大企業の若手、中堅社員を中心とした約50の企業内有志団体が集う実践コミュニティである「ONE JAPAN」は11月4日、「ONE JAPAN CONFERENCE 2023」を開催した。「変革」を2023年のテーマに据え、「変革の原動力にDE&Iはなりえるか」「地域から起こす変革の可能性」などの数多くのセッションを実施。その中で、大企業の中で変革に取り組む挑戦者を支援する大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN」の決勝ピッチの様子を紹介する。
CHANGE by ONE JAPANは、大企業の中から新規事業や既存事業の変革を生み出すプロジェクト。参加すると、約80名ものメンターとのネットワーク、約300名のCHANGE卒業生とのつながりをきずけるほか、現場の最前線で戦い続けているイントレプレナーから、大企業イノベーションや社内政治作法などさまざまなスキルを学べる。
2023年は事前審査を通過した約70名がプログラムに参加し、その中から選ばれた5名が決勝ピッチに登場。日々の気づきや仕事の中からうみだされた課題解決方法などをピッチした。
シーメンスヘルスケアの岩田和浩氏が発表したのは、健康診断アプリ「NOVASU(ノバス)」だ。岩田氏は、平均寿命と健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間である「健康寿命」の開きに着目。その背景には、4年間共に働いてきた同僚が膵臓がんを宣告され、その後半年で亡くなったしまったという出来事があったという。
NOVASUは、追加オプション検査自動提案機能付きの健康診断アプリ。追加オプション検査を推奨することで、病気の早期発見につなげるというもの。これまで紙で実施していた問診をウェブ上に切り替え、その内容から各疾患のガイドライン、そして1700の健診施設の推奨基準データベースから、最適な追加オプション検査を提案する。岩田氏は「追加オプション検査の推奨レポートと病気の早期発見ができるメリット、これを訴えることで受診率向上を促す」と訴える。
ビジネスモデルは、契約施設からシステム使用料を得て、予約した際に仲介手数料を得るというもの。「問診、予約、そして支払いが一気通貫してできることで、健診施設とのお金のやりとりがスムーズにできることに加え、データが蓄積できることでシステムの成長が考えられる」(岩田氏)と強みを説明する。
2025年には30、2027年には1700の施設への導入を目指していくこと。岩田氏は「多くの方に使用いただくことで、人々の健康寿命の延伸を実現し、5年後には健康寿命と平均寿命の差を縮めていきたい」とした。
続いて登場したのは、アクセンチュアの杉森聖子氏。現在コンサルタントとして働く杉森氏だが「博士課程時代にメンタルを病み、研究を続けるのが難しくなってしまい、企業に就職した」という経験を持つ。就職後に待っていたのは「博士であるという理由だけで、どうせ仕事ができないという偏見」(杉森氏)だったという。
こうした思いをバネに「きちんと仕事で成果を上げることによって周りの(私を)見る目が変わってきた。このような変換は研究者と社会のつながりが希薄だから起こること。研究者が社会に貢献することによってつながりを持てるようにしたい」という思いから、新規事業担当者が専門家と迅速に、簡単に、適切につながるサービス「acalab」を提案した。
杉森氏によると「日本のアカデミアは多くの課題を持っているが、なかでも金銭点な問題を抱えているケースは多い。現状、研究費は税金に頼っており、その依存から脱却し、研究者自身が自ら稼ぐ環境を作りたい」と思いを明かす。
一方で、「多くの企業が新規事業に取り組んでいるが、その大半はうまくいっていないと言われている。新規事業担当者にインタビューしたところ、既存事業とは全く異なる事業に取り組む場合、社内のアセットは活用できない。社外の専門家を探すが、適任かどうかわからない専門家とつながるために時間もお金もかかる。研究者と新規事業担当者をつなげれば新規事業を促進できるのではと考えた」とサービスのきっかけを話す。
短期的にはスポットコンサルで利益を上げ、中長期的には共同研究へと事業を拡大していく計画。収益は、企業からの紹介手数料やシステム手数料、などで確保する。鈴森氏は「競合の多くは企業と会社員をつなげるマッチングだが、私はアカデミアと新規事業担当者をつなげ、かつコミュニケーションをサポートすることで差別化を図る。市場規模はそれほど大きくないが、業務委託や共同研究という形で拡大していく」とした。
広島大学の本田有紀子氏は、広島大学の放射線診断科に勤務する現役の医師だ。本田氏はまず「皆さんは血管内治療についてご存知でしょうか」と問いかけた。血管内治療は、動脈の中に細いカテーテルの管を通して治療していくというもの。本田氏は「とても大事な治療で、医師も技師も練習量が必要。しかし、病院により症例数に差があり、小さな病院では症例自体がない。私自身も若い頃オンザジョブトレーニング(OJT)が受けられない状況にあった」と自らの体験を話す。
そこで本田氏が提案したのが、VRによるトレーニングの提供だ。現時点でも学生の教育用VR教材はすでに開発済みとのこと。「医師用にはさらなる開発が必要になる。私たち医師は2Dモニターを使って治療しているが、学生には難しいので、血管を3D表示している。実際に使った学生からは実践的な学習ができた、医師からは血管の分岐の部分が難しいので、その部分を集中的に練習したいなど声が上がった」という。
現在は、有線接続の状態で提供しているが、2024年には小型化し、ゴーグル単体で使えるようにする計画。さらに将来的には症例数を増やし、触覚反映などを採用していくという。
1病院1セットを250万円で提供する想定。本田氏は「十分なトレーニングを受けた医師による治療を提供できる社会をずっと維持したい」とした。
次に登場したのは、積水化学工業で建築現場に携わる北林瑛子氏だ。積水化学工業が手掛けるセキスイハイムは、生産工程の大半を工場内でユニットとして製造し、それを車で運び、最短1日で完成させる。
「そのセキスイハイムにも1つ課題がある。狭い道を通り抜け、電線の間を縫ってユニットを運び込めるかどうか、障害物や周りの状況はどうかを、担当者が現地調査をして、手書きで図面に落としていく必要がある。その調査にかかる時間はなんと5時間以上。この部分の業務を削減できれば、設計担当者の業務は約3割減少できる」(北林氏)と現状を説く。
この課題に対し、北林氏が考えた解決方法が、動画をもとに空間データを起こし、それを図面データに変換することで、現地調査の時間を大幅に削減するというもの。「今までは手書きで図面に起こしていたが、これからは3Dを生成する技術を使う。これを導入することで、移動や計測に使っていた時間が削減でき、現在の約3分の2、セキスイハイム全体では8000日程度を削減できる」(北林氏)と大きな業務効率化につなげる。
すでに一部のセキスイハイムで実証実験を実施しており、設計担当者からは「移動時間だけでなく、導入時の検討がスムーズになる。必要な情報を収集できるから業務効率化が図れる」との意見が上がっているという。動画は、必ず現地に向かう営業担当者が撮影することで「お客様との折衝の際に提案資料としても一部が使える」など好意的な意見もあがる。
データ化にはフォトグラメトリー(SfM)とLiDARを使用。「現在は精度に課題があるが、撮影方法を工夫すれば3D化は可能」(北林氏)とのことだ。
北林氏は「建築現場はデジタル化が進んでおらず、きつい、きたない、危険の3Kと言われている。この3Kを数年後には『北林が変えた建築業界』と言っていただけるように最後までがんばりたい」とした。
最後に登場したのは全日本空輸の中野裕晃氏だ。「旅行が大好きで、年に1回は必ず海外旅行に行くほど。この間もエジプトに行き楽しかったが、アラビア語がわからず、気軽にレストランを見つけるのが難しかった。結局なじみのあるファーストフードなどに入ってしまった」と自らの旅行体験を話した。
その経験をいかして生み出したのが、インバウンド旅行客とまだ見ぬ日本食をつなげるサービス「New Taste Journey」だ。New Taste Journeyは、料理に詳しいツアーガイドをDX化するというもの。ユーザーはスマートフォンのアプリ上で、レストランと料理のローカル度合いを選択する。
中野氏は「今までのアプリは店を選んでから料理を選ぶ順番だったが、この順番を変える。ローカル度合いを選ぶと、それに合った料理のショート動画が流れる。そこから料理を選ぶと近くのレストランが出てくる。その後、その料理の食べ方も出てくる」と見せ方を工夫する。
ビジネスモデルは店舗から手数料として売上の5%を得るとのこと。実際に飲食店の周りで迷っている外国人に使ってもらったところ「自分たちだけではたどり着けなかった」とのコメントが得られたとのこと。宣伝活動については「外国人旅行客が必ず乗ってくる飛行機の機内モニターにQRコードを出し、アクセスするきっかけを作る。ANAでマイルがたまるなどの提携もできる」(中野氏)と意気込む。
中野氏は「新型コロナの感染拡大により、日本は鎖国して経済が悪化してしまった。今再び開国し、日本経済を取り戻すチャンス。外国人に日本の良さを知ってもらい『また日本にきたい』と思ってもらえるような、日本ファンを世界中に作っていきたい」と今後を見据えた。
同日に実施した入賞者発表では、グランプリは該当者なし、準グランプリに広島大学の本田有紀子氏とシーメンスヘルスケアの岩田和浩氏が選ばれた。
経済産業省大臣官房参事の石井芳明氏は「グランプリ該当者なしということでみなさんびっくりされたと思うが、これは審査員全員の喧々諤々たる議論の結果。最終チャレンジャーのみなさんはいずれも非常にペインが明確で方向性もいい。しかしもう一歩なのではないかというのが審査員の一致した意見であった。解像度を上げる、あるいは熱意、行動力によって社内を巻き込みムーブメントを起こすまでもう一歩足りないのではという結論にいたった」と審査内容を明かした。
準グランプリを受賞した本田氏と岩田氏については「その中でも一歩抜きん出たという印象。お二人が今後行動を起こすことによってCHANGEが本当に起こると考えています」(石井氏)とコメントした。
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