ある月曜日の午後、筆者はスマートフォンでOuraのアプリを開き、ちょっとした質問をしてみた。「昨夜はしっかり寝たつもりなのに、まだ疲れている。どうすればいい?」
するとアプリは、散歩やストレッチ、水分補給をすると気分が変わり、エネルギーレベルが上がると提案してくれた。
Ouraのチャットボットは、睡眠に関しては量と同じくらい、質も重要であることを思い出させてくれた。Ouraは睡眠や心拍数、皮膚温などを測定できるスマートリングの開発元だ。Ouraのアプリに搭載されているAIコーチは、独自のアルゴリズムがバックグラウンドで収集・分析しているデータをもとに、筆者の生活習慣に沿ったアドバイスをくれた。
このようなやりとりは、2025年以降、スマートウォッチ業界が向かう未来を示唆している。未来のスマートウォッチは、健康関連のデータを単なる統計情報として表示するだけでなく、指標を解釈し、生体データの点と点をつなぎ、傾向を実用的な情報に変えて、ユーザーに行動を促すようになるだろう。サムスンとGoogleは2024年、健康データを分析し、高精度な情報を提供するAIツールを自社の健康アプリに搭載し、この方向へと舵を切った。
eMarketerが2023年のレポートで指摘しているように、現在のウェアラブルデバイスの主な用途はフィットネスだ。一方、スマートフォンやPCではAIが果たす役割がますます大きくなっている。いずれクラウドとオンデバイスの両方で、タスクの管理やデータの処理・解釈に用いられる方法は大きく変わるだろう。そして健康トラッカーとAI処理が組み合わさることで、手首、指、目、耳に装着されるスマートデバイスは、さらなる進化を遂げることになる。
「継続的な健康モニタリング、早期発見、予防、ヘルスケアのパーソナライゼーションが目下のトレンドだ」と指摘するのは、Gartnerのクオンティテイティブ・イノベーション・チームのリサーチディレクター、Ranjit Atwal氏だ。「ユーザーは自分の身体や状況に合わせた情報を得られるようになる」
スマートウォッチは長年、健康管理のパートナーと位置づけられてきたが、ついに現実が理想に追いついてきた。理由の1つは、各社がAIへの投資を拡大していることだ。データから価値ある情報を引き出し、健康データをわかりやすく伝えるために、企業はAIを活用し始めている。
睡眠パターンや運動データをまとめた表やグラフを自分で読み解く代わりに、Fitbitに自分がほしい情報をまとめたカスタムチャートを生成してもらえたらどうだろう? あるいはスマートフォンに手を伸ばす代わりに、Siriに「昨晩の睡眠はどうだった?」とたずねるだけで済むとしたら−−。
こうしたシナリオは、すでに現実のものとなっている。例えば、Fitbitアプリに搭載されているGoogleの「Insight Explorer」は、Fitbitのデータに関する質問に回答できる。「Apple Watch」もSeries 9以降のモデルなら、Siriを介して一部の健康データに関する質問に答えることが可能だ。サムスンが発表した新たな指標「エナジースコア」は、睡眠や活動に関するデータを統合し、現在の身体の状態をわかりやすく伝えてくれる。OuraやFitbitにも同様の指標がある。
Canalysのリサーチアナリスト、Jack Leathem氏は、健康関連のコーチングや情報提供の先進的な例として、Ouraに代表されるスマートリングと、Amazfit製スマートウォッチ用の健康アプリ「Zepp」の2つを挙げる。
Leathem氏は、Ouraなどのスマートリングが「スマートウォッチの分野でイノベーションをけん引している」と指摘し、「他の企業も追いつく必要がある」と語った。
Appleとサムスンは、本格的な健康チャットボットの開発計画を温めている可能性がある。Bloombergは、AppleがAIとApple Watchのデータをもとに、健康やライフスタイルに関する提案を行うデジタルヘルスコーチの開発に取り組んでいると報じた。一方、米CNETは2024年6月の記事で、サムスンが新しいデジタルヘルスコーチ機能をテストしていると報じた。この機能は大規模言語モデルを使って、運動後の睡眠の質の変化など、ユーザーの生活習慣に基づく有益な健康情報を提供する。
こうした機能の重要性は今後さらに高まっていくだろう。というのも、Ouraのようなスマートリングや、Amazfitに代表される安価なリストバンド型ウェアラブルデバイスが勢いを増し、Appleやサムスン、Google傘下のFitbitといった有名ブランドを脅かしているからだ。例えばサムスンは2024年に同社初のスマートリングを発表し、目立たず自然に装着できる健康トラッカーを求めている人々に新たな選択肢を提供した。
しかし、スマートウォッチにさらなるAI機能を追加することは容易ではない。サイズが小さいため、大量のデータをオンデバイスで処理できないからだ。これこそ、スマートフォンやノートPC、タブレットにはAIを活用したソフトウェアやツールがどんどん追加されているにもかかわらず、スマートウォッチの分野からは新しいAIツールの話題があまり出てこない理由にほかならない。例えば「Apple Intelligence」は「iPhone」や「iPad」「Mac」では利用できるが、Apple Watchでは利用できない。
ABI Researchのリサーチディレクター、David McQueen氏は「生成AIの性質上、データ処理はクラウドや別の処理装置で行う必要がある」と指摘する。「現在のスマートウォッチに十分な能力があるとは思えない」
これは「Pixel Watch」を開発・販売するGoogleも認めている事実だ。Googleは多くのAndroidスマートウォッチに搭載されているスマートウォッチ向けOS「Wear OS」の開発元でもある。2024年5月、同社のWear OSおよびAndroid Health担当バイスプレジデントのBjorn Kilburn氏は、Googleの生成AIモデル「Gemini」がWear OSを搭載したスマートウォッチ上で動作するかとたずねられ、「しばらく時間がかかる」だろうと答えた。
スマートウォッチに関しては、興味深い変化は主にソフトウェアの領域で起きているようだ。ハードウェアに関しては、新しいプロセッサー、新しいスタイルのバンド、耐久性の向上といった、段階的なアップグレードが期待されている。
「つまり、すでにあるものについて、少しずつ機能や精度が向上していく」とMcQueen氏は語る。
Appleやサムスンのような大手IT企業は、自社のスマートウォッチに搭載されているセンサーのさらなる活用を目指している。その一例が、両社が2024年に発表した新しい睡眠時無呼吸症候群の検出機能だ。例えばApple Watchの加速度センサーは、呼吸が妨げられた際に身体に生じるかすかな動きを検知する。
サムスンが米国外で販売している「Galaxy Watch」の一部モデルは、カフ式の血圧計でキャリブレーションを行う必要はあるものの、血圧測定に対応する。これも、スマートウォッチがより高度なウェルネスモニターに進化しつつあることを示す例だ。
しかし、既存のハードウェアやセンサーにも限界がある。Appleは長年、スマートウォッチで血糖値の変化を測定する機能の開発に取り組んでいると言われているが、こうした意欲的な目標はすぐには実現しないだろう。Bloombergは何年もかかると報じている。その理由は、こうした技術をApple WatchやiPhoneに搭載できるほど小型化することがまだできないためだ。Bloombergによると、AppleはApple Watchを利用した血圧モニタリング機能の開発にも取り組んでいるという。しかし、こうした技術がいつリリースされるのか、そもそもリリースされるのかさえ定かではない。
AppleのApple Watch・健康製品マーケティング担当シニアディレクターのDeidre Caldbeck氏は2024年9月に行われた米CNETとのインタビューの中で、Apple Watchでは早くから健康とウェルネスの用途が注目されていたと述べた。
「短期間のうちに、自分の健康やフィットネスについて、これまでなら気づかなかったかもしれないことに気づくようになった、という声がユーザーから届くようになった」と同氏は言う。「そこで、その方向に力を入れるようになった」
近いうちに、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスと連動する健康アプリでは、栄養や食事の記録が重視されるようになるだろう。食事記録アプリ自体は目新しいものではない。しかし、主流のスマートウォッチやスマートリングが総合的な健康管理に力を入れるようになっていることから、この分野への関心がさらに高まる可能性がある。AI健康チャットボットが本当に役立つものとなるためには、活動量や睡眠パターン、身体の変化だけでなく、栄養に関する情報を入手することが重要になる。
Ouraは最近、血糖モニタリング大手のDexcomと提携し、両社の製品を組み合わせることで、代謝の健康に関する情報の提供を強化した。Bloombergの記事によれば、Appleは糖尿病のリスクがある人が自分の栄養状態をモニタリングするためのアプリをテストしているという。サムスンは以前、健康トラッキングの4つの主要分野として、睡眠、ストレス、活動と並び、栄養を挙げていた。
スマートウォッチメーカーの究極の目標は、今も昔も、スマートフォンを必要としないデバイスになることだ。そうすれば、ユーザーはポケットに入れたスマートフォンを常にチェックするわずらわしさから解放される。この10年近く、Apple Watchをはじめとする一部のスマートウォッチではセルラー接続が可能だったが、接続できるのは比較的低速な4G LTEに限られ、実際にできることは限られていた。
5Gや生成AIのような新技術の登場によって、スマートウォッチを単独で利用できる未来はさらに遠のいた。現在のところ、スマートウォッチは単独では5G接続に対応していない。しかしQualcommやMediaTekなどのチップメーカーは、小型ガジェットが5Gネットワークに接続するための特別なモデムチップの開発に取り組んでいるため、スマートウォッチが置かれている状況は近いうちに大きく変わるかもしれない。
CanalysのアナリストであるLeathem氏は、MediaTekの「RedCap」(reduced capacity)技術のようなソリューションを搭載したデバイスが2025年か2026年に登場する可能性があると推測している。しかし、この技術が実際に登場したとしても、セルラー接続にそれだけの価値があることを消費者に納得させるのは難しいかもしれない。
同氏はセルラー接続対応スマートウォッチについて、「ややギミック的だ」と言う。「持っているとちょっとクールではあるが、追加で毎月の料金を支払うのに値する明確なユースケースが存在しない」
生成型AIも、当面はスマートウォッチがスマートフォンに依存するとみられる理由の1つだ。AIモデルがスマートウォッチのような小型デバイスで実行できるほど小さく効率的になるまでは、コンピューティングの多くはスマートフォンやクラウドに依存することになる。GartnerのアナリストであるAttwal氏は、テクノロジー企業はすでに言語モデルの縮小方法を検討している可能性が高いと考えている。ただし、それはスマートウォッチだけではなく、AIを追加のIoTデバイスで実行できるようにするためだ。
「彼らは『よし、これのサイズをどうやって減らすか、このプラットフォームをより小さなプラットフォームにするにはどうすればよいか』と考えている」と同氏は述べた。
スマートウォッチは過去10年間で大きく進化し、基本的な歩数計や通知機能から、以前は医師の診察が必要だった計測もできる高性能なヘルスモニターへと進化した。まったく新しいタイプの健康指標に対応するまでは時間がかかるだろうが、その方向に向かって進化は続く。
それまでの間、睡眠の改善方法やカスタマイズされた運動のルーティンについて、スマートウォッチや健康関連のアプリに助言を求めている自分に気付いても驚くことはない。
「結局は、これに尽きる」と、International Data Corporation(IDC)でモバイル機器を担当するリサーチディレクターのRamon T. Llamas氏は以前、米CNETのインタビューで語っている。「歩数、心拍数、睡眠時間などの記述的なデータをただ集めるだけで残りの時間を過ごしたいのか、それとも次の段階に進みたいのか?」
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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