携帯電話業界の1年を占う世界最大の見本市イベント「MWC Barcelona 2025」が、3月3日から4日間にわたってスペイン・バルセロナで開催された。筆者も毎年現地を訪れて同イベント取材をしているのだが、今年のMWC Barcelonaは随所から小さからぬ異変を見て取ることができた。
その異変とは、広告とブースの減少だ。携帯電話に関連する多くの企業が集まるMWC Barcelonaでは、例年大手スマートフォンメーカーや通信機器ベンダーを中心に、会場周辺で大規模な広告を展開することが多いのだが、2025年はその一部で広告が見られなくなっていたのだ。
また会場内でも、かつて多くのスマートフォンメーカーのブースが軒を連ね同イベントの“花形”となっていたホール3の一部に企業の出展がなく、代わりにVIP用のラウンジなどが設置されている状況だった。コロナ禍の頃はともかく、平常時のMWC Barcelonaでこうした光景を見ることはなかっただけに、業界にかなり大きな異変が起きていることを如実に示している。
実は携帯電話業界はいま非常に混沌とした状況にあり、その影響がMWC Barcelonaにも如実に表れているといえよう。その1つは中国企業の影響力が落ちつつあることだ。
実は4Gから5Gにかけて、携帯電話業界は中国企業の影響を非常に強く受けるようになっていた。実際に携帯電話のインフラ整備に欠かせない基地局などの通信機器では、中国企業が高い市場シェアを獲得するようになった。スマートフォンでも中国メーカーが世界市場を席巻し、現在はアップルとサムスン電子を除けば、中国メーカーが市場シェア上位を占める状況となっている。
だが、その中国を取り巻く状況が、ここ最近大きく変わってきている。1つは中国経済の不況が長引いていること。そしてもう1つは米中対立の影響を受け、日本をはじめとした米国の同盟国が中国ベンダーの通信機器を排除する、いわゆる「デカップリング」が進みつつあることだ。
それら2つの要因が携帯電話業界に少なからず影響を及ぼしつつある。今年のMWC Barcelonaでもファーウェイ・テクノロジーズやZTE、シャオミなどの大手中国企業は依然大規模なブース展開をしてはいるのだが、一方で中国企業によるイベントのスポンサードなどは減少しているし、この時期は会場内外で多く聞かれるはずの中国語を聞く機会も明らかに減少していた。その勢いに陰りが出ている感は否めない。
そしてもう1つは、そもそも5Gがうまくいっていないことだ。日本では2020年、海外では2019年から商用サービスを開始している5Gだが、スマートフォンの通信速度を高速化することには貢献しているものの、5Gの実力をフルに発揮できるスタンドアローン(SA)運用への移行が鈍い。法人ソリューションなど、当初期待されていたスマートフォン以外の需要開拓はほぼ進んでいない。携帯電話会社もスマートフォンから得られる以上の収入を得ることができず、携帯電話会社が5Gインフラに積極投資するモチベーションが沸かないのが実情だ。
これら、これまで市場をけん引してきた中国企業の影響力低下と、携帯電話会社の投資意欲減衰がMWC Barcelonaの停滞ムードをもたらしたといえるだろう。
ただそれでも、2025年のMWC Barcelonaからは次の発展につながるいくつかの変化を見て取ることができる。その1つは「AIエージェント」だ。
音声などで指示をすることで、AI技術がユーザーの要求を実現するための行動を自動的にしてくれる、“秘書”のようなエージェントサービスを実現する取り組みは、ここ最近スマートフォンで急速に強化が進められている。
サムスン電子が1月に発表したスマートフォン新機種「Galaxy S25」シリーズでも、グーグルの「Gemini」や「Gemini Live」などを活用したAIエージェントの実現に向けた取り組みが積極的にアピールされていた。
そしてMWC Barcelonaでの展示を見ると、他のスマートフォンメーカーもAIエージェントの実現に向けた取り組みを積極的に進めているようだ。例えばシャオミも、スマートフォン新機種「Xiaomi 15」シリーズでグーグルと連携し、自社製アプリとGeminiの連携を進めている。
さらに、より踏み込んだ取り組みを実施しているのがZTEだ。ZTEは今回のMWC Barcelonaで、日本でも代理店経由で販売している「nubia Z70 Ultra」に、独自のAIエージェントサービスを搭載したデモを実施。例えば、AIに建物の写真を提示するとその場所を教えてくれるだけでなく、その場所までタクシーで行くよう指示すると、「Uber」のアプリを起動して場所を入力し、後はボタンを押して実際に配車するだけ、という状態までの操作を自動でしてくれる。
もちろんこうした仕組みの実現にはアプリ側の対応が必要になるなど課題は多いが、それでもZTEではこのAIエージェントサービスを実際に提供する予定とし、実現が遠いものではない様子を示す。そしてこうしたサービスが本格化していけば、これまでアプリを軸としてきたスマートフォン上で提供するサービスの概念が大きく変わり、AIエージェントが新たなプラットフォームの軸となる可能性も出てくるだろう。
そしてもう1つ、今後につながる変化となっていたのが「オープンRAN」だ。携帯電話の基地局は従来、特定の通信機器ベンダーの仕様に依存していたため、異なるベンダー製の通信機器同士を接続できなかったが、それを「O-RAN Alliance」という標準化団体の仕様に合わせることで、携帯電話会社側が複数のベンダーの機器を導入しやすくするのがオープンRANである。
実はオープンRANは、5Gのサービスが開始以降非常に大きな盛り上がりを見せ、エリクソンやノキア、ファーウェイ・テクノロジーズなど大手通信機器ベンダーの市場寡占を崩す存在になるとして、2023年頃までは非常に大きな注目を集めていた。
しかしその後、先に触れた通り5Gでの収益化に大きな課題が生じ、大手を中心とした携帯電話会社の側が設備投資に慎重になってしまったことで、導入の機運が一気にしぼんで“期待外れ”という見方が広がっているのが実情だ。
だがここ最近、先に触れた中国ベンダーの機器入れ替え需要が出てきていること、そして将来的なコスト削減を見越し、徐々にではあるが再びオープンRANの導入に向けた機運が再び高まりつつあるようだ。
その傾向は、この分野で長らく劣勢に立たされ、オープンRANでの再起にかけている国内企業の動向からも把握できる。実際に今回のMWC Barcelonaに合わせて、京セラがブース出展してオープンRAN仕様に対応し、AI技術を導入した仮想化基地局の開発を表明。加えて6社の無線機ベンダーと「O-RU Alliance」を立ち上げ、オープンRANに対応した基地局の導入をしやすくする仕組みを整えるなどして、通信機器市場への再参入を進めようとしている。
また、日本電気(NEC)と合弁で設立した「OREX SAI」でオープンRANの導入に取り組むNTTドコモも、新たにインドネシアなど東南アジアを中心とした通信会社との提携を発表。海外でのオープンRANの実用化に向けた取り組みの強化を進めている。
もちろんオープンRANの導入機運は、かつてほど意欲的なものとなっている訳ではない。長らくこの分野に注力している、楽天シンフォニーを有する楽天グループの代表取締役会長兼社長最高執行役員である三木谷浩史氏も、2030年頃の本格普及に向けて徐々にオープンRANの市場が拡大していくとし、その勢いは緩やかなものになるとの見解を示していた。
だが、オープンRANの普及に向け多くの企業が水面下で積極的な動きを見せており、それが徐々に市場に変化をもたらす可能性が出てきたのもまた確かだ。やや長期的な目線が必要になってくるだろうが、オープンRANの普及で市場が変化し、それに伴う国内企業の躍進につながるかも注目される。
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