コロナ禍により長く苦戦を強いられてきた宿泊業界。しかし、ITを活用することで、この難局を乗り切っている宿泊施設もある。ここでは、ホテルや旅館向けの予約エンジンなどを提供するtripla(トリプラ)の高橋和久が、宿泊×DXを実践している企業などの事例から、これからの宿泊業界のあり方を解き明かす。
昨今の宿泊業界において、「インバウンド集客に特化したマーケティング」を行なっているホテルは少なくない。“みんなで泊まる”がコンセプトのアパートメントホテルミマル(APARTMENT HOTEL MIMARU)を運営するコスモスホテルマネジメントもそのひとつだ。
同社は徹底したマーケティングでインバウンドが求めるホテルを形にし、この4月には過去最高の売り上げを更新している。
キッチンとリビング、ダイニングスペースを備えた約40平方メートルからの広い客室を備えているところが、同ホテルの大きな特徴だ。こうした客室設計は、立ち上げ当初から「家族連れの東南アジア人を中心とした外国人観光客」をターゲットにしていたためだった。
「東南アジア圏から来日する観光客の人数構成を調査した際、1〜2人で訪れている例が半分ぐらいで、残り半分は3〜4人ほどの家族連れで訪れていることがわかった。日本のホテルは1〜2人の利用を想定したビジネスユースメインがほとんどで、特に都市部はそうしたホテルが多い。そこで、日本の一般的なビジネスホテルよりも広く、連泊しやすい機能的な部屋を求めているであろう『観光目的で来日する3〜4人ほどの家族連れ』のニーズがあると判断。40平方メートルほどの広さがあり、複数人で泊まれるホテルにしようと計画した」(コスモスホテルマネジメント マーケティング部部長の田中壮作氏)
そこから同社は、海外からの観光客が求めるホテルを作るため、東南アジアでのマーケティングを開始。現地の人に話を聞き、宿泊施設に対するリアルな声を収集したほか、ホテルのハード面、ソフト面の特徴を分析して日本でホテルを作る上で実際に取り入れられるかどうか、照らし合わせていった。
結果、プールやジムなどの設備は取り入れることが難しいと判断したものの、現地のホテルの標準的なスペックといえる外廊下やキッチン、ランドリーなどを採用。現在のアパートメントスタイルにたどり着いた。ADR(客室平均単価)も、現地のホテルを参考にしている。
そうした綿密なマーケティングを経て、まずはインバウンドに人気の上野にオープン。続いて赤坂にもチェーン展開したが、想定よりも連泊のニーズが多く、客層も上野とは違うことが判明した。同じ都内でも違いがあることがわかり、次なるマーケティング戦略に活かしている。
同ホテルは立ち上げ当初から東南アジアのOTAやSNS広告などを積極的に活用して、着実に予約数を増やし、今では多くのリピーターを獲得している。ターゲットの具体的なイメージはもちろん、そのターゲットが宿泊先でどんな過ごし方をするのか、細部まで徹底的にマーケティングし、ターゲットのニーズをしっかりと満たす客室を作り上げた結果ではないだろうか。
とはいえ、宿泊客が求めるのは快適な客室だけではない。同ホテルは、訪日客に向けたサービスや接客についてもこだわっている。
「マーケティングコンセプトで呼んできた訪日客の方々に満足してもらうために、日本のカルチャーを楽しめるような日本酒や和菓子などをテーマにした体験型アクティビティ、忍者ルームやポケモンルームといったコンセプトルームを用意。また、アジアからの観光客のお客様を意識したフレンドリーな接客対応をモットーにしており、事前にお客様と予約についてメールなどでやりとりする際にも定型的なコミュニケーションにならず、宿泊が楽しみになったりするような仕掛けを取り入れていきたい」(田中氏)
同ホテルが目指しているのは、現場ではお客様の記憶に残るような、寄り添ったサービスを行い、メールや予約サイトの口コミ、SNSなどによるデジタルなビフォアフォロー、アフターフォローを欠かさないこと。ホテルで過ごした思い出を覚えていても、時間の流れとともにどうしてもホテル名が思い出せない……という経験をしたことがある人は少なくないだろうが、デジタルなビフォアフォロー、アフターフォローはそれを回避するために有効である。そしてリピーター獲得の可能性もアップする。
人材不足に悩むホテル業界であるがゆえに、接客、ビフォアフォロー、アフターフォローをすべて完璧にこなすのは難しいケースもあるのが現実だ。ただ、「お客様の記憶に残り、ふとしたときに思い出してもらえるホテル」になるためには、施設の大規模リニューアルなどインパクトのある試みよりも、ひたすら細やかなアプローチを繰り返すことが求められるのかもしれない。
なお、同ホテルは訪日客をターゲットにしているだけでなく、部屋の広さを活かして女子会やパーティー需要にも応えており、そうしたイベントを好む若年層にも人気がある。
その背景には、インフルエンサーとタッグを組んで企画、宣伝を行うという、若年層の行動喚起を促すマーケティングを実践したことがある。結果として若年層の集客に成功したワケだが、そこから判明した若年層の消費行動は意外なものだったそうだ。
「インフルエンサーの影響力は我々が考えていた以上のもので、例えば『好きなインフルエンサーがおすすめしているホテルだから』という理由で宿泊してくれる方も多かった。好きな人が好むものを自分も体験したいという、いわゆる“推し活”の一環のような形でホテルステイを楽しんだり、または自己投資の一環として普段泊まるホテルよりも高いホテルを選んだりするのが、現在の若年層の消費スタイルなのだと実感した。そうして弊社のホテルを知ってくれた若年層の方々が、将来結婚してパートナーができたり、子どもが生まれたりしたときに、『今度は家族と一緒に泊まりに行こう』と思ってくれるようなホテルでありたい」(田中氏)
将来的に東南アジアだけでなく欧米の訪日客の集客にも取り組んでいきたいという同ホテル。お客様のニーズを徹底的に洗い出すマーケティング手法が確立されているのは大きな強みであり、事業拡大のカギともなるだろう。
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