食品会社では見えづらかった「作らなくていい」発想でサービスを軌道に--パッチワークキルト藤井弾氏【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。引き続き、ハウス食品グループ本社 新規事業開発部部長 兼パッチワークキルト 代表取締役社長の藤井弾さんとの対談の様子をお届けします。

 後編では、社内新規事業創出プログラム発の「Kidslation」(キッズレーション)」と、「タスミィ」という2つの事業と、藤井さんが可視化したハウス食品グループが狙うべき新規事業領域について、詳しく伺いました。

ハウス食品グループ本社 新規事業開発部部長兼パッチワークキルト 代表取締役社長の藤井弾氏(左)、フィラメントCEOの角勝氏(右)
ハウス食品グループ本社 新規事業開発部部長兼パッチワークキルト 代表取締役社長の藤井弾氏(左)、フィラメントCEOの角勝氏(右)

法務担当が発案した冷凍幼児食のEC「キッズレーション」

角氏:キッズレーションとタスミィという初期の2案件は相当順調ですよね。すでにSNSでも話題になっていますし。

藤井氏:紆余曲折はありましたが、何とか漕ぎ着けました。ちなみにキッズレーションは、幼児食期に特化し栄養バランスに配慮した冷凍食品をECサイトで購入していただき、サブスクリプション型でお届けするというサービスですが、考えたのは元法務部の社員で、事業をした経験は一切ないんです。

角氏:法務からどうつながったのですか?

藤井氏:事業推進者の岸健人は30代で、お子さんを持つ共働き家庭という環境で生活しています。子育てをする際に、世の中には離乳食はいろいろあるのに、子どもが離乳食を外れた後の幼児食期には自分で料理を作らないといけなくなる。でも調理経験のない中で、うまく作れない――。そのような実体験をもとに起案してきたんです。「共働き世代が増えていく中で、何でうちの会社はここをやってないんだ」と。

角氏:実はフィラメントの社内でも、このキッズレーションは話題になっていたんですよ。離乳食の時は、「アカチャンホンポ」や「西松屋」に行けば何とかなるけど、1歳半を過ぎると何もなくなって、そこから急に「ご自宅で手作りしてください」と突き放される。よく気付いたなと感心していたのですが、最初からこのアイデアだったのですか?

藤井氏:最初からこの仮説で入っています。うちの会社は基本的に食が好きで、カレー作りや調理が好きな人たちが多いのです。だから“調理はするもの”という無意識の刷り込みがある。ただ全員がそうではない。やっぱり共働きになると、平日はなかなか手の込んだものは作れませんからね。その点彼はリーガルとして来ている人だから、「何で手抜きして作ったらいけないんだ」という発想が出てくる。その彼の着眼点が素晴らしかった。

角氏:料理が好きな人は、世界中の人が料理が好きと思ってしまう現象ですよね。

藤井氏:こういうアイデアが出ても、社内調査をすると「料理はするでしょ?」と否定されてしまう。ただ外に出て、IT企業に勤めている忙しい夫婦などに聞いたら、それは絶対必要だということが分かるんです。さらにそれを事業化のために社内に持ち込むと、簡便調理のキットを出すという発想になるのですが、外の人たちはそれもしたくないんです。

角氏:サービスを育てていく過程ではどういう感じだったのでしょう?

藤井氏:キッズレーションは、ネットで注文すると定期便で冷凍食品が届くという形に落ち着きましたが、アルファ版では、保育園やベビー用品店などに協力してもらってGoogle Formsを付けたチラシを配り、そこから注文してもらう形式だったのですが、「送ってもらえるほうがいい」「買って帰るのは面倒」という声が大きかったので、今の形になりました。

保育園の自販機で晩御飯のおかずが買える「タスミィ」がSNSで話題に

角氏:うちの社内ではキッズレーションがとにかく話題になったのですが、世間的にはタスミィがバズっていますね。こちらはどのようなサービスかご説明いただけますか?

藤井氏:タスミィでは、保育園に設置した自動販売機で、親御様とお子様が食べられるパウチ入りの惣菜を販売しています。ターゲットとプロダクトが近しいので混乱しがちですが、キッズレーションはECで、タスミィは自販機のビジネスです。事業推進者は、石井英貴という30代のR&D出身の社員で、妻の第二子妊娠時に120日間のワンオペ生活を経験し、子育てに苦労しまして、一子が通う保育園に「給食を売って欲しい」とお願いしたものの断られ、ならばとこの事業を発案しました。

角氏:保育園側には保健衛生面や営利活動になるとか、色々とあるでしょうからね。

藤井氏:じゃあどうするかとなったときに、「ハウスは食品会社なのだからうちがプロダクトを作ってそれを保育園で売ってもらおう」となった訳です。

角氏:なるほど。

藤井氏:今、千葉県の流山市を中心に、野田市と印西市でベータ版のサービスを展開しています。特に流山市は新しい住宅街を抱えていて、ターゲットとするような子育て家庭や保育園がたくさんあるんです。これからも自治体と組みながら展開する形を検討しています。

角氏:自治体にはやっぱり事例ですよね。それがどれだけ住民にとって喜ばれているのかがわかれば、向こうから来ますよ。戦略的には、近隣の自治体を攻めると効果的です。ただその辺りの情報は行政の職員はそもそも知らないでしょうし、中に持ち込んでも財政担当者からニーズがあるのかと言われて話が進まない。なので、その部分を議員さんに市民の代表として言ってもらうと、行政の人にとって検証の手間が省けるのでよろしいかと思います。藤井さんたちが情報を発信して、それを議員さんが読み、「うちの市はこういう事が出来ないの?」という流れに持っていくと。

藤井氏:おお、なるほど。勉強させていただきました(笑)

角氏:関西ではやらないんですか?

藤井氏:このビジネスは、自販機を置いてそこにモノを配送しないといけないので、物流が必要になるんです。ですので、現在は千葉県内(流山市、野田市、印西市)に、集中的に10台の自販機を設置しています。

 2023年は実証実験のフェーズなので、きちっと経営に対してこのビジネスの有効性を答申して、事業実証を終えたあとに、今後の拡大について検討してまいります。

「アンゾフの成長マトリックス」を参考に独自メソッドを図式化

角氏:パッチワークキルトという会社としても、初案件がいい感じで進んでいる形ですね。

藤井氏:新会社を立ち上げる時は実証実験の会社といって社内で納得してもらいましたが、事例が出てこないとイメージが沸かないので、事業的にもGRITのロールモデルとしても彼らには成功してもらいたいんです。1期生はガッツがあり、最初は粗削りでも苦しみながらやり抜く力を持っているのでイケると思います。

角氏:ちなみに実証実験をするときにコツはあるんですか?

藤井氏:パッチワークキルトは出島の会社ですが、出島が離れ小島になるとスタートアップと変わらなくなります。なので、いかにして親会社のハウス食品グループの力を使えるようするかが大事ですね。そのために、程よい距離間で既存事業と連携していくことが肝だと思います。

角氏:その点、うまくハウス食品の強みも生かしたプランがでてきているように見えます。それは何か、GRITの進め方で強みが生きるような仕立てになっているのですか?

藤井氏:我々は、新規事業をどうしても既存事業の延長線上で考えてしまいます。そこで私は「アンゾフの成長マトリクス」を参考に、図を書いてみたんです。

角氏:ほうほう。

藤井氏:今まで新しいことにトライする際は、青い矢印の部分で、漸進的に既存の部分を生かしながら新しい製品を作ってみようとか、チャネルだけをちょっと変えてみようという形だったのですが、GRITでは茶色いエリアに、つまり世の中として新しいこと、もしくは世の中的にはあるけどハウスのバリューチェーンを組み替えるようなところに行くようにしているんです。

 考えてみればキッズレーションもタスミィも特段すごい発明ではないし、自販機も冷凍食品も、ECにしても普及しきっています。その中で、今までの当社の既存事業の中では出てこなかった領域を狙った形のビジネスモデルになっている訳です。だからGRITでは、いきなり右上ではなく茶色いエリアを狙っていこうと話しています。

角氏:なるほど。ターゲットや置く場所を変えるだけで全然違うものになる。

藤井氏:着眼点の発想を茶色のゾーンにもっていくということで、イノベーションを起こせるのではないかと思っています。

角氏:とても面白いですね。これはキラースライドですよ!


藤井氏:社内で事業開発をする際に、自社の強みを生かそうとするとどんどん視野が狭まってしまいます。あとは自前主義も問題です。そこに捕らわれると、ますます視野が狭くなる。まず視野を広げて、この事業をやると決まったときに初めて、社内のこのアセットが使えるという思考にならないといけません。なのでGRITに起案するときも、部署の課題ではなく、「あなたの課題を提案してください」と説いています。

社内に広がった「手を挙げていいんだ」という空気感

角氏:最後に、藤井さんが手掛けてきた取り組みによって社内の雰囲気が変わってきたことはありますか?

藤井氏:今までは部署内ですべきことをするというマインドだったのですが、「手を挙げていいんだ」「思ったことをやってもいいんだ」という雰囲気が少しずつ醸成されつつあるように感じます。色々な提案や、自分の中で考えているアイデアを発言しやすくなったんじゃないですかね。

角氏:みんなそれぞれ会社の中の役割を持っていて、そこにエネルギーを集中させなければならない。それは大事かもしれないけど、そことは別に自分が思ったことを言えることが大事ですよね。

藤井氏:そのあたりを数年間で変えていかなければならないと思っています。もちろん、インキュベーションセンター「ARCH」に入居しているような外部の企業との共創にも取り組んでいきたいです。

角氏:パッチワークキルトから成功事例がどんどん生まれていくと、みんなあんな風に働けると楽しいし、いいよねという雰囲気に絶対変わりますね。

藤井氏:そうなるように祈っていますし、私自身も頑張ります(笑)

「今までは部署内ですべきことをするというマインドだったのですが『手を挙げていいんだ』『思ったことをやってもいいんだ』という雰囲気が少しずつ醸成されつつあるように感じます」(藤井氏)
「今までは部署内ですべきことをするというマインドだったのですが『手を挙げていいんだ』『思ったことをやってもいいんだ』という雰囲気が少しずつ醸成されつつあるように感じます」(藤井氏)

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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