「物流の2024年問題」や気候変動の影響など、物流分野と農業分野はそれぞれが深刻な課題を抱えている。
この課題を業種業界の垣根を超えて整理するため、陽と人(ひとびと)、日本郵政、日本郵便、東日本旅客鉄道(JR東日本)の4社は、7月16日から実証実験に乗り出した。化学肥料や除草剤不使用の桃および規格外の桃を、新幹線を活用した荷物輸送サービス「はこビュン」と「ゆうパック」の連携によって輸送し、消費者に届けるというプロジェクトだ。
期間は9月6日までの28日間を予定しており、陽と人が企画を行い、日本郵便が福島駅までの配送と東京駅からの配送、JR東日本グループが福島駅から東京駅間の新幹線輸送を担当する。
実証実験のアイディアは4社の間でどのように生まれ、実施に至ったのか。陽と人で代表取締役を務める小林味愛氏、日本郵政 事業共創部の藤原勇紀氏、多田進也氏に話を聞いた。
今回の実証実験を実施するにあたり、4社が連携するきっかけとなったのは、日本郵政のプロジェクト「ローカル共創イニシアティブ」だったという。ローカル共創イニシアティブは、日本郵政グループの若手および中堅社員を、陽と人のような社会課題に先行して取り組む地域のベンチャー企業や地方自治体に2年間派遣することで、新規ビジネスの創出などを目指すプロジェクトだ。
「日本郵政グループには、全国に2万4000局という郵便局のネットワークがある。しかし地域を拠点としている郵便局は、人口の減少や流出によって地域が衰退してくことで、地域のマーケット自体もシュリンクしていってしまう。こうした課題を抱えている中で、新しい取り組みを行おうとしている各地域のベンチャー企業と接点を作り、地域における共創事業を生み出していくことが、ローカル共創イニシアティブの目的」(多田氏)
このプロジェクトにより、日本郵政の藤原氏は2023年4月から陽と人に派遣され、東北地方で果樹栽培などに関わりながら、物流分野と農業分野の課題を深掘りしていった。
福島県に本社を置き、農業分野の課題解決をミッションの1つとする陽と人の小林氏は、「ローカル共創イニシアティブというプロジェクト自体が先進的な取り組み。動きの速い地域のベンチャー企業と、全国に郵便局というネットワークを持っている巨大な組織である日本郵政の、それぞれの強みをかけ合わせてシナジーを生み出していく。地域の未来を担う事業を作っていくための、画期的な仕組みだと思う」と語る。
プロジェクトでは、文化も慣習も異なる陽と人と日本郵政グループの認識合わせや行動指針の決定から始まり、各分野が抱えている課題や地域においてどのような未来を作っていきたいかを整理して、サプライチェーン全体で環境負荷を低減できる取り組みを考えた。そんな中、日本郵政グループとJR東日本グループが、2024年2月に「社会課題の解決に向けた連携強化」に関する協定を締結。藤原氏はこれをフックに、新幹線を活用した循環型農業サプライチェーンの構築を提案したという。
陽と人・日本郵政グループ内でアイディアが出てから実証実験開始までにかかった期間は約1年間。ふるさと小包のチラシで購入申し込みをするため、チラシを置く配達地域の郵便局など、さまざまなステークホルダーとやり取りをしながら調整を進めていった。
実証実験を開始するにあたって、中でも難しかったのは実際に新幹線内に荷物を運ぶオペレーションだ。
「新幹線が福島駅に停車しているのはおよそ6分程度。その中で、一般の乗客が乗り降りする時間を除いた3~4分で、最大100箱程度(※)の桃を積み込まないといけない。現地の郵便局員に意見やアドバイスを求めつつ、普段郵便局で使っているカゴやケースを組み合わせて改善を重ね、時間の短縮を図っていった」(藤原氏)※ひと箱当たりのサイズ:250mm×190mm×110mm
実際の作業にあたるのは3~4人で、日本郵便とJR東日本の社員が共同で新幹線内への積み込みを行う。プロジェクトのために新しい規格の箱やケースを用意することはせず、ファイバーと呼ばれるカゴなど、郵便局にある既存のものを有効活用できたことはコスト面でもメリットが大きかったという。
実証実験終了後は、「はこビュン」と「ゆうパック」の連携をどのように展開していくのか。多田氏は、「今回は桃を商品として福島駅から東京駅までの区間で連携を行ったが、他の果物や野菜を扱うこと、エリアの拡大などは考えている。環境負荷低減シリーズのような形で展開していけたら」と可能性を語る。
また今回の実証により、環境負荷を低減させるために輸送手段を転換する「モーダルシフト」の選択肢が広がることにも期待しているという。多田氏は「新幹線輸送は環境に負荷をかけずに速く輸送することができる。今後取り組みを拡大する際には輸送コストについて検討を重ねる必要もあるが、日本郵便としても引き続き、物流の課題解決に取り組んでいきたい」と話した。
陽と人の小林氏は、今回の実証実験のきっかけとなったローカル共創イニシアティブについて、「地域のベンチャー企業が、日本郵政グループのような歴史ある企業グループと協業することで学べることはとても多い」と、その意義を語る。
「明治時代に創業し社会のインフラを作ってきた日本郵政と仕事をしていると、日本の歴史を追体験しているような感覚になることがある。ベンチャー企業はどうしても前を見て新しい未来を作っていくという思考になりがちだが、過去を知らなければ、未来を作ることはできない。短期的な利益ではなく、長期的に持続可能なサービスを提供していくために、両社と協業することで発想の幅を広げられたと思う」(小林氏)
ローカル共創イニシアティブに自ら応募し、東北地方に赴いた藤原氏も、「ローカル共創イニシアティブの目的として、新しい事業を生み出すことはもちろんある。しかし、実際に農作業をしながら桃に触れて感じたことや農家の方との会話はそのベースになっており、陽と人への出向で吸収できたものはとても多い」と振り返った。
ローカル共創イニシアティブは2022年4月に始まり、現在は3期目の社員がそれぞれの派遣先に出向している。陽と人をはじめとする地域のベンチャー企業と日本郵政グループは今後もさまざまな共創事業に取り組み、社会課題の解決に向けてプロジェクトを推進していくという。
なお、今回の実証事業として福島から新幹線輸送される桃は「ふるさと小包」として、関東地域(茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、島しょ地域を除く東京都、神奈川県、山梨県)への配達に限定する。申し込みは郵便局窓口のチラシから行い、8月16日まで一般向けに発売される。
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