失われた30年、GDP世界4位へ転落、海外出稼ぎ、円安、人口減少など、日本経済や国内市場の低迷を示す暗いニュースを毎日耳にする。訪日外国人の旅行者数は2024年1~6月の半年で過去最多の1777万人を超えたが、貿易収支は依然として赤字。IT分野におけるデジタル赤字も5兆3452億円(2023年)と年々増加している。
これらの先行き不安から大手企業だけでなく、スタートアップ企業や中堅・中小企業でも海外市場で外貨を稼ぐことを意識した企業が増えている。日本企業の海外進出という観点では、経済産業省とジェトロが主催するスタートアップ向けの起業家育成・海外派遣プログラム「J-StarX」や、中堅・中小企業向けの「新規輸出1万者支援プログラム」などの支援策が、内閣府のまとめる「経済財政運営と改革の基本方針2024」でも1つの焦点となっている。
しかし、いざ海外で「モノを売る」「サービスを売る」となっても言葉や文化の壁、規制などが異なることから、日本国内で培ったネットワークや経験のみでは到底足りない。海外への進出・事業展開は国内事業よりも多くの障壁が存在する。
特に苦労することの1つが「マーケティング」である。海外進出時のリサーチから現地での認知向上や集客のためのプロモーションなど、マーケティングは海外事業を成功させるために不可欠なものである。
本記事では、北米と日本を拠点にグローバル企業の日米市場双方の越境マーケティングを支援している筆者の視点で、日本企業が海外マーケティングを実践する際に不可欠な知識や考え方を紹介する。
「マーケティングを上手く活用している日本企業は見たことない」とアップルの元CEOであるスティーブ・ジョブズが、ずいぶん昔に語ったことがある。日本企業への批判ではなく、品質が良いから代替的な宣伝活動がいらないのだという褒め言葉であった。
確かに一般消費者向けだけでなく装置、部品、素材などの事業用でも、日本企業のものは評判が高い。一方で、シェアを奪われている分野があることや、GAFAMに対抗できるIT企業は日本から生まれていない。背景を鑑みると「マーケティング力」は劣っているのかもしれない。
マーケティング・プロモーションの施策としては、マスメディア、SNS、SEO、メールマーケティング、OOH、イベントなど、ほとんどの手段で各国そこまで大きな違いはない。しかし、筆者が日本企業と海外企業の両方を支援していて大きく感じるのが「マーケティングの捉え方」である。日本企業は大手・中小・スタートアップに限らず、正解を求めてくることが多い。つまり、何をやれば上手くいくのかを求める傾向にある。そして、上手くいかなければ失敗というレッテルを貼られる。
一方で海外企業は、達成すべき目標数値こそあるものの、宝探しのような感覚でさまざまな手法や訴求を試しながら最適解を見つけて行くアプローチを採用している。そのため、各施策のスピーディな評価・検証・計画の軌道修正が重要になる。
広告宣伝費に関しても、4223億ドルを消費する米国企業に対して日本企業は558億ドルであり、約7.5倍の差がある。単純に多くの費用をつぎ込んでいるから成功しているのではなく、入念な調査やテストマーケティングで最適解が見つかれば一気に投資をしてくるというのが米国や中国企業の強さだ。
では、言語や習慣の異なる海外市場で戦って行く上で、日本企業はどのようなアプローチで海外マーケティングを実施していけばよいだろうか。
先日、数十億の資金調達をしているITスタートアップ企業の役員から海外マーケティング・PRの相談を受けた。海外市場でのプレゼンスを上げて、海外の投資家からの調達や海外での売り上げを築いていきたいというものだった。
「具体的にはどこの国に向けてマーケティングしていきますか」と尋ねると、「特定の地域ではなく世界規模で大きく成長していきたい」という返答が返ってきた。確かにGAFAMの様なグローバルなプラットフォーマーを見ると世界中で同じプロダクトを展開している。しかし、各社が現地にブランチ(支社)を設置するのはグローバルで画一的な施策のみでは不十分で、現地に合わせたマーケティングやセールスにおけるローカライズが必要だと考えるからである。
非常に残念な話であるが、日本では「海外」という全く別の市場が存在している漠然としたイメージを持つ方が多い。「海外」と言っても、各地域や国ごとにそれぞれ異なる文化や経済状況、消費者の嗜好があり、どこの国や地域をターゲットにするかを決めないとマーケティングはできない。
また、起業家などの海外派遣プログラムとなるJ-StarXの受託・運営を行うデロイトトーマツの担当者の話では「7割以上のスタートアップが北米市場を目指している」といい、海外展開=北米展開と憧れるスタートアップも多いことが伺える。
さらに、北米市場=シリコンバレーのイメージも強いのではないかと思う。シリコンバレーは確かにテック企業や世界中の投資家が集まる場所ではあるが、プロダクトを販売していく場所として適正なのかは考えてほしい。米国といっても都市ごとにデモグラフィック(性別、年齢、居住地域、所得、職業など社会的な属性)は大きく異なり、戦略はローカライズする必要がある。
製造業に特化した受発注プラットフォームを提供するITスタートアップの「CADDi」(キャディ)は、米国進出にあたってシカゴを選んだ。同地域は製造業の中心地であり、合理的な判断だと思える。同社は、「われわれは「スタートアップをする」ために米国に行っているわけではなく、製造業の顧客と一緒に事業を進めていくために進出した。なるべく顧客に近い方がいいと考えた」とインタビュー記事でも語っている。
筆者が所属するシェイプウィンは、北米市場でのマーケティングPR支援と同時に欧州・アジア・北米地域のクライアントを抱え、日本市場での支援をしている。まずは、世界中のマーケティングPR担当者と意見交換をする中で得られたエリアごとの違いについてみていく。
多民族国家であり、欧州からの開拓者(移民)で作られた比較的新しい国家であることから、多種多様なデモグラフィックを持っている。その観点では個人主義が強調される。そのため、パーソナライズという手法が必要不可欠である。
また、ローコンテクスト(文脈に頼らない、シンプルで明快なコミュニケーション)文化であるため、メッセージはシンプルでわかりやすいベネフィットを伝えることが求められる。日本の様な雑然とした広告はこちらでは全くウケない。他にも、ペプシvsコカ・コーラのような広告の中で競合他社との比較を行うことに関する規制もなく、比較的自由にさまざまなマーケティング手法が試せる(日本においては不当表示にあたり違法になる可能性がある)
多民族である点は似ているが、農耕民族かつ権力者によって国の方針が大きく変わってきたことから、マスメディアよりも口コミの影響力が強いのが特徴。家族や友人からの推薦や評価を重視する消費者が多く、インフルエンサーやキーオピニオンリーダー(KOL)の活用が効果的である。特に「Facebook」や「YouTube」「TikTok」といったSNSは重要なコミュニケーション手段である。
多様な文化と言語が混在するため、それぞれの国や地域に合わせたローカライズが必須の市場である。たとえば、ドイツの消費者は詳細なレビューや価格比較を重視する傾向が強く、一方でスペインの消費者は、感情的なつながりや直感に基づく購買行動を取ることが多い。欧州全体では、感情的なアプローチよりも、製品の独自性や具体的なメリットを強調する広告が効果的である。また、「GDPR」(EU一般データ保護規則)など法規制に厳しい地域でもあるため、広告やマーケティング活動においては、データ保護やプライバシーに関する遵守が求められる。
今回では海外展開を行う上での考え方や市場理解について紹介した。海外マーケティングでの成功の可否を決めるのは市場理解・文化理解といっても過言ではない。実際、どの国の企業であっても国境を越えたマーケティングでは、現地に合わせてマーケティングしている。日本に住んでいれば日本人をターゲットにした場合は肌感覚で分かると思うが、外国人(現地人)をターゲットにした場合は彼らの特性や考え方を言語化していくことが成功の鍵となる。
次回以降は、日本市場と海外市場を比較した具体的なマーケティング方法について解説していく。効果的なメッセージ訴求方法や広告の特徴、PRやSNSの活用、レピュテーションマネジメントやイベントマーケティングなどの手法について紹介する。その上で日本企業がどのように海外で戦って行くべきなのかを考察したい。
神村優介
シェイプウィン株式会社 代表取締役 ShapeWin Canada Ltd. CEO
山口県光市出身。徳山高専情報電子工学科卒業後、株式会社セガトイズに入社。お風呂で使える家庭用プラネタリウム「ホームスター アクア」で年間15万台出荷するヒット商品をプロデュース。
2011年に日本と北米に拠点を置くPR&デジタルマーケティング会社シェイプウィン株式会社を創業。2021年からカナダ・バンクーバーを拠点に置き、日本や韓国のスタートアップを中心に北米市場でのマーケティングを支援。同様に世界14カ国200社以上のグローバル企業の日本市場でのマーケティングも支援している。
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