街づくりにおけるWeb3領域の可能性--センサーやブロックチェーン技術が果たす役割

緒方文俊 (ディー・エヌ・エー)2023年01月30日 10時00分

 2022年12月にNFT_Tokyoが行われ、DeNAもスポンサーをさせていただきました。このカンファレンスは、日本発のグローバルWeb3コミュニティとして、企業のNFT、Web3事例を共有することを目的としており、海外からはキューハリソン・テリー氏や、国内から、伊藤穰一さんなどWeb3関連の人たちが多く参加しました。私も「デジタルとフィジカルが交差する街と人が繋がるWeb3領域の役割」というテーマで登壇させていただきましたので、今回は「街」をテーマとしたWeb3の可能性について考えてみたいと思います。

視覚情報としてのデジタルとフィジカルの掛け合わせ

 デジタルとフィジカルの掛け合わせによって、街づくりに繋げていくというコンセプト自体は目新しいものではなく、ドイツ政府が2011年に産業政策として発表したIndustry 4.0や、Society 5.0のなかで、仮想空間と現実社会を高度に融合した社会というものが語られてきました。そのなかで登場するCPS(サイバーフィジカルシステム)は、センサーなどを使い、現実空間から収集したデータをサイバー空間で分析し、創出した情報により社会問題の解決を図っていくものと定義されています。現実の空間をそっくりそのまま、デジタル空間に移すような手法は、街など都市の3Dモデルなどのイメージが分かりやすいでしょう。

 国土交通省が主導する日本全国の3D都市モデルオープンデータ「PLATEAU」では、精度の高い3Dデータが提供されていたり、オーストリアのスタートアップ企業がつくるBlackshark.aiでは、衛星データとAIをベースに、3Dシミュレーション環境を世界規模で利用できるプラットフォームが構築され、MicrosoftのFlight Simulatorにも活用されています。

 コンセプトとしては、早くから登場していたCPSのような概念が、技術の進化によって現実化される様子は、前回記事にしたDAOといった分散化された組織などが、ブロックチェーン技術の登場により具現化したことに似ているように思います。

PLATEAUのデータを3Dプリンターで印刷。渋谷や新宿の街並み(筆者所有の3Dプリンターで書き出し)
PLATEAUのデータを3Dプリンターで印刷。渋谷や新宿の街並み(筆者所有の3Dプリンターで書き出し)

 最近、私が注目しているのはVPS(ビジュアル・ポジショニング・システム)という技術です。2022年春以降、GoogleやAppleなどテック企業などで積極的に研究が行われており、GoogleはGeospatial API、AppleはLocation Anchors、NianticはLightship VPSなど、各社呼び方は異なりますが、いずれも同様の技術です。簡単に説明すると、カメラなどから得られる風景などの特徴を目標にすることで、現実世界にCGなどを正確に重ね合わせる技術です。

 これまでも、拡張現実によって街にバーチャルのコンテンツを配置するユースケースは考えられてきました。例えば、2009年に考案された「セカイカメラ」において、ユーザーが特定の場所に写真や文章を投稿できる世界観は、検索を不要にするという期待がありました。しかしながら、これまではGPS精度の問題により、ピンポイントで重ねることが技術的に難しい状況にありました。ですが、GPSとVPSを併用することにより、自分の向いている方角と位置をセンチメートル単位の精度で合わせることが可能になりました。

 私自身もこの仕組みを使って、CGを実景に重ねる実験を行なっていますが、ロボットや恐竜など、大きなものを重ねる様子は圧巻です。もちろんSFだけではなく、バーチャル店舗をつくりだし、服や靴などを陳列して、気に入ったものがあればバーチャルフィッティング(試着)を行うなど、デジタル技術を駆使した店舗運営もできそうです。地方などの空き地に期間限定ショップなどを立ち上げ、送客するような仕組みができれば、地域創生などに一役買うことができるかもしれません。

 このようなVPSグリッド上でさまざまなコミュニケーションが発生する様子を、Nianticはリアルワールドメタバース(現実世界でのメタバース)構想と表現しています。

 さらに、ブロックチェーン技術も絡めることによって、最近ではNFTのスニーカーはじめ、物理的なプロダクトとの連携が話題になっていますが、リアルとデジタルがより密接に絡み合う世界観をつくりだすことができます。

Lightship VPS for Webを用いて、3Dコンテンツを実景に重ねる実験の様子
Lightship VPS for Webを用いて、3Dコンテンツを実景に重ねる実験の様子

そこに住む人の情報を管理するためのブロックチェーン技術

 デジタルとフィジカルの接続というと、先に述べたようなARやVRなどのような技術が注目されますが、そこに住む人たちの情報管理基盤としてのデジタルとフィジカルの関わりがあります。2022年末からマイナンバーカードの申請件数が増え、徐々に我々の生活にも浸透していくことを期待されていますが、このようなデジタル施策などの参考にもされているのは、エストニア政府のe-Estoniaと言われるデジタル政策です。

 2012年頃からブロックチェーン技術などを用いてデジタル化が推進されており、Guardtime社が開発したKSIブロックチェーンという技術によって、個人のデータなどが管理されるなど99%の行政サービスがデジタルで行えるようになっているそうです。e-Residencyとよばれる、エストニア政府が発行するデジタルIDとステータスを管理する仕組みは、世界中どこからでも住民となることを可能にしており、ある記事によると、2014年12月の開始以来、約8万5000人を迎え入れ、企業も1万8000社以上が設立されているそうです。

 行政の仕組みをブロックチェーンで管理する必要があるのかと疑問に思われるかもしれません。この背景には、ロシアとの国境沿いにあるエストニアにとっては、国が万が一なくなったときに、デジタル基盤に国民が集まっていることで、国を立ち上げ直せるという意味があるそうで、分散技術というものは重要であることが分かります。

 最近では、大規模な個人情報の流出などが社会問題となっていますが、閉じられたネットワークの中で使われているデータは、ひとたび脆弱性が発見された場合には案外もろいものです。一方で、ブロックチェーン技術は、後述する秘匿化技術と組み合わせることによって高い次元でのデータの秘匿性の担保にも寄与することができます。

 「e-エストニアデジタルガバナンスの最前線(日経BPマーケティング)」によると、e-バンキング、e-タックス、e-パーキング、e-ジオポータル、e-チケット、e-ヘルスなど、インターネットを通じた様々な仕組みが整備されているそうです。また、基盤の整備と同時に、生涯学習としてIT教育などの仕組みが導入されており、デジタルスキル向上のための活動が行われているそうです。日本においても、GIGAスクール構想などによって小学生からPCやタブレット端末に触れる機会は増えていますが、それでも、高齢者などデジタル・ディバイドといわれるインターネット技術習得の差による経済格差などが問題視されており、基盤整備に加え、教育に目を向けることも、重要な観点であると思います。

NFT_Tokyo1日目、 デジタルとフィジカルが交差するマチやヒトが繋がるWeb3領域の役割というタイトルで登壇しました
NFT_Tokyo1日目、 デジタルとフィジカルが交差するマチやヒトが繋がるWeb3領域の役割というタイトルで登壇しました

センサーが活用される未来の街は、分散型システムと相性がよい

 街におけるデータは常に変化するため、一度取得して終わりではなくリアルタイムにデータを取得し続ける必要がありますが、それを実現するのがセンシング技術です。

 FIFAワールドカップカタール2022で、センサー入りのコネクテッドボールがとても話題になりました。これは、ドイツのIoTスタートアップであるKINEXONが、adidasと共同で開発したボールで、ボールの内部に慣性測定ユニット(IMU)を内蔵しており、ボールの位置をセンチメートル精度で追跡することができるそうです。ほかにも身近なところで、年末に子供と遊びに行った遊戯施設では、ボールプールの横にプロジェクターが設置されており、ボールを投げることで、壁にペイントが塗られる仕掛けがありました。天井をみるとLiDARのセンサーが設置されていて、ボールの位置を判定して映像を投影しているようでした。このように、身近な場所にIoTやセンサーの仕組みは無数に存在しています。IoT機器の数は、2022年時点で144億台をこえているといわれており、今後も我々の生活に浸透していくと考えられます。

 以前テーマとして書いた、DeNAが提供するPICKFIVEというNFTアプリケーションでは、スタッツという選手の行動データに着目して、ファンタジースポーツという遊びを提供していますが、都市においては、人の移動や行動などのデータをフィードバックすることで、乗り合いのバスやタクシーなどの最適化が行われ、より便利になるのとともに、二酸化炭素量の削減にも繋がります。最近街中で見かけるスマートゴミ箱は、初めて見たときなぜゴミ箱にセンサーが必要なのかわかりませんでしたが、ゴミの量を把握することで、収集コストと排気ガスの削減につながっているそうで、とても驚きました。

 このようなセンシング技術を用いて生活を豊かにする試みは、スペイン・バルセロナ、中国・杭州などにおける先端事例は多く、日本でもスーパーシティ構想などで議論されてきた経緯があります。我々人間に目や鼻、耳などがあるように、街にとってセンサーはとても大切なものなのです。

 建物などではセンサーを網羅的に配置できますが、街すべてが舞台となるケースでは、個人のスマートフォンや既存のデバイスから情報を集めることも有効です。昨今のエネルギー問題から、スマートメーターなど外部から電気や水道量をモニタリングできる仕組みや、スマート街路灯なども注目されています。少し前のニュースですが、ペルーではハゲタカワシにGPSをつけてモニタリングに従事しているという面白い話題などもあります。

 私が愛用しているウェザーニュースの「みんなでつくる天気予報」は、簡易気象観測器である「WxBeacon2」というセンサーによってモニタリングしたデータを共有することで、天気予報の精度に貢献できますが、空という圧倒的に広い範囲では、このように個人の集合知を吸い上げる仕組みは理にかなっているように思います。コロナ禍において、商業施設などでは「換気の見える化」のために二酸化炭素濃度の測定がされるようになりましたが、環境モニタリングは今後も必要とされると思います。

 現状、データの多くは無償で提供される仕組みになっていますが、データの提供に対して報酬を返すことができれば、より多くのデータが集まるかもしれません。ブロックチェーンを用いた話題として、「モビリティエコノミクス(日本経済新聞出版)」のなかでは、車両走行時に、周辺の様々な情報を吸い上げるIoT機器に対して報酬が還元される仕組みについてのアイデアが述べられています。また、ブロックチェーンを用いたWi-Fiネットワークソリューション「Helium」というサービスでは、自宅にWi-Fiスポットを設置することによって報酬が還元される仕組みになっているそうです。

 ブロックチェーンとIoTの組み合わせが期待されるのは、マイクロペイメントという利用量に応じた少額支払いと、個々のデバイス自体がウォレットという勘定の概念を持つことができるという点です。報酬が期待値にあうかというエコノミクスについては、まだ各社、試行錯誤の段階だと思いますが、十分にマネタイズが行えればサービス自体の成長に大きく寄与することができるでしょう。

筆者所有のウェザーニュースのWxBeacon2。気温、湿度、気圧、明るさ、騒音、UVなどを24時間観測してモニタリング、アップロードすることで天気の精度にも貢献できる
筆者所有のウェザーニュースのWxBeacon2。気温、湿度、気圧、明るさ、騒音、UVなどを24時間観測してモニタリング、アップロードすることで天気の精度にも貢献できる

ゼロ知識証明や規格の整理によって、アプリケーションの相互運用を実現する

 引越しのときに、ガスや電気、水道など、何度も異なる用紙に記入が必要で、統合されればいいのに……と思ったことは誰もがあるはずです。デジタル庁によると、2023年2月頃から、マイナポータルなどを通じて引越しのワンストップを目指すとされているので楽しみですが、このような行政や民間など複数の組織による、情報の相互運用は多くの難しさがあります。特にプライバシーなどの問題は顕著で、昨今では個人情報の扱いが難しい状況があり、情報を相互運用したいのに、ハードルが高いといったケースがあります。

 そのようななか、「ゼロ知識証明」という技術が注目されています。これは1980年代に発明された技術ですが、Web3、ブロックチェーンをテーマとして再び注目されています。簡単に説明すると、パスワードを明かすことなく、パスワードを知っているという事実だけを証明することが可能になるという技術です。生年月日を明かさずお酒を買うこと、資産を明かすことなく不動産などのローンを組むこと、学歴を明かさず採用の応募要件に合致しているのかを証明することなど、様々な場面への活用が期待されます。

 例えば、図書館で「ウォーリーを探せ」を開いて、答えの場所に丸がつけられているとがっかりしますが、丸をつけることなく、ウォーリーの居場所を知っていることを友人に証明できれば、書籍に丸印をつける必要はありません。

 情報を渡さずに、どのように証明するのか。魔法のような技術に思えますが、数学的な説明を省いて、子供にもわかるように説明されている動画がありますので興味のある方はぜひご覧ください。

 ほかにもこの技術はブロックチェーンの高速化のために、ロールアップとよばれる仕組みのなかで使われていたり、NFTなどの画像データなどストレージ管理の仕組みにも使われています。2022年にボゴタで行われていたdevconのなかでも多くの議論はありましたが、現在においてブロックチェーンの技術スタックの中心となっている話題でもあります。

 さて、相互運用を考えた時に、もう一つハードルとなるのは規格、フォーマットです。最近、保育所申し込み時の「就労証明書」 様式が統一されたという話題がありました。私自身、これまでも何度か異なる自治体の書類を出してしまい、間違いを指摘されたことがあります。規格が統一されることによって、ヒューマンエラーが減ることはとても助かりますし、システム開発などにおいても同様です。

 以前近畿大学で、ワクチンなどの相互運用についての講義を行ったことがあります。そのときも、データの規格を共通化することで、病院や空港、保健所、複数の自治体などアプリケーション同士が相互運用される可能性があることを話し合いました。実際に、シンガポールでは、国際相互認証可能なデジタル証明規格「ヘルスサーツ(HealthCerts)」という規格が導入されることで相互運用が実現されているそうです。

 ブロックチェーンは、トラストレスでパーミッションレスな仕組みであり、このような相互運用の観点によって、我々の生活に大きな恩恵を与えてくれる可能性があります。NFT_Tokyoの、Future of web3 x DAO 日本のweb3の未来というセッションのなかで、伊藤襄一さんが相互運用についての説明として、普段見せることのないデパートなどのバックヤードに例えて、普段みせていないものを、必要に迫られてからいきなり開示することは難しく、常にきれいに掃除をしたりして、メンテナンスをして、見せることを前提に運用していることが重要で、それがブロックチェーン技術のメリットでもあると語りました。私も非常に良い例えだと思いました。

Future of web3 x DAO 日本のweb3(スピーカー:伊藤穣一氏 、平井卓也氏  モデレーター:金山淳吾氏、Natsuko氏)
Future of web3 x DAO 日本のweb3(スピーカー:伊藤穣一氏 、平井卓也氏  モデレーター:金山淳吾氏、Natsuko氏)

Conclusion

 子どもと出かける時には、お守りがわりに、AppleのAirTagをリュックサックにいれるようにしています。もともと鍵や財布などの忘れ物防止のために開発されているようですが、子どもの見守りとして使っている人も多いようです。AirTagは、近くにいる誰かのiPhoneを経由してタグの位置情報を知らせるため、単体で回線を契約する必要がありません。大袈裟にいえば、街全体の相互扶助によって子どもの安全を見守ることができるわけですが、第三者の余剰リソースを借りて、元気玉を作るようなサービスは今後も増えていくように思います。

 余剰リソースを借りる点では、分散コンピューティングの「Folding@home」というプロジェクトが思い出されます。個々のPCの余っているCPUやGPUのリソースを使い、難病の解析に役立てるプロジェクトで、かつてPlaystation 3でも提供されていたため、知っている人も多いかもしれません。同プログラムは、2020年に新型コロナウイルスを解析するプログラムも提供がされていて、膨大な計算コストが集まったことでも注目されました。我々のスマートフォンは非常に高スペックになってきましたし、車もコンピューター化が進み、ガレージに止まっている時間などを最適化することで、膨大な計算コストをつくることが期待されています

 分散コンピューティングのひとつであるエッジコンピューティング分野も注目されてます。例えばAI分野において、学習データごとサーバーにおくるのではなく、端末内で学習されたモデルのみを送ることでサーバーやネットワークの負荷を減らすことが期待されます。このようなケースでは、様々なデバイスによって計算された結果データが送られてきた場合に、デバイス自体が信頼できるか、計算されたデータが信頼できるかなどを証明する必要があります。そのようなときに、本文で紹介したゼロ知識証明などの技術が役立ちます。

 これまで、AI、IoT、ブロックチェーンという技術はセットになって、バズワードとして捉えられていた一面もありますが徐々にユースケースが明らかになり、解像度が高まることによって物づくりにつながることは嬉しいものです。分散化された世界やコンセプトが、さまざまな社会問題の解決の一歩につながれば良いと思います。

緒方文俊

株式会社ディー・エヌ・エー 技術統括部技術開発室

2012年から株式会社ディー・エヌ・エーでMobageのシステム開発、リアルタイムHTML5ゲームタイトル開発、Cocos2d-xやUnityによる新規ゲームタイトル開発、ゲーム実況動画配信アプリの開発などサーバーサイドからクライアントまで幅広くエンジニアとして経験。2017年、フィンテック関連の事業開発をきっかけにブロックチェーンによるシステム開発をスタート。現在は、同社の技術開発室で、ブロックチェーン技術に関する研究開発、個人として外部顧問などの活動を行いながら、エンジニア目線での、日本におけるWeb3やブロックチェーン技術の普及・促進活動を行っている。「エンジニアがみるブロックチェーンの分散化と自動化の未来」を定期的に執筆中。

https://note.com/oggata/m/m8e413ae8b082

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