電化の台頭と広がりは、自動車の設計や運転、燃料補給(または双方向充電)に対する考え方を変えつつあるが、ヒョンデ(Hyundai Motor Group)のような自動車メーカーでは、車両の製造に対する考え方も変わりつつある。その結果、遠い未来はもちろん、近い将来においても、自動車の製造方法は大きく変わっていくかもしれない。
筆者は先ごろ、ヒョンデがシンガポールに開設した最新のモデル工場、「Hyundai Motor Groupイノベーションセンターシンガポール(HMGICS)」を訪問し、人工知能(AI)、柔軟な製造工程、高度な自動化によって、電気自動車(EV)の開発と製造、普及啓発活動がどのように変わりつつあるのかを見てきた。
今回建設されたイノベーションセンターは、ヒョンデのEV組立工場であるだけでなく、同社のデザイナーやエンジニア、外部の開発パートナーが集って、自動車の設計・製造に関するアイデアを交換するハブという顔も持つ。一般消費者がヒョンデのEVを学び、体験できるエリアも用意されている。
共同作業専用のフロアに加えて、ロビーには自動化された水耕栽培農場があり、カフェテリアで供される料理に使われる野菜を栽培している。最上階の顧客体験センターには、ヒョンデのEVを体験できる屋上テストコースが用意されている。全長618mの楕円形のコースは、イノベーションセンターの建物からはみ出るほど広く、傾斜角37度のバンクターンが設置されている。最大時速約82kmで走行可能だが、特殊な防振マウントにより、走行時に建物が揺れたり、工場の繊細な設備に悪影響が及んだりすることはない。当日は雨が降っていたため、コースを駆け抜けることはできなかったが、これは間違いなく楽しいはずだ。
筆者はこの15年ほど、自動車業界の記事を書くために数十の自動車工場を見てきたが、イノベーションセンターの工場は段違いに静かだった。聴覚保護具を付けなくても、快適にフロアを歩くことができる。あまりに静かなので、工場のあちこちに会議スペースが設けられ、エンジニアやデザイナーなど、自動車製造の専門家が未来の自動車の設計や製造の自動化について話し合えるようになっていた。
この静けさは、高度なオートメーションとロボット工学の成果であると同時に、このイノベーションセンターが組立工場であるためでもある。ここでは外部の施設やサプライヤーから送られてきた車体パネルやコンポーネント、電動パワートレイン部品の組み立てしか行われていない。これに対して、例えば米国イリノイ州ノーマルにあるEVメーカーRivianの製造工場では、板金のプレス加工なども行うため、騒音レベルは非常に高い。
今回は見学できなかったが、イノベーションセンターの1階では部品の荷下ろしや仕分けが自動で行われているという。シンガポール港の物流システムと直結しているため、必要な部品を正確に注文し、納入後もきめ細かく追跡できる。この強みは、イノベーションセンターで組み立てられる車両の種類が増えるにつれて、大きな役割を果たすようになるはずだ。このエリアは見学できなかったが、イノベーションセンターの中枢部は少しだけ見ることができた。ここでは、わずか16人ほどの従業員がAIを活用したシステムと大量のデータを駆使して、製造工程を隅々まで監視していた。
シンガポールで車を所有するのはお金がかかる。自動車の購入に必要な車両購入権(COE)を取得するだけでも数百万~1000万円超が飛んでいく。もちろん、車の購入費用は別だ。シンガポールは小さな都市国家だ。国土は狭く、長い部分でも50kmほどしかない。その一方で、シンガポールは1人当たりGDPが世界有数の高さを誇る豊かな国でもある。テクノロジー、エネルギー、工業部門の労働者も多い。そう考えると、イノベーションセンターの年間生産台数が約3万台(大量生産方式の従来型の組立工場がフル稼働で生産できる台数の10%程度)しかなくても、国の規模を考えれば妥当であり、固定された組立ラインを持たない、柔軟な製造方法を試すにはうってつけだ。
一般的な自動車工場は、天井にレールが固定されており、溶接から塗装、内装の取り付け、最後の仕上げといった具合に、組立工程に合わせてベルトコンベアー上をシャーシが移動していく。しかし、イノベーションセンターに固定されたレールはない。車両の骨組みや部品は、さまざまなサイズのロボットパレットに載せられて、目的地へと運ばれていく。組立工程は複数の「ノード」に分割されており、各ノードは組み立てる車両に合わせて、特定の工程を省いたり、追加したり、削除したりできる。
ヒョンデの製造エンジニアは、バーチャル空間上に再現された工場の「デジタルツイン」を使って、シャーシの通過経路をシミュレートし、最適化できる。これは生産速度の向上に役立つだけでなく、フロアの構成を大幅に変えたり、同じラインで6種類のEVを組み立てたり、特別注文のカスタマイズを施すために特定の車両だけを脇に寄せたりすることもできる。
イノベーションセンターでは従業員も「強化」されている。工場のスタッフは外骨格スーツまとい、拡張現実(AR)技術を使って快適、効率的、かつ安全に作業している。
例えば、見学中にIONIQ 5のドアパネルを組み立てている女性を見た。この作業はかがむ必要があるため、腰に負担がかかりやすいが、女性は動力を使わないパッシブ型の外骨格スーツを下半身に装着することで、身体を曲げる代わりに、軽く腰掛けるようなポーズで、自由に作業できるようになっていた。また、IONIQの下で作業していたスタッフは、バネが仕込まれた外骨格スーツを腕に装着することで、頭上でファスナー(締結部品)を取り付ける際の疲れや負担を軽減していた。別のスタッフは、ARディスプレイを使って、次のステーションの情報や各ステップの指示を確認していた。
外骨格スーツをまとった人間のかたわらでは、ロボットの同僚も活躍していた。あるステーションでは、ヒョンデの子会社であるBoston Dynamicsが開発したロボット犬「Spot」が、人間の作業の様子をカメラを使ってチェックし、車両が次のステーションに移動する前に、正しい部品が適切に取り付けられているかをチェックしていた(ドラマ「ブラック・ミラー」のエピソードのようだが、イノベーションセンターのスタッフによれば、このダブルチェック体制は品質管理の向上につながっているという)。一方、工場のあちこちでは映画「スター・ウォーズ」に登場するドロイド「R2-D2」を思わせるゴミ箱型のロボットがステーション間をきびきびと移動し、シートやダッシュボード、バンパー、センターコンソールを持ち上げ、所定の位置に設置する巨大なロボットアームを操作しているディスプレイを読み取り、整備のタイミングを予測できるよう支援していた。
多くのノードにはロボットが導入されていた。例えば、自動走行を支援するキャリブレーションステーションでは、黒と白のセンサーターゲットを装備した6体の小さなロボットが出荷を待つIONIQ 5の周りを動き回りながら、カメラとソナーセンサーの動作を確認していた。完成した車両はまずロボット台車が下に潜り込んで持ち上げ、出荷前の保管場所に正確かつきっちりと収められた。
現在、イノベーションセンターで生産されているのはヒョンデのEV、IONIQ 5のみだ。ベルトコンベアーを使わない組立ての柔軟性を実証するため、一部の車両は途中でロボタクシーに加工され、米国内の承認された市場で稼働することになる。
各ロボタクシーは、周囲360度を正確に認識するためにLiDAR、レーダー、カメラなど、約30個のセンサーを追加装備され、処理用のハードウェアがフロア下のトランクに設置される。自動車やバイクの運転手、歩行者がロボタクシーを視認できるように、外装にはピクセル風のライトが追加され、フロントシートの背面には乗客が自律走行に関する情報を閲覧できるディスプレイが追加で装備される。
IONIQロボタクシーを支えるAIソフトウェアとハードウェアは、ヒョンデと自動車サプライヤーAptivの合弁会社、Motionalが開発したものだ。イノベーションセンターのような施設で簡単に製造できるように、これらのソフトウェア、ハードウェアはIONIQ 5の動力・制御装置と直接統合できる。追加ギアを装着したロボタクシーは、シームレスにメインの組立てキューに戻り、通常のIONIQと同じ仕上げ、品質保証、最終チェックを受ける。
ヒョンデのバイスプレジデントでスマート工場技術イノベーショングループ長のAlpesh Petel氏によると、IONIQ 5の通常モデルとロボタクシーモデルの製造から得た教訓をもとに、2024年は「IONIQ 6」と、さらにヒョンデのEV専用プラットフォーム「E-GMP」に基づく3種類のIONIQモデルの生産も開始するという。ロードマップの次の目標は、自動化された製造工程に合わせて設計されたPurpose Built Vehicle(PBV、特定目的向け車両)の開発だ。最終的には、イノベーションセンターの柔軟性を生かし、電動キックスケーターから歩行自動車、モビリティーポッド、eVTOL(電動垂直離着機)、さらには単発の特注カスタム車両まで、幅広い電動モビリティーに対応できるようになるかもしれない。可能性は無限大だ。ヒョンデは、工場を瞬時に組み替える能力の強化にも取り組んでいる。
イノベーションセンターは、建物が密集する都市部に建設された小さな工場だ。このセンターのコンパクトな設計と顧客対応力は、今後世界の他の都市にも広がり、その土地のeモビリティのニーズに応えるために活用されることになるかもしれない。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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