2023年秋、私はMetaの最新の仮想現実(VR)ヘッドセット「Quest 3」をレビューした数日後に高血圧で入院した。この2つの出来事の間には何の関係もないが、入院は私の生活を大きく変えた。食習慣にこれまで以上に気を配らねばならなくなり、服用する薬が増えた上に、定期的に有酸素運動をするよう言われた。このアドバイスを受けるのは今回が初めてではない。以前も通った道だ。
ある友人に、もっと運動しないといけないのだと話すと、「Supernatural」というQuest用のVRフィットネスアプリを勧められた。私は笑った。既に試したことがあったからだ。しかし今回は、VRを使っていることさえ知らなかった友人からの実体験に基づくお勧めだ。友人は2023年の初めに「Quest 2」をプレゼントされ、それ以来ずっと使っているという。そこで、私も再挑戦してみることにした。
ここ数カ月間は毎日、VRワークアウトを続けている。QuestのVRヘッドセットは、今の私にとってはフィットネス器具だ。一方、階下では長男がQuest 2で「Beat Saber」と「ウォーキング・デッド』をプレイしている。息子にとってのQuest 2はゲーム機だ。
未来は、今や現在となった。2024年のVRと拡張現実(AR)はどのような姿をしているのだろうか。Appleと、同社が2月に米国で発売する「Vision Pro」が、この技術のもたらす刺激的な未来を象徴する存在だとすれば、すでに市場で売られているMetaのQuestなどのヘッドセットは現実だ。時には実用的でさえある。
しかし、これらのデバイスにはそれ以上のことができるのだろうか。ゲーム機やフィットネス器具、実験的なおもちゃの枠を超えられるのだろうか。VRとARは成長するのか、と言い換えてもいい。こうしたデバイスは、コロナ危機が世界を襲い、メタバース熱が吹き荒れた時期に少しずつ姿を現してきたが、2024年にはついに、VRやARをスマートフォンやPCと同じ、実用品の土俵に持ち込む製品やアプリが登場するかもしれない。10年以上前のスマートフォンのように、ついにVR/ARが普及する日が近づいているのだろうか。
2023年はAR/VRがもたらす近未来を垣間見ることができた。Appleが発売予定のヘッドセット、Vision Proは、カメラが捉えた現実世界の映像を驚くほど精細なバーチャル映像と融合させる。この技術は、すでにMetaやVarjoの「XR-3」「XR-4」といった高性能なヘッドセットで使われているものだが、Appleは手や眼の動きで操作できる新たなインターフェースを導入した。少なくとも私が参加した初期のデモでは、Vision Proの操作は驚くほど簡単で、スムーズだった。
AppleのVision Proは宣伝文句もひと味違う。「VR」や「AR」といった言葉を使う代わりに、同社は「空間コンピューティング」という独自のフレーズを生み出した。ゲームやフィットネス、あるいは社会的なつながりに焦点を合わせるのではなく、あらゆる種類の「iOS」アプリを実行し、「Mac」と連携できる点をアピールしている。また、映画や写真を素晴らしい画質で楽しめる、ウェアラブルディスプレイとしての価値も強調している。実際、これはVision Proのデモに参加した際に、最も感銘を受けた点だ。
Appleにとって、Vision Proは「Apple Watch」以来の大型新製品であり、VR/ARハードウェアの市場にとっても、初代「Oculus Rift」以来、最も期待されている新製品だ。価格は3499ドル(約50万円)と非常に高く、しばらくは入手も難しいだろうが、Vision Proは今後10年間にVR/ARデバイスの定義を完全に書き換える可能性がある。もちろん、最初は話題になったがすぐに忘れ去られたヘッドセットの1つになる可能性もないわけではない。しかし、Appleが過去に生み出してきたヒット製品の歴史を考えると、その可能性は低いように思われる。
Vision Proの登場後は、複合現実(MR)への対応がアプリの大きなトレンドになるだろう。コントローラーを使わないVision Proのデザインは、他のメーカーにも手と目を使ったインターフェースの可能性を考えさせるはずだ。
ARグラスが日用品となり、レンズ超しに見る現実世界の映像に画像や情報がバーチャル形式で表示される世界はまだ実現していない。処方箋への対応、安全性の確保、社会的受容、アプリの互換性、ジェスチャーインターフェース、バッテリー駆動時間など、乗り越えなければならない障害は多い。
当面はMR機能を搭載したVRヘッドセットが代用品となるだろう。MetaのQuest、AppleのVision Pro、Varjoの産業用ヘッドセット、そしておそらくは今後登場するすべてのVRヘッドセットが、深度センサーや改良されたヘッドセットカメラを使って、現実世界にバーチャルなコンテンツを表示する機能を搭載することになるはずだ。
このコンセプトはまだ新しく、できることも少ない。MetaのQuest 3でも、MR機能は一部のゲームで使えるギミックにとどまっている。すでに分かっている情報を見る限り、Vision ProはMRを主に現実世界に2Dディスプレイを浮かせて表示するために使っている。
2024年現在、アプリ開発者には「ポケモンGO」のようなスマートフォンやタブレット用ARアプリで使われているツールキットをMRに適用する方法を見つけることが求められている。現在のVRは「別の世界に来た」と感じさせるものだが、今後の体験は、現実世界とバーチャル世界を融合させる方向へ急速に進んでいくだろう。個人的には、Quest 3がこの変化をけん引すると考えている。
新しいVR/ARプラットフォームを開発しているのはAppleだけではない。サムスン、Google、Qualcommも2024年に、3社の提携による独自のMRヘッドセットを発表するとみられている。このヘッドセットは、Vision Proに匹敵する高性能な製品となる可能性が高いが、Googleのソフトウェアを通じた開発も必要となる。といっても、Googleが過去に開発し、失敗に終わったVRプラットフォーム「Daydream」が復活するわけではなく、Appleの「App Store」、そしておそらくは「Google Play」ストアのVR版が登場する可能性が高い。
Appleは、まずは定番の2D iOSアプリをMR用のインターフェースに作り変えることになるだろう。しかし、その先の可能性は無限大だ。例えば「写真」を3D動画に対応させたり、「FaceTime」に「Persona」アバターを追加したりできる。「visionOS」を利用しているアプリ開発者は、Questのハードウェアとは別のアプローチを求められるだろう。その結果、デバイスによって利用できるアプリの種類が変わる可能性がある。例えばゲームアプリにしても、Vision Proでは標準的なVRコントローラーは使えないので、代わりに手や視線の動きを活用するアプリが登場するだろう。
Metaの最高技術責任者(CTO)であるAndrew Bosworth氏は、2DアプリをQuestのプラットフォームに移植することを歓迎する発言をしている。同氏は、Google PlayストアをQuestに提供することは「造作もない」はずだと語ったが、まだ実現していない。AppleのiOSと同様に、GoogleもAndroidをMRの世界に適応させる可能性がある。そうなれば、Questや「PlayStation」「HTC VIVE」「SteamVR」といった小規模なプラットフォームには関心を示さなかった開発者も、この2つのプラットフォームになら、こぞってアプリを移植するだろう。ここ2、3年は新しいVR用ゲームやアプリの開発が減速しているが、Apple、Google、サムスンの動きによっては再び勢いを取り戻すかもしれない。
2023年はAIが主役の年だったことを考えると、2024年にAIが何らかの形でVRやARに進出しても不思議ではない。特にMetaにとって、AIは2024年の計画の大きな部分を占めている。MetaのBosworth氏と最高経営責任者(CEO)のMark Zuckerberg氏は、前回のMeta Connect開発者会議で、VR/ARとAIの両分野にまたがる発表を行った。Quest 3や「Ray-Ban Metaスマートグラス」に搭載されているチップセットは高いAI処理能力を備えている。
Humaneの「Ai Pin」やRay-Ban Metaスマートグラスのようなウェアラブル製品は、カメラを使ってAIをオンデバイスで動かす。「Googleレンズ」が世界を「見る」ことで環境や物体、テキストを解釈しているように、カメラ駆動型のAIはカメラを搭載したMRヘッドセットでも大いに活躍するだろう。アシスタント機能や安全機能の強化はもちろん、世界を認識し、ARを実現する方法も見つかるかもしれない。
短期的には、こうした変化はVRヘッドセットよりも、むしろスマートグラスの分野で起きる可能性が高い。
Qualcommをはじめ、多くの企業がスマートグラスの性能を高め、スマートフォンとの連携を強化する方法を積極的に模索している。短期的には、Ray-Ban Metaスマートグラスなど、最近のスマートグラスはカメラ、マイク、スピーカーを搭載し、スマートフォンの周辺機器となることを目指している。2024年にはAIの活用が加速することで、聞き取り性能やカメラデータの活用方法がさらに高度化し、スマートグラスはウェアラブルなバーチャルアシスタントに近づくと期待される。
ディスプレイ付きのメガネは、XREALやレノボ、TCLなど、すでに多くの企業が販売している。モニターの付いた、プラグイン設計のメガネ型ソリューションも多数登場するだろう。これはUSB-C接続に対応したデバイスが増え、ディスプレイ技術が向上し続けているおかげだ。実際、私はARグラスをかけて使うノートPCを試したことがある。これは荒唐無稽なアイデアではない。今、こうしたデバイスに求められているのは普通のメガネとの相性を改善し、外観をもう少しスマートにすることだ。
MR機能付きのVRヘッドセットと同じことを(もっと小規模に)実現することを目指すARグラスも登場するかもしれない。しかしこの分野では、進歩は明らかに鈍化しつつある。MRソフトウェアが改善され、スマートフォンメーカー(具体的にはAppleとGoogle)がスマートフォンと一緒に使える周辺機器として、スマートグラスをシームレスに組み込む方法を編み出すまでは、ARグラスが万人向けのデバイスとして普及することは考えにくい。
私の次のメガネがRay-Banのスマートグラスになる可能性はあるだろうか。私は処方箋をもとに作った度付きスマートグラスを試しているところだが、かなり興味深い経験ができている。VRヘッドセットの改良が進む一方で、スマートグラスにできることも広がっており、両者が邂逅(かいこう)するタイミングがいずれやってくるだろう。そのいつかは2024年ではないし、2025年でもないだろう。2024年、VRとARが解決すべきことは、真に役立つ方法をあといくつか見つけることだ。家族と私はフィットネスとゲームの分野ですでにいくつか見つけている。2024年には、さらに見つかるに違いない。
また、VRとARの両方で、手首に装着するアクセサリーなどの周辺機器が台頭し始める可能性もある。ヘッドセットではハンドトラッキングが主流になるかもしれないが、手首や身体向けのさらなるウェアラブルデバイスも近いうちに登場するはずだ。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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