組織変革には工夫が必要--パナソニックのデジタル改革リーダーが実践論を語る

 2月1〜28日まで開催された「CNET Japan Live 2023」の最終日に、パナソニック ホールディングス グループ・チーフ・インフォメーション・オフィサー(グループCIO)兼パナソニック インフォメーションシステムズ 代表取締役社長の玉置肇氏が登場。「『組織変革』には工夫が必要 ~変革リーダー達に送るエール~」と題して、自らの経験や現在進行中の取り組みを基に、組織変革リーダーに求められる資質や組織改革の進め方についてレクチャーした。

パナソニック ホールディングス グループ・チーフ・インフォメーション・オフィサー(グループCIO)兼パナソニック インフォメーションシステムズ 代表取締役社長の玉置肇氏(右下)
パナソニック ホールディングス グループ・チーフ・インフォメーション・オフィサー(グループCIO)兼パナソニック インフォメーションシステムズ 代表取締役社長の玉置肇氏(右下)

下がり続ける日本の国際競争力と幸福度

 組織変革という本題に入る前に玉置氏は、日本の組織が変わらなければならない根拠となる各種データを紹介した。まず株式総額の世界ランキングでは、平成元年(1989年)には世界のトップ20に多くの日本企業が名前を連ねていたのに対し、2022年はトップ20に1社も入っていないという現状を指摘する。ちなみにパナソニックも当時は18位にランクインしていたが、現在は約750位にまでランキングを落としてしまっているという。

 また1989年の日本は国際競争力も1位だったが、1997年から一挙に下がり、2022年は34位で新興国であるタイの1ランク下という状況となっている。2021年のOECD加盟国における労働生産性ランキングも加盟38か国中27位で、G7中最低である。それらに輪をかける形で、日本人の幸福度は世界で54位という低水準にとどまる。

 「日本は貧しくなり、国際競争力も無くなった。それでも幸せならまだいいが、幸せでもない。日本の国中が変わらないといけない」と、玉置氏は我が国の現状に警鐘を鳴らす。

日本の国際競争力は平成以降下がる一方となっている
日本の国際競争力は平成以降下がる一方となっている
日本人の幸福度は他の先進国と比べて驚くほど低い
日本人の幸福度は他の先進国と比べて驚くほど低い

米国本社ITサービス部門の立て直しを任される

 その状況を周知した上で玉置氏は、変革を進めていくにあたっての参考例として、自らがこれまで経験してきた変革リーダーとしての取り組みと、そこで得た学びを紹介した。

 まずは、米国P&Gでの組織変革の事例である。玉置氏は同社の日本法人に在籍していた2010年に、本国のITサービスチームの立て直しを任せられて渡米。派遣された部門はメンバーが160人程度で、従業員の人事プラットフォームを刷新し、人事マネジメント業務をデジタル化というミッションが課せられたIT組織だったが、「米国の白人男性がディレクターで、上意下達の組織風土で組織が硬直化していた。年齢層も高く、あまり士気が上がらない。若い人はそれに嫌気がさして辞めるという状況だった」(玉置氏)という。

 着任早々「なんでこんなアジア人の下で働かなければならないのだ」という反応をされる中で、玉置氏はまず、1対1で全員との対話を始めた。その際に、「組織のメンバーには変革の必要性を納得させる必要があったが、権力者による恐怖政治にならないように変革を求めるだけでなく、変わった暁にどんな明るい未来があるかを一生懸命説いた」(玉置氏)という。

 次に玉置氏は、組織の名称変更を実施。当時の「Market Solutions」という名称を、デジタル変革が求められる時代に合わせて「Digital Solutions」に変更し、スローガンを立てて、ロゴやTシャツを作り変革のキャンペーンを行った。

 それらの取り組みの結果、メンバーはだんだん心を開くようになり、「半年すると部屋にアポなしで相談に来る社員が増えるようになった。変革の仲間も一人二人と増えていき、チームの雰囲気が良くなった。毎年最悪だった従業員満足度調査(EOS)の数字も3年目で史上最高になり、デジタル化についても多くの成果を上げることができた」(玉置氏)という。

 そして3年後に異動になったときには、メンバーが玉置氏を表現する言葉を集めてテキストマイニングしメッセージボードを作り、涙で送り出してくれたのだという。そこでの学びについて、玉置氏は次のように語る。

 「私は本社の特命を受けて行ったが、トップダウンだけのアプローチでは人は動かせないので、1on1ミーティングを使って積極的に心を動かしていこうと思った。その際には、みな明るい未来が見たいと思っているはずなので、リーダーは恐怖を語るだけでなく夢を語ったほうがいい。さらに組織の名前やアイコンも、変革をする時にはとても大事だと考えている」(玉置氏)

玉置氏がP&G時代に得た学び
玉置氏がP&G時代に得た学び
玉置氏を表すワードのテキストマイニングで作った寄せ書き
玉置氏を表すワードのテキストマイニングで作った寄せ書き

面従腹背だった日本法人の意識を変える

 玉置氏が手掛けた2つめの改革は、アクサ生命の情報システム部門における組織・文化変革である。日本のアクサ生命は、2000年に旧日本団体生命を買収して事業を行っているが、15年以上経っても本国アクサとの統一感がないという問題を抱え、IT部門も旧来のレガシーシステムが稼働していたという。

 保険の商品やサービスはコンピューターで開発されるものであり、保険会社のITは工場そのものである。そのためフランスではITの近代化が進められていたが、日本法人にはその重要性が響かず、フランス人の役員が来ても数年のサイクルですぐ本国に戻ってしまうという事もあって、“面従腹背”で改革が進まないという状況が繰り返されていたという。そこで2016年に、日本人の改革者として外部の玉置氏に白羽の矢が立った。

アクサ生命日本法人の歴史
アクサ生命日本法人の歴史

 当時組織がどのような状況だったかというと、「就任初日の昼にオフィスに顔を出したら、節電で電気が消された部屋でみな戦々恐々とし、私の顔を見てくれなかった」(玉置氏)とのこと。そこで玉置氏はまず、1年間かけて暗かった組織を明るくすることに挑戦し、P&Gの時と同様に1on1や昼会で全員と話をすると共に、総務部門とかけあってオフィススペースも刷新した。「保険やサービスをもっと早くお客様の元に届けられるIT組織に変わるために、既存の古いIT組織を壊す必要があった。そのために、心の準備も含めたチェンジマネジメントを実践した」と、玉置氏は当時の思いを語る。

 組織形態も、昨今求められるITのデリバリー状況に則したアジャイル型の組織に変更。部や課という従来の形をトライブ(部隊)の中にスクワッド(分隊)があるという形とし、部長も「トライブリーダー」という呼称にした。その結果、部門内での業務処理能力も上がり、みな明るく仕事をするようになったという。

自社のシステムに加えてオフィスも刷新した
自社のシステムに加えてオフィスも刷新した

 人的な取り組みに併せて、変革への取り組みを表すアイコンも用意した。遅くて重いITシステムを早くするという意図のもと、地球上で一番早く移動できる動物であるハヤブサと、第二本社を置く札幌と本社の東京を結ぶ新幹線の名称をモチーフとして、「hayabusa」というロゴマークを作成。ロゴ入りのマウスパッドやキーホルダーを作って配り、「みなの誇りを作っていった」(玉置氏)という。

hayabusaのアイコン
hayabusaのアイコン

 改革の成果が出た後に、玉置氏はパナソニックに移ることになるが、退職時にメンバーがパナソニックの社員に向けて、「Tamasonic」という同氏の取説を作ってくれるまでの関係性を構築できたという。

 「明るい職場はリーダーが作るものなので、リーダーは明るい将来を見せたほうが良い。その上でチェンジマネジメントを実施し、かなりドラスティックに変革を起こした。2年間かけて心の準備をして、アイコンも徹底的に使った」と、玉置氏はアクサ生命での変革のポイントを振り返る。

玉置氏がアクサ生命で得た4つの学び
玉置氏がアクサ生命で得た4つの学び

パナソニック流デジタル変革スローガン「PX」を策定

 最後は、現在進行中のパナソニックでの改革である。声を掛けられた当初玉置氏は、「『是非パナソニックのCIOに』と三顧の礼を尽くされたが、連結子会社500社以上でそれぞれがばらばら、加えて外部に多くの“元パナ”と呼ばれる関係者が存在するなど、あまりに大きな組織で手触り感がなさすぎるために、最初は断るつもりだった」という。ただし、「松下幸之助は日本人にとってとても大切な存在。その会社をつぶしてはいけない。パナソニックを救うのは、日本人であるべき」との思いから、腹を括って引き受けたのだという。

 そこから玉置氏は、早速改革の“前始末”に取り掛かる。「垂直立ち上げが大事」というP&G時代の上司の言葉を胸に、2022年2月から社員、役員、元社員(元パナ)、協力会社の人間、マスコミ、CIO仲間など300人以上と面談し、自分が入社後100日で何をするかという「100日間計画」を作成。入社1ヵ月前の4月に、楠見雄規社長に手渡した。

玉置氏が準備した「100日間計画」とその内容
玉置氏が準備した「100日間計画」とその内容

 さらに着任した翌週に、社内イントラにどのような変革を考えているのかを自分の言葉で語った動画を載せ、その3時間後に変革の準備チームを立ち上げた。人選は4月に済ませており、メンバーとして、「(1)“現時点で”社内に影響がある社員、(2)経営企画部・コンサル・パートナーのソフトウェアベンダーなど、情報システム部やパナソニック以外の“マルチファンクション”の人員、(3)30〜40代で会社を変えていこうという気持ちを持っている社員」(玉置氏)を選出したという。

 変革準備チームでは90日間、毎日15分ずつオンラインで進捗を確認し、アジャイル型で改革を進めた。2008年に制定された「情報システム部門使命」も変え、社内ブログを使って全世界のIT部門の社員に「こうありたい」という姿を募り、ミッション、ビジョン、バリューを策定。さらに、「PX(パナソニック・トランスフォーメーション)」というDXプログラムとそのアイコンを策定して世界中に発信すると共に、楠見社長が10月にCEOとして行う初の方針発表に合わせて形を成すように準備を進めた。

変革準備チームが実施した取り組みの概要
変革準備チームが実施した取り組みの概要
玉置氏が策定したPXのスローガンとIT部門のミッション、ビジョン、バリュー
玉置氏が策定したPXのスローガンとIT部門のミッション、ビジョン、バリュー

 現在は自らが立ち上げたIT部門改革や意識改革を推進する最中であるが、パナソニックのIT部門は社員が何千人もいるので、前職で実施してきたような1on1ミーティングによる働きかけは難しい。そこで玉置氏は現在、社内ブログやLinkedIn、Twitterを通じて社員に情報を発信し、変革を促しているという。そして現時点で得た知見について、次のように語る。

 「まずは準備が大事。さらにチームを作り、アイコンを作って、組織変革をする時にはカルチャー変革を前面に押し出す。さらに、トップの仕事としてとても大事なことは発信だと思っている」(玉置氏)

玉置氏がパナソニックで変革を実践するにあたって重視するポイント
玉置氏がパナソニックで変革を実践するにあたって重視するポイント

 そして玉置氏は、自らが組織改革リーダーとなって実践した変革体験を通じて得た4つの学びを挙げる。

 「まずは準備が重要。変革を任せられたらその瞬間から準備をしたほうが良い。次に、チームを作ること。その際に外部から仲間やコンサルを連れてくるのではなく、元から中にいる人たちの変革魂に火をつけて取り組むべき。そうでないと変革が持続的なものにならない。また、アイコンやブランディングも大切。そして何より、私利私欲は捨てなければならない」(玉置氏)

玉置氏が組織改革リーダーとしての経験から得た4つの学び
玉置氏が組織改革リーダーとしての経験から得た4つの学び

 セッションの最後に玉置氏は、以前の上司であったファーストリテイリング 会長の柳井正氏の書籍「一勝九敗」を引用しつつ、変革を任されるリーダーに向けてメッセージを送った。

 「私も一勝九敗でいいと思う。それでも100回やれば10回は勝てるので、努力は無駄にならない。そもそも変革を任されて、華々しい成果を上げた変革者は一握りに過ぎない。ただし日本の国、企業は変わっていかないと、次の世代に国や経済界を渡していけない。つらいけど、それぞれの持ち場で頑張っていきましょう!」(玉置氏)

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