メタバース×ビジネス--企業が新規サービスや取り組みを行うときに考えるべきこと

 「メタバース」という言葉が世間一般に浸透して以降、多くの企業や自治体がメタバースに注目している。一方で、ビジネスとして活用できている企業・事例が、まだまだ少ないのが現状である。メタバースに取り組んでみたいと思っても、「なにから始めていいのかわからない」「なにができるのかわからない」という壁にぶつかってしまうのではないだろうか。

 企業によって自社製品のPRや宣伝、新たな顧客の開拓のためにメタバースを活用したサービスやイベントが企画されても、話題にすら上がらないものも多い。メタバースを日頃利用しない、メタバースをよく知らない人たちが、とりあえず流行りに便乗してメタバースで新規事業や企画を立ち上げても、ユーザーがほとんどいない「電脳廃墟」のような状態になってしまうことも少なくない。せっかくお金と時間をかけても、誰にも使われないのは虚しい。

 筆者の齊藤に対してもメタバースに関する相談や依頼はしばしばいただく。ただ「誰のための、なんのためのメタバース」なのかわからないというものが多いと感じている。これはメタバースに限らず、あらゆるサービスやプロダクトの設計や要件定義、ユーザーストーリーなどを考える上で大切なことではあるが、メタバースは特に「なんでもできる電脳空間!」というイメージがあるのか、要件が飛躍しやすいのかもしれない。

 そこで今回は、筆者が感じた「企業がメタバースで企画や事業を進めるときに考慮すべきこと」について共有したい。

メタバースで新規サービスを作るときにあなたが問うべきこと

 会社でもし「メタバースを活用した新規事業をしよう」という話になった場合、必ず考えるべきことを4つ共有する。

(1)あなたの顧客はメタバースにいるのか?

 Gartnerによる2022年のレポートによると、2026年までに25%の人が1日少なくとも1時間はメタバースで過ごすようになると予測されている。また、カーネギーメロン大学の研究において、ゲーム文化の強い国では、21歳までにオンラインゲームで1万時間を過ごすとも言われている。特に若年層をターゲットにしている場合は、メタバースを活用したサービスや新規事業は有効かもしれない。

 しかし、そのときにまず注意したいのは、自社オリジナルで新しいメタバースを作るのか、あるいはすでに存在する既存のメタバースサービスを利用し、そこに自社のバーチャル空間を作るのかということである。

 既存のメタバースを活用し、製品販売によって収益を生み出したいと考えた場合、そのメタバースを利用しているユーザーは自分たちの製品に興味を持ってくれるユーザーなのか、顧客になりうるのかということを考える必要がある。

 例えば、メタバースとして成長している「Roblox」では、もともと13歳未満のユーザーが過半数といわれていたぐらい、子どもに人気が高い。さらに最近では17歳以上のユーザーも急増している。そんな子どもから20代前半といった、若年層に人気のあるプラットフォームとなっている。子どもや若い人をターゲットとしてないのにも関わらず、Robloxでなにか企画を成功させることは難しいだろう。実際にRobloxで人気なのは、若年層が好むようなゲーム性の高いワールドである。そしたユーザー層への理解も大切である。

【過去の参考記事:メタバースで自作ゲームを公開、稼ぐことができる時代に--世界で人気の「Roblox」とは

 あるいはVRChatを使って新規企画を行いたいと考えた場合はどうだろうか。2022年5月のTony Lewisによる発表されたVRChat ユーザー数推移の分析によると、全世界で 340 万人程度のユーザー中で、日本人ユーザーは24万人から31万人程度と推定されている。VRChatにおける日本人ユーザーも広がりを見せているが、まだまだクリエーター系やゲーマー、テクノロジーやガジェット好きなギークな人たちが多いというのも実情としてある。

 つまり、そのようなユーザー層がワクワクするようなサービスやイベントを考える必要がある。ただ単に、企業が一方的に宣伝するだけでは、なかなかメタバースのユーザーの心を掴むことは難しいだろう。また、メタバースを普段使わない人々に対して、メタバースを通してサービスや製品を訴求するとなると、既存のアプリをインストールしてもらったり、既存のプラットフォームの操作方法に慣れてもらう必要もあったり、そもそもスマホやPCで機能しない場合もあり、人々にとってメタバースへの参加のハードルがまだまだ高く、集客自体がより難しくなる。

 メタバースを活用した新しい企画をする、という“メディア”としての活用で満足できる場合は問題ないかもしれないが、そこで売り上げや宣伝効果を期待するとなると、ビジネスモデルとコンテンツ、ターゲット、プラットフォームなどが繋がらなければ、思うような結果は得られないだろう。

(2)中長期的に達成したい目標はなにか?

 単発のイベントとして行いたいのか、運営を継続してコミュニティに育てたいのかによっても、進め方は異なる。ただ、単純に話題作りのため、新しいことを試すためだけにメタバースを活用しても費用対効果は低く、思うような結果を得る可能性は低い。長期的な戦略と具体的な目標がなければ、ビジネスの機会を見つけることは困難と言える。

 長くユーザーに愛され使われ続けるメタバースは、そこで行われるイベント、コミュニティは、ユーザーファーストで徐々に広がっていったものが多い。一過性のメタバースを活用した企画ではなく、中長期的にメタバース空間を育てていかなければ、一時的なイベントを行うだけで終わり、そのあとは誰もいない電脳空間と化してしまうだろう。

(筆者も参加したSam Feldtのメタバースライブ)
筆者も参加したSam Feldtのメタバースライブ

 あるとき、オランダ出身のDJ / EDMプロデューサーであるSam Feldt氏が、メタバースでDJライブを開催した。Sam Feldt氏は、筆者が好きなDJの一人でもあったためライブに参加をしたのだが、独自に作られたメタバース空間は、30人程度ユーザーが入ると重くなって動かせなくなったり、流れてくる音楽や映像が止まってしまったりと、課題を感じた。

 技術的な課題であれば改善に期待はできるが、そもそもこのライブ自体も盛り上がっていなかった上に、そのイベント以外で継続的に使われたり、ユーザーが活用したりはしておらず、一過性のイベントとして終わってしまった。

 ゼロから独自でメタバースを構築するのは技術的にも簡単なことではない。一度作ったメタバースやメタバース関連のサービスを、ユーザーに継続して参加してもらうために、中長期的な目標を作る必要があるだろう。

(3)ユーザー体験をどのように充実させるか?

 メタバースの主なユーザーは、交流し、遊び、楽しむためにそこにいる。したがって、メタバースを活用した企業の売りたいサービスや製品の位置付けは、メタバースの主なユーザーの求めるものと異なるはずである。

 企業は、自社の製品を積極的に宣伝するだけではなく、メタバースのユーザーの交流や記憶に残るような体験の機会を提供する必要がある。ユーザーがワクワクするようなゲームデザインやコラボレーション、また来たいと思うような居心地の良い空間デザインなど、考えなければならないことがたくさんある。

【過去の参考記事:メタバースにもUXを--仮想空間へ豊かに接続するためのデザインの重要性を考える

 企画を成功させるためには、ユーザーが集まっているイベントはどんなイベントなのか、盛り上がっているコミュニティはどんなコミュニティなのか、ユーザーはどのようにメタバースを利用しているのかを、自らメタバースの住人となって実際の体験とリサーチをする必要がある。

【過去の参考記事:メタバースは「作る」が楽しい--モノではなく「遊び場をデザインする」考え方

VRChatで行われたサンリオのライブイベント
VRChatで行われたサンリオのライブイベント

(4)企業のブランドの認知度を高められるか?

 ユーザーは主にアバターを使ってメタバースにアクセスする。そのとき、アバターが所持しているアイテムや服に、たとえば企業のロゴがある場合、他のユーザーもそのロゴを見る可能性が高くなる。

 それが他のユーザーに広まっていくことで、多くのユーザーがアバターに付けているロゴを目にするようになり、企業のブランドの認知度がさらに高まるだろう。みんなが「それ欲しい!」と思うアバターやアイテム、ギミックならば、ユーザー同士で勝手に普及していく。物理的な世界では、マーケターはブランドの認知度を高める機会が複数あるが、その多くはメタバースでも活用できるかもしれない。

【過去の参考記事:アバターが作り出すメタバースの世界?アバター主義で多様化する生き方

 このようにメタバースの仕組みや文化を深く理解し、うまく活用することで、メタバースならではのブランド構築が可能になるかもしれない。

自由そうで、まだまだ技術的な制約も多いメタバースを理解しよう

 自社でメタバースを活用する際、自社独自のメタバース空間をゼロから開発した方がいいのか、それともVRChatなど既存のメタバースを利用すればいいのかわからない方も多いだろう。

【過去の参考記事:世界で最も“カオス”なVR空間「VRChat」とはなにか--その魅力から始め方までを解説

 まず、自社独自のメタバース空間を開発する場合のメリットとしては、「要望に合わせてメタバースの空間やシステムを設計できる(自由度が高い)」「ブラウザ対応やスマホ版などの構築も可能」などが挙げられる。

 既存のメタバースでは、プラットフォーマーのルールや制限に縛られることもあるため、自社独自のメタバースと比べて自由度が低い。独自にメタバースを作るのであれば、自社が行いたい機能を実装することができる。前述したSam Feldt氏のメタバースのDJライブ空間のように、それに特化したメタバースをゼロから作るのであれば、機能としては求めるものを実装できる。

 一方で、デメリットは、「莫大なコストがかかる(数千万かかることは少なくない)」「ユーザーをゼロから集める必要がある」「文化をゼロから作っていく必要がある」などが挙げられる。やはり、ゼロからシステムを構築するので、莫大なコストがかかる上に、ユーザーを集めて一つのサービスとして流行らせる必要がある。

 次に、既存のメタバースを利用する場合のメリットとしては、「比較的簡単にイベントの開催ができる」「開発コストが独自で作るより低い」「すでにコミュニティがあれば、人が集まりやすい」「SNSで拡散しやすい」「イベント告知無料サービスもある」「文化がすでに育っている」などが挙げられる。

 VRChatなどのサービスでは、多くのユーザーによって文化や社会が形成されており、コミュニティやイベントが毎日盛り上がっている。ユーザーの多くはTwitterを使って情報交換や発信をしていることが多いので、ユーザーの目に止めるような企画であれば、拡散され、多くのユーザーが集まることも見込めるだろう。なにより、独自でメタバースを作るより既存のものを活用した方がコストが圧倒的に低い。

 一方でデメリットは、「自社に合わせた空間やシステムのカスタマイズに向いてない」「メタバースを普段使わない人によっては使用が難しく、参加のハードルが高い」「モバイルやブラウザ対応してないものもある」「同時接続人数に制限があり、プラットフォームによるが基本的に30人から50人程度」などが挙げられる。

 基本的に他者のプラットフォームを使うことになるので、ルールや使い方などはそのプラットフォーマーが提供するものに従う必要がある。

 たとえば、「メタバース空間で物販がしたい」という相談を筆者もしばしば受けたが、直接メタバース内で物販をして、ユーザーはメタバース内で購入するということは、既存のメタバース上では自由にできないことが多い。購入する際は、別途ウェブブラウザ上のECサイトに飛んだり、そのメタバースで使えるコインやトークンを利用する必要があったりするので、自由に売買ができるイメージとは異なるのではないだろうか。

 また、「メタバース空間で音楽ライブをやりたい」という相談も過去にあったが、基本的に一つのインスタンスにつき、同時接続人数の上限が30人から50人程度であることが多いので、何百人が同時にライブに参戦するということを実現することは難しい。これはメタバース云々以前に、通信や性能の課題だ。

 インスタンスとは、オンラインゲームの用語で「世界のコピー」のことを指す。オンラインゲームでは、本来は数万人が同じ環境を同じ時間に共有しているが、実際は混雑緩和などを目的で、数人のグループのみとしか遭遇しないという世界のコピーが作られる。そのグループ同士で、メタバースではコミュニケーションが可能である。

 どちらにしても一見全く自由そうに見えるメタバースでも、技術的な制約は存在することを知っておくべきだ。また、アバター、ワールドなどのデザインとモデリング、サウンドやテクスチャ、マテリアルなどの素材の作成、プログラミングなど、開発が多岐に渡ることも理解しておくと企画の全体像や進め方が想像しやすいだろう。

メタバースの仕組みや文化を理解し、ユーザー体験を高めよう

 それぞれのメタバースにはそれぞれの社会や文化が形成されている。ユーザーの属性もメタバースによって異なり、物理的制約もプラットフォームによってさまざまである。そういった事実を理解しないまま、企業の一方的な宣伝だけをしてしまっては、メタバースのユーザーの交流や記憶に残ることはなく、ビジネスとしても成功は難しいだろう。

 莫大な予算が準備できたり、メタバースに関する理解が深い、すでにファンを獲得している、などであればまだしも、そうでないのであれば、いきなり大規模なメタバースの企画を進めるリスクは高い。まずは、試験的に行うこと、つまり既存のメタバースで小規模にプロトタイピングをしていきつつ、ファンを獲得していく、ユーザーを巻き込んでいく方が着実である。

 メタバースの制約やユーザーの属性などを理解した上で、ユーザーが何を求めているのかを見極めて、需要の高いメタバースに関連したサービスを提供できるようにより注力することが求められるのではないだろうか。

齊藤大将

Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/

エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。

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