北陸の老舗繊維メーカーで活躍するAI自動検反機とは--極小の傷、糸むらも見逃さない

 繊維の街として知られる石川県で、検反作業の一部をAIが担うという試みが行われている。AI技術を提供しているのは東京に拠点を置くスタートアップのPros Cons。導入しているのは、石川県で30年以上ニット生地の製造販売を手掛けるマルゲンだ。

 繊維産業で課題とされてきた属人的な検反作業の課題を解決し業務効率化にどう結びつけたのか、また東京のスタートアップと石川県の老舗企業がどうやって出会い、導入に至ったのか。マルゲン 代表取締役社長の武田有祐氏と新規事業開発室係長の中島健一朗氏、Pros Cons 代表取締役の安部正一郎氏、そして両者を結びつけた三谷産業 情報システム事業部産業営業部産業営業第一課の関俊友氏に聞いた。

毎分60メートルを目視でチェック、繊維業界に必要不可欠な検反作業とは

――最初に検反作業がどういうものなのか教えてください。

関氏:出荷する前の生地の検査業務のことを指すのですが、検反機と呼ばれる専用機に反物をセットし、基本的には人が目視で行っています。

三谷産業 情報システム事業部産業営業部産業営業第一課の関俊友氏
三谷産業 情報システム事業部産業営業部産業営業第一課の関俊友氏

中島氏:1分間に幅1メートル、長さ40メートル程度の布の検反作業をしなければならず、かなりのスピードが必要になります。マルゲンでは、勤続5年以上の熟練したスタッフがこの作業を担っていて、ベテランでないと見逃しが出てしまう。元々見つけなければいけないのは1ミリ以下の大変小さな糸むら、傷、汚れ、これを私たちでは「欠点」と呼んでいるのですが、この欠点を見つけ出すのは、本当に熟練の技が必要になる工程です。

 ただ、ここで見逃してしまうと、次の染めの工程でクレームがついて、不良品として戻ってきてしまう。さらに染めの工程でも見逃してしまうと、もっと大きなクレームにつながってしまうという大変重要な工程になります。熟練の方だと分速60メートルの速さで検反作業ができますが、勤続1〜2年のスタッフだともっと時間がかかります。

従来の検反作業の様子
従来の検反作業の様子

――スタッフの方もかなりプレッシャーのかかるお仕事ですね。

関氏:北陸は繊維産業が盛んなので、繊維を扱っているお客様から検反作業を効率化したいというお話を以前からいただいていました。具体的には人力ではなく設備というかシステム的なもので代替できないかと。三谷産業では「MITANI Business Contest」を主催しており、AIやロボット、ビッグデータといった先端技術や新たなビジネスアイデアを活用し、北陸地区の地域社会や企業課題の解決に役立てています。Pros Consとはそれを通じて知り合いました。その時にPros Consが開発したAI「Gemini eye」(ジェミニ・アイ)と画像処理技術を組み合わせることで、検反作業に使えるのではないかと思ったのです。

――Pros ConsのAI技術がなぜ検反作業に使えると思われたのですか。

関氏:世の中には数々のAIソフトが登場していますが、それぞれ特徴があって、Gemini eyeは、外観検査専用のアルゴリズムを搭載した外観検査AIになります。これと画像処理技術を組み合わせることで、生地の傷、糸むら、傷を見つけ出せるのではないかと考えました。AIだけ画像処理だけでは、なかなか難しい部分ではあるのですが、この2つを組み合わせることで精度の高い検反作業ができると思いました。

安部氏:Gemini eyeは、独自に開発した外観検査専用のアルゴリズムを搭載した外観検査AIになります。食品のほか、木板やベアリングなど幅広い製品の検査にお使いいただいているのですが、生地の検反作業に使うとなると、AIだけでは処理速度が間に合わないという課題がありました。

 そこで、画像処理で高速に傷や糸むらといった欠点を選別した後、AIで精緻に検査する2段構えにすることで速度と精度を両立できました。加えて生地は欠点の判定が難しく、単純な画像処理アルゴリズムを適用するだけだと、大量の欠点が出てしまう可能性があるのですが、画像処理アルゴリズムを新たに作ることで、本当の欠点部分のみ選別できるようにしています。私たちにとっても、Gemini eyeを生地の検反作業に使うというのは大きな挑戦だったのですが、マルゲンの方に相談するうちに画像とAIを組み合わせてという方法が編み出せました。

Pros Cons 代表取締役の安部正一郎氏
Pros Cons 代表取締役の安部正一郎氏

――今回、ニット生地の検反作業に使われているとのことですが、ニット生地だからこそ難しい部分というのは。

中島氏:ニット生地は少しニッチな市場なので、説明自体が難しかったですね。欠点を検出するときの判定基準をどうやってAIに教えていくのかという部分に苦労しました。

マルゲン 新規事業開発室係長の中島健一朗氏
マルゲン 新規事業開発室係長の中島健一朗氏

関氏:そのあたりはトライアンドエラーというか、作ってはやり直して、もう一度作り直してというアジャイル的な進め方をしていきました。ただ、トライアンドエラーを繰り返すだけでは形にならないので、三谷産業としては、このプロジェクトをどう進めていくのか、この課題はいつまで対応していくのかという、マネジメント的な役割を担っていた感じです。

安部氏:標準的なソフトウェアをご提供させていただくだけであれば、それほど難しくないのですが、Pros Consとして「使えるAIを皆様のもとへ」という理念があり、それを実現するためにはどんなに設定が難しくても、トライアンドエラーを繰り返しても、できるだけ使いやすいAIを提供していこうという思いがありました。そうした私たちの強い思いもきちんと受け止めていただけたかなという気がしています。

AI自動検反機。右側のPCモニターに傷や糸むらなどが映し出される
AI自動検反機。右側のPCモニターに傷や糸むらなどが映し出される
AI自動検反作業中のPC画面
AI自動検反作業中のPC画面

AIと人間の融合で実現する作業の効率化

――三者のどこが欠けても実現しなかったということですね。AI導入前後で一番変わったことというのは。

中島氏:いくつかありますが、まず検査数が増えました。純増で10%ほど増えています。AIを活用することによって、入社数カ月の社員や今まで検反作業にかかわっていなかった社員でも検反作業ができるようになったため、検反作業に充てていた時間が1日あたりおよそ4時間ほど増加したことによる効果と考えています。これはベテランだけではなく、入社数カ月のスタッフや今まで検反作業にかかわっていなかったスタッフでも同様の効果が出ています。

武田氏:私どもだけではなく、現在、働き手不足は各社の経営課題の1つですよね。先述しましたように、検反業務は1人前になるのに5年以上を費やさなければならず、採用がしにくい部門でもありました。今回AIを導入したことで、今まで出荷業務を担当していたスタッフでも検反業務ができる。この誰でもできるようになるという部分は非常に大きいですね。

マルゲン 代表取締役社長の武田有祐氏
マルゲン 代表取締役社長の武田有祐氏

――かなり自然にAIが現場に導入されているようですが、現場のスタッフの方から反発のようなものはありませんでしたか。

武田氏:導入前は生産数に対して検反作業数が足りていない現状でしたので、どちらかというと「助かる」など歓迎の声が多かったですね。また、AIによる自動検反機を導入してはいますが、100%AIに頼っているわけではなくて、最終確認などは人間の目で画像を確認する必要があります。そういう意味ではAIと人がうまく融合して、検反作業を担っている。ですから、どちらかというと仕事をサポートしてくれる機器と認識されているように思います。

安部氏:現場できちんと使っていただいているという話しを聞くと本当にうれしいですね。

関氏:働き手不足という課題に対しても、今まで検反作業を担っていなかったスタッフの方がかかわれるようになったというのはすごいことかなと。私どもにとっても成果が出たと感じています。

――AIと現場の融合が成功できた要因はどこでしょう。

安部氏:熱心に問題意識をもって取り組まれていたのがすごく大きいと思います。現状、AIは流行り物だからみたいな感じて受け取られることもあるのですが、本当の課題を解決するツールとして使いたいという意思を強く感じました。

武田氏:あと、北陸の繊維産業だったというのもあると思います。繊維産業は地域ごとに特色があり、北陸は化学繊維をメインに扱っています。なので合成繊維だったのがAIと相性がよかったかなと。天然繊維は生地のばらつきが大きいので、ここまでうまくいかなかったと思います。

安部氏:確かにデニム生地などでは難しいかもしれません。むらや傷などを見つけて、なおかつスピードも出さないといけないので厳しい感じがしますね。

――本当に現場で活用できるAIとして導入されているAI自動検反機ですが、今後はどのように使用を拡大していくのでしょうか。

武田氏:現在1日の半分程度しか稼働させていませんが、これを24時間体制に拡大していきたいと思っています。実際、検反作業はどんどん楽になっていますので、人手不足の課題解決にもつながりますし、北陸地域はもちろん、関西や東海など別の繊維産業が盛んな地域に広がるといいなと思います。

安部氏:今回のプロジェクトでは、検査の速度をキープしたまま、糸むらや傷などを見逃さないというかなり難しい課題を越えられたと思っていますので、今後はロールものなど、変形した生地にも活用していきたい。Pros Consは、スタートアップなので営業力という点では弱い部分もありますが、今回三谷産業の方に地元の企業の方とおつなぎさせていただき、新たな接点を築くことができました。これを機にAIをさらに多くの場所で使っていただけるよう、努力していきたいと思います。

関氏:マルゲンの方と同じように、検反作業に悩みを抱えているお客様は多くいらっしゃいます。今回、成果としてきちんと成功体験を積み上げることもできましたし、ほかのお客様にも展開したいと考えています。これは三谷産業だけでは決して達成できなかったことでもありますので、マルゲンの方とPros Consのみなさまには本当に感謝しています。すでに実物も見られますので「こんなにすごいことができる」と目で確かめていただいて広げていきたいですね。

三谷産業
マルゲン
Pros Cons

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