大企業の課題解決力と自治体の課題をマッチング--官民協創拠点「逆プロポ・ラボ@ARCH」が始動

 新規事業創出を図る大企業にとって、地域課題を持つ自治体との出会いは事業創出の大きな推進力となるが、自社の強みを生かせる課題を持った自治体と出会うことは難しい。

  「CNET Japan Live 2023」の2日目のセッションでは、官民協創拠点「逆プロポ・ラボ@ARCH」の活動を通じて、“大企業の課題解決力”と“自治体が抱える社会課題”のマッチングに取り組んでいるソーシャル・エックスの代表取締役 伊藤大貴氏と、森ビル オフィス事業部 ARCH企画運営室 室長の飛松健太郎氏が登壇。ラボの活動の目的や官民共創を成功に導くパートナーシップ構築のポイントについて語った。

(左下)ソーシャル・エックス 代表取締役 伊藤大貴氏、(右下)森ビル ARCH企画運営室 室長 飛松健太郎氏。右上はCNET Japan 編集長 藤井涼
(左下)ソーシャル・エックス 代表取締役 伊藤大貴氏、(右下)森ビル ARCH企画運営室 室長 飛松健太郎氏。右上はCNET Japan 編集長 藤井涼

 森ビルとソーシャル・エックスは、森ビルが運営するインキュベーションセンター「ARCH」において、2022年10月に官民共創インキュベーション拠点「逆プロポ・ラボ@ARCH」の活動を開始した。同ラボでは、ARCHに入居する大企業と全国の自治体をつなぎ、大企業の課題解決力と自治体が抱える社会課題とを掛け合わせることで、新規事業創出と社会課題の解決に向けたアイデアや企画を共創によって生み出していく。

 ARCHは、日本の大企業のオープンイノベーション促進を目的とした、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー内の施設面積約1200坪のリアル施設である。2020年4月に、ベンチャーキャピタルのWiLとの共同企画運営でオープンした。開業が新型コロナウイルスのパンデミックが始まった時期だったが、結果的にコロナ禍を境に大企業側で事業ポートフォリオの変革や、新規事業にチャレンジしていこうという機運が高まり、「この1年は入会までに少しお待ちいただく状態で、今現在119社、865人の大企業の新規事業部署の皆様に集まってもらっている」(飛松氏)という。

ARCHでは日本の産業界をリードする大企業約120社が新規事業創りに挑戦している
ARCHでは日本の産業界をリードする大企業約120社が新規事業創りに挑戦している
ARCHは虎ノ門ヒルズビジネスタワー4Fのワンフロアで運営されている
ARCHは虎ノ門ヒルズビジネスタワー4Fのワンフロアで運営されている

課題を抱える自治体と新規事業のテーマを探す大企業をつなぐ

 ARCHでは、4つのパターンで共創、協創に取り組んでいる。まずは、複数の企業が連携して社会や環境の課題に取り組む「課題共有型」、複数社の強みを組み合わせて課題を解決する「強み持ち寄り/転換型」という“共創型”の事業推進がある。

 それらに加えて、1社では足りない部分を他の企業が補う「プロジェクト推進型」、大企業で新規事業を進めるにあたってネックになりがちな社内の風土改革にナレッジをシェアしながら挑戦する「組織改革/社内風土醸成型」という“協創型”があり、各社がオープンイノベーションによって新規事業開発にチャレンジしている。「現在、169の新規事業プロジェクトが事業化に向けて動いている」(飛松氏)という。

 運営側でも、新規事業のアイデア出しやマッチングを支援するために、2022年には226回のセミナーやワークショップを企画。さらに、新規事業創出を支援するパートナー企業として10の企業や団体と連携している。その1社が、地方自治体との課題と大企業の強みをセットアップする事業を展開するソーシャル・エックスである。

 「これまでARCHには多くの地方自治体や地銀が視察に来たが、それぞれの地域がさまざまな課題を抱えている。一方で、大企業側が新規事業を立ち上げる際に必要な視点は、自社の強みと世の中のトレンドと社会課題の3つを掛け合わせること考えている。ARCHの大企業と自治体が抱える課題を突合させればマーケットも生まれるし、パートナーとして事業を一緒に作っていくことができる。そこで間をつなぐ存在が必要と考えてソーシャル・エックスと組み、逆プロポ・ラボ@ARCHの活動を開始した」(飛松氏)

逆プロポ・ラボ@ARCHの取り組みの全体像
逆プロポ・ラボ@ARCHの取り組みの全体像

独自の社会課題データベースを構築し官民共創をデザイン

 ソーシャル・エックスは、「官民共創に最高の体験を。」というミッションを掲げる、設立1年強のベンチャーである。地方議員出身の伊藤氏と取締役を務める藤井哲也氏、東京海上日動で新規事業に取り組み、共同で代表取締役を務める伊佐治幸泰氏が3人で立ち上げた。「企業は『お金を出してでも』社会課題を知りたい」という仮説のもとで、独自の社会課題データベース(DB)を活用した事業を展開しているという。

 「自治体はそれぞれ悩みを抱えているが、その社会課題がビジネスになることを知らない。そこで、企業とのつなぎこみをARCHに入居しながら支援している。ビジネス的な背景では、現在ビジネスと公共が支える限界領域が外側に広がってきている状況。テクノロジーの進化によって、今まで行政が担うべき部分がビジネスで支えられるようになった。そこがまさに官民共創の領域だと捉えて、事業を展開している」(伊藤氏)

ソーシャル・エックスの企業概要
ソーシャル・エックスの企業概要
社会課題とビジネス領域の概念図(山口周氏の著書を参考に伊藤氏が作成)
社会課題とビジネス領域の概念図(山口周氏の著書を参考に伊藤氏が作成)

 ARCHで展開する逆プロポ・ラボは、新規事業に挑戦したい大企業と社会課題を解決していきたい行政が出会い、コミュニケーションを取りながら具体的なプロジェクトを生み出していくことを目的として活動している。

 「社会課題がビジネスとして成立するためには、『場』『お金』『意思決定』という3つのデザインが必要であり、当ラボでは場と意思決定をデザインする機能を有する」(伊藤氏)。2022年の10月にオープンしてから4カ月間に、30自治体の100人の公務員がラボを訪れ、35社、70人超の新規事業担当者が継続的にコミュニケーションをとっているという。

 「すでに多くの基礎自治体の首長が訪れているが、その際には単なる視察ではなく、具体的な社会課題を解決したいという意思を持って来る。事前に私たちが自治体にどんな課題を持って来るか聞き、関連性がありそうなARCHの会員企業に声掛けして引き合わせているため、ファーストコンタクトの段階で解像度が高いディスカッションができる。実際にARCHの会員企業が現地を訪れて、新規事業のヒントを得て帰るという動きも出てきている」(伊藤氏)

多くの自治体の組長がラボを訪れ大企業×自治体によるイノベーションが生まれつつある
多くの自治体の組長がラボを訪れ大企業×自治体によるイノベーションが生まれつつある

大企業の強みは長いタームで物事を見ることができること

 セッションの後半では、主催者と視聴者から寄せられた質問に2人が回答した。

 まず、ほかでも官民共創の取り組みが見られる中での逆プロポ・ラボ@ARCHの特徴について。飛松氏は、大企業の新規事業部署と自治体で課題解決の為に動く実行力のある人をマッチアップしていく部分を最大の特徴として挙げる。「大企業が社会解決型の新規事業に取り組むにあたっては、マーケットサイズよりも社会をより良くするためのメッセージ性を求める。社会課題の解決には時を要するが、その際に大企業は長いタームで物事を見ることができ、短期間での黒字化やイグジットを求められるスタートアップよりも強みが出せる」(飛松氏)

 飛松氏の言葉を受けて伊藤氏は、大事なことは出会いそのものではなく、出会い方であると説く。「出会い方が悪いと何も生まないため、まずソーシャル・エックスでは困りごとを抱える自治体と壁打ちを重ねて課題の解像度を高めてDB化する。その上で社会課題の解決を新規事業に結び付けたい大企業の担当者に話を聞き、化学反応が起きそうな自治体と企業を引き合わせている」という。

 それらの活動の結果、4カ月でARCHの会員企業が30自治体と接点を持ったが、飛松氏は「特に企業側からの引き合いが多い」と明かす。ARCH会員は申請すると自治体の課題DBを閲覧できる仕組みで、約50社がDBにアクセスしているとのこと。具体的には「新規事業開発における領域設定のヒント探し」と「自社ビジネスや保有技術の強みを生かせる自治体パートナー探し」というニーズで関心を持っていて、特に後者のニーズが高いという。

 一方伊藤氏は自治体がラボに参加する動機として、心理的安全性を挙げる。「従来自治体が想像する企業の人間とは営業担当者であり、特定の製品やサービスを買って欲しい、もしくは自治体予算で実証実験をさせてほしいという話ばかりなので、本質的議論に至る前にシャッターを下ろしてしまうことが多い。しかし、ARCHを通じて出会う場合は新規事業なのでそれがないため安心して困りごとや課題を発信し、化学反応が起こりそうな雰囲気になっている」と明かす。

あらゆる社会課題を受け入れARCHの総合力で解決を目指す

 自治体が持ち寄る課題は、「基本的にオールジャンル」(伊藤氏)であるとのこと。ただし福祉や医療、子育てなど、テーマがそのままだと企業サイドからはビジネスがイメージしづらいため、ソーシャル・エックスがそれらをビジネス側に寄せて言語化することで、多くの企業が興味を持てるようにアレンジしているという。

 逆プロポ・ラボ@ARCHの活動をきっかけとして新規事業・課題解決の取り組みが始まってからは、信頼が担保されたARCHという枠組みの中で他の会員企業や内部のメンター、外部のパートナーともつながってゴールを目指すことができる仕組みだ。

 すでに動き出しているプロジェクトとしては、豊田市の市長以下全幹部職員とARCH会員企業5社が引きこもり対策という課題で2度のディスカッションを行い、事業化検討が始まっている例などがあり、「机上の検討段階から、具体的なカウンターパートと社会の解像度を相談できる関係性ができつつある」(伊藤氏)とのことである。

 そもそもの部分で、公益を求める自治体と利益を求める企業の間で考え方にズレが生じるが、そこに関して伊藤氏は完全に重なり合わなくていいとの見方を示す。その上で、「企業は、相手が大事にしている公益性の部分をどれだけ理解でき、取り込めるかが大切。自治体は、企業は事業を成り立たせなければいけないということを理解した上で、ちゃんと相手が公共的な眼差しを持っていると理解できるマインドセットを作れれば、企業とどんどん連携できる」とアドバイスを送る。

 最後に、オープンイノベーションを進めるにあたって大企業がどれだけ手の内を明かすものなのか? という本質的な質問が寄せられたが、飛松氏はARCH内でほぼオープンになっていると回答。「ARCHは会員制のため、イベントで発言した内容も情報が外部に公開されない。仲間うちなので安心して話ができるし、逆プロポ・ラボでの自治体との壁打ちやマッチアップの際でも、みんな開けっ広げに話をしてくれる」(飛松氏)と語り、大企業同士によるオープンイノベーションの実現可能性についてメッセージを送った。

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