以上の企業が参入する過当競争状態で、既にプラスワン・マーケティングのように破綻する企業も出てきている。
それに加えて、携帯電話会社側がMVNOに対抗するため、現在のいわゆる「サブブランド」戦略を強化。実際に、ソフトバンクが買収したイー・アクセスとウィルコムをベースに「ワイモバイル」を立ち上げたのは2014年で、KDDIバリューイネーブラーがUQコミュニケーションズと経営統合し、MVNOの立場ながらUQ mobileがKDDIのサブブランドとしての色を強めたのは2015年のことだ。(その後2020年にUQ mobileの事業はKDDIに承継し、正式なサブブランドとなる)。
2017年頃には、既にMVNOが厳しい状況に追い込まれていたのだが、そのことを快く思っていなかったのが日本政府である。政府はかねてNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社による市場寡占による料金競争の停滞を問題視しており、MVNOの参入が急増したのも、総務省が寡占解消のため、MVNOを増やして市場競争を加速する方針を打ち出していたためである。
だが、政府がMVNOより強く求めていたのは、大手3社に直接対抗し競争を促進できる新規参入のMNOだったと見られている。そうした中にあって楽天モバイルがMNOに本格参入する方針を打ち出したことは、行政側にとっても“渡りに船”だったわけだ。
折しも当時は官房長官に、総務省に影響力を持っていた元首相の菅義偉氏が就任しており、「携帯電話料金は4割引き下げる余地がある」と発言するなど、携帯3社の料金の高さが政府から問題視されている状況だった。それだけに楽天モバイルとしても、行政側からさまざまな部分で協力を得やすい状況にあったことが、参入を加速させる大きな要因となっていたのではないだろうか。
MVNOにはない自由度と日本政府からの支持、これら2つの要因から楽天モバイルはMVNOから、MNOへの転身を果たしたといえるが、同社は自由度の高いサービスで消費者から着実に支持を得てきている一方で、大手3社に匹敵する契約数とインフラを得るにはまだ不安が少なからずある。果たしてMVNOからの転身が正解だったのか、それを評価するにはもう少し時間が必要だろう。
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