パーソルグループが生成AIを内製して社内活用--開発の経緯と理由を聞いた

 「はたらいて、笑おう。」をビジョンに掲げる総合人材サービス企業のパーソルグループ。2023年度に同社が発表した中期経営計画2026では、グループ全体の経営の方向性として「テクノロジードリブンの人材サービス企業」を掲げ、テクノロジーの力を事業成長のエンジンとすることを標榜している。

 そんな同社が注力するテクノロジーで注力しているテーマの1つが、生成AIの活用だ。同社では、ChatGPTを社内専用に内製開発し、あらゆる業務に活かしていくプロジェクトを進めている。

 国内最大級の総合人材サービス企業には、なぜ生成AIが必要だったのか。導入の過程は。そのプロジェクトを推進した、パーソルホールディングス グループデジタル変革推進本部本部長の朝比奈ゆり子氏、同 グループIT本部 ワークスタイルインフラ部 デジタルEX推進室室長の上田大樹氏に話を聞いた。

  1. ホールディングスが中心になってプロジェクトを推進
  2. 2週間でプロトタイプを開発。早さの秘訣はチームビルディング
  3. 社員のための「使いたくなる生成AI」
  4. テクノロジーの力で、いままでできなかった体験を生み出す
パーソルホールディングス グループデジタル変革推進本部本部長の朝比奈ゆり子氏(左)、グループIT本部 ワークスタイルインフラ部 デジタルEX推進室室長の上田大樹氏(右)
パーソルホールディングス グループデジタル変革推進本部本部長の朝比奈ゆり子氏(左)、グループIT本部 ワークスタイルインフラ部 デジタルEX推進室室長の上田大樹氏(右)

ホールディングスが中心になってプロジェクトを推進

 パーソルグループ内で、生成AIを活用しようという機運が生まれたのは、2023年2月下旬のことだ。グループ全体のテクノロジー活用を推進する立場にある朝比奈氏が、3月上旬の日本ディープラーニング協会の特別講演を聴講したことがきっかけになった。

 「知人からの紹介で個人ではすでに1カ月程度ChatGPTを使い始めていてそのすごさに衝撃を受けていたが、専門家の話を具体的に聞いて、これはグループ全体で取り組まねばならないと強く感じた。そこで、社内でITインフラの開発を行う上田とも話をして、このプロジェクトを本気でやりたい人を募り、前に進めていくことになった。現場の事業会社は、新しい技術、特に“明日価値を生むかどうかわからない”技術を急には導入しにくい。ここはホールディングスが、安全性、業務活用による生産性向上、また事業変革による新たな価値の創造をリードしていかねばと思った」(朝比奈氏)

 朝比奈氏は、この話をすぐに経営陣に打診した。賛同こそとりつけたものの、当初はあまり敏感な反応を得られなかったという。しかし転機はすぐに訪れた。5月初旬、グループの役員に向けて、外部の講師を招いた生成AIについてのワークショップが開催されたのだ。生成AIの凄みに触れた経営陣に対して、朝比奈氏は「パーソルグループ版生成AIを内製する」ことを提案した。

 なぜ内製の必要があったのか。それは、使用上の安心・安全が絶対条件だったからだ。総合人材サービス企業であるパーソルグループは、情報資産を保護し、適切に取り扱うことを第一に考えている。自社のノウハウが生成AIによって学習されることも防がねばならなかった。そういった理由から、パーソルグループ版生成AI「PERSOL Chat Assistant」(通称:CHASSU、以下チャッス)の開発プロジェクトがスタートした。

2週間でプロトタイプを開発。早さの秘訣はチームビルディング

 チャッスの開発は、Azure OpenAI Serviceを利用して、GPT4の環境を内製構築する形をとった。その指揮をとったのが上田氏だ。法務など非IT部門のメンバーも含めた4人ほどのチームで行われたという開発は、スピード感のあるものになった。

 「最初からパーフェクトなものを作ることは目指さず、早さにこだわった。スピードを重視した理由は、テクノロジー部門など、生成AIへのリテラシーが高い社員に早く触れて欲しかったからだ。チャッスのプロトタイプ開発にかかったのは約2週間だった」(上田氏)

 新たなテクノロジーの導入を全社的なレベルで、かつこれほどの速度で行った事例は、同社内でも今回が初となった。これを可能にした秘訣は、法律やガバナンスなどの専門家をチームに巻き込んだことだ。上田氏によると、プロジェクト立ち上げ段階でのチーム構成に、最もエネルギーを費やしたという。

 「のちのち問題が発生してブレーキがかからないよう、法務や情報管理などの部門にも開発初期から目的を共有化し、ステークホルダーではなく推進メンバーとして活動する体制を整えた。IT部門が担う開発タスクはそれほど厳しいものではなかったが、複数の部門をまたがって、専門性を持った社員を巻き込んでチームづくりをすることが今回のプロジェクトにおいて最も重要であると感じていた」(上田氏)

 かくしてチャッスは無事完成。現在では、グループ全体で利用可能な社員のうち25%が一度以上利用し、そのうち16%が継続利用するまでになっているという。上田氏はその手応えについて「日本国内の生成AIの継続利用率が7〜8%だということを考えると、日々順調に利用者も増えている状況で走り出しとしてはいい数字だと考えている」と述べた。

社員のための「使いたくなる生成AI」

 チャッスには、社員が使いたくなるような機能が複数搭載されている。そのひとつが、パーソルグループオリジナルのプロンプトギャラリーだ。人が生成AIに送る指示はプロンプトと呼ばれるが、これをいちいち打ち込むのは面倒だ。また、高精度な回答を得るためには、プロンプトの中身を練らねばならないが、それにも骨が折れる。プロンプトギャラリーは、そんな悩みを解決する機能である。

 社員が作った優秀なプロンプトをテンプレート化し、ギャラリー内でシェア。プロンプトをコピーして使えるほか、自分で作ったものを追加登録することもできる。優秀なプロンプトを表彰する「プロンプトカップ」も開催。上田氏は「利用者を定着させるというより、活性化させる方向で、施策を展開している」と語る。

 また、新たに利用を試みる社員への配慮も手厚い。入門から実践まで、生成AIについて体系的に学べる研修が用意されているのだ。研修の様子は動画にしてアーカイブ化。チャッスの開発コンセプトや、どういう原理で動いているのかなどを説明する動画とともに、プレイリスト化して配信している。

 「生成AIについての基礎研修は何度も行っているが、いつも百人単位で社員が参加してくれる。3時間にもおよぶ長時間の研修もあるが、集中して聞いてくれる社員が多く、関心の高さを感じている」(朝比奈氏)

テクノロジーの力で、いままでできなかった体験を生み出す

 朝比奈氏は、人材サービス事業に生成AIは好相性だと語る。多くの文字や音声を扱う仕事だからだ。

 「文字や音声は情報として、生成AIに入力できる。たとえばオーストラリアにあるグループ会社では、企業向けに求職者を紹介する際、その紹介状のドラフトを生成AIに作成してもらうという仕組みを導入している。ドラフトがあるだけでも、コーディネーターの仕事はかなり楽になり、ほかの業務にも力を向けられるようになる。国内でも、同様の取り組みは運用を開始している。また、求人原稿の生成サポートやさまざまな業務プロセスでの活用を見込んでいる。生成AIによって、これまで人が手をかけて行ってきたことを、高速化・効率化できる。その分人は、人がもっと考えるべき、時間を使うべきものに、より力を入れられるようになる」(朝比奈氏)

 生成AIの発展によって、人の仕事はどんどんAIに奪われていくだろう。しかし朝比奈氏の話を聞くと、それが人にとってネガティブなことではないとわかる。人は人がやらなければいけない仕事に、より多くの時間を割けるようになるからだ。

 取材の最後、パーソルグループのテクノロジー活用の未来について聞くと、2人はこう答えた。

 「テクノロジーを活用することで、いままでにできなかった体験を生み出すことや生産性向上など物事の時間軸を根本的に変えることに力を入れていきたい。会議の議事録作成など、普段の業務から活用を促し、短期的なコスト削減といった取り組みではなく長期的な成長を描いていきたいと思っている。また、社員一人ひとりの業務活用だけでなく、パーソルグループ全体で生成AIを活用したプロダクト開発が促進される基盤環境も整えたい」(上田氏)

 「上田の活動を応援したいし、一緒に進めていきたい。現在は、まだトライを繰り返しているフェーズ。社員の業務が変わった、業務プロセスが変化した、新たなサービスが生まれたといった数を、これからたくさん増やしていきたい」(朝比奈氏)

 生成AIによって叶えられる“はたらくWell-being”が実現された未来。朝比奈氏と上田氏の2人は、それを社内で実践し、社外の顧客にまで広げようとしている。

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