三菱地所が2022年3月に開始した「BRICKS FUND TOKYO」は、20年後、30年後のビジネスモデル変革に向け、“成長産業の共創”をコンセプトに掲げるスタートアップ投資ファンドだ。多くのCVCが本業とのシナジー効果や協業を模索する中、投資対象は「社会課題の解決や産業構造の転換といった中長期的なテーマに挑む国内外のスタートアップ」と広く門戸を開き、すでにバイオテックやSaaS、Fintechなど幅広い領域のスタートアップとの接点も持つ。本業である不動産業とその周辺領域のみならず、幅広い視野で有望なマーケットへとリーチするその背景にはどんな意図があるのか、社内的にどんな役割を担い活動しているのかなどについて、三菱地所 新事業創造部でファンドの企画・運営をリードする橋本雄太氏に聞いた。
――BRICKS FUND TOKYOのスタートから10カ月が経過しました。振り返ってみていかがですか。
スタートから今までに約300社の方とお会いし、7社への投資が決定しました。平均すると1カ月半に1社のペースで投資実行が進んでおり、ここまでは順調に来られたかなという印象です。
CVCが持続可能な活動になっていくためには、案件の市場性・成長性・投資収益性などを見極め、適切な相場観で投資の意思決定していくことが重要です。そうしたスタートアップ投資における専門性を高め、機動的に投資実行するための社内プロセスも整備してきました。定常的なソーシングや投資検討を行えるようになったことで、スタートアップからの問い合わせやVCから紹介をいただく案件も格段に増えており、エコシステム内でのプレゼンスを少しずつ高めることができたと思っています。
――すでに投資先には、ミレニアル世代の女性向けキャリア支援を手掛ける SHEやノーコードのガイドナビゲーションツールを提供するテックタッチなど、本業とは直接結びつかないようなスタートアップが登場していますね。
BRICKS FUND TOKYOの設立の背景は、三菱地所として、成長領域に対して主体的、恒常的な探索が行き届いていなかった所、新しいテクノロジーやトレンドをキャッチアップしていくというものでした。従来の発想や枠にとらわれず、幅広い領域にリーチできるよう、スタート時から独立系VCのプライムパートナーズと共同運営という形をとっているのもそのためです。
投資にあたっては、そのスタートアップが向き合う社会課題や産業構造の変化といったインパクトの大きさを重視しています。さまざまなマクロトレンドの中で有力なポジションを占めていく可能性の高いプレーヤーをご支援させていただくことで、当社にとっても足元では想定できないような事業機会も生まれていくと考えています。
――本業とのシナジー効果がすぐには見えてこない他業界への投資に対し、社内の受け止めは。
重要な点は、CVCはあくまでオープンイノベーション戦略上の一機能でしかないということです。協業や事業連携、M&A、JVなどさまざまな手段を組み合わせ、事業変革を進めていくことが必要です。CVCという立場から社内で期待されるのは、中長期の時間軸で三菱地所にとっての新しいマーケットに対する知見やトレンドを貯めていくこと。例えばバイオテックのスタートアップと、今すぐに事業を作り出すのは難しいですが巨大市場が生み出されていくことは確実ですので、そこは我々がカバーしていくべき領域です。必ずしも投資が必要か、という議論はありますが、外から見ているだけではなかなか得られない、投資したからこそ集まってくる情報というものがあります。
もちろん、投資先と協業したいなど、事業部からニーズが上がってくればベストで、事業部側に紹介をしたり、協業可能性についてアドバイスをしたりといったことは積極的にやっていきます。ただ、気をつけているのは、投資先であるスタートアップにとって、プラスにならないようであれば、それにはストップをかける。私たちにとっても投資先にとってもWinWinになるような、お互いがハッピーになれるような形で組みたいと思っています。
――スタートアップと社内の間に立つ、難しい立場ですね。
正直大変です(笑)。社内から見れば「なぜこの領域に投資をするのか」と思うでしょうし、結果が見えてくるのにはかなりの時間を要する。そこまではコツコツと積み上げていくことが大事かなと思いますので、我々の考えや活動を通じて得たネットワークや知見をできる限り社内に還元していくことは意識しています。最近では、徐々に社内から相談してもらえる案件も増えてきましたし、ある種のシンクタンク的な役割も果たせるようになってくると思います。今、社内でイノベーション・エコシステムと深くつながっているのは私たちなので、スタートアップを紹介して欲しいといった相談も増えています。
大事なのは、このCVCの目的を明確にし、それをぶらさないこと。ここがぶれてしまうとCVCの成功は難しくなります。私たちが目指すのは30年後に振り返ったときに「あの時、BRICKS FUND TOKYOがあってよかった」と思ってもらえるような活動です。大変チャレンジングではありますが、社内外の信頼を勝ち取れるよう引き続き努力していきます。
――スタートアップとも大変真摯に向き合われていますよね。お話の中には「スタートアップの側に立つ」という表現がよく出てきます。
現在7社のスタートアップに投資していますが、いずれも、彼ら自身やりたい社会変革や課題解決があり、私たちはそれを応援するスタンスでいます。ですから順調に行っている間は「邪魔にならない」ことを意識しています。一方で困ったときには三菱地所として、あるいはキャピタリストそれぞれが助けられることもたくさんあると思いますから、頼ってほしいと伝えています。
経験上からも投資先が成長しなければ協業も上手くいかないと感じていますので、「スタートアップファースト」という考え方は戦略リターンの最大化という点からいっても合理的です。確かに現時点では、三菱地所との接点がわかりづらいスタートアップもあるかもしれません。ただ、彼らが成長した先には必ず私たちとの接点がある。いずれの投資先も暮らしや産業を変えていくようなビジネスに取り組んでいるので、そのビジョンが実現した先には、まちづくりを通じた価値創出を目指す三菱地所グループとの交わりがあり、一緒に世の中を変えるような力強いパートナーシップを築いていけるはずです。
――「スタートアップに選ばれる企業になる」という言葉もお話の中に出てきます。そのために意識していることは。
エゴを捨てること、理解することの2つですね。兼ね合いがすごく難しい部分ではあるのですが、まずは投資先の事業成長を最優先に考え、「投資したのだからうちの役に立って欲しい」というエゴは捨てることです。一方で、事業の状況などへの理解は深めながら、困りごとや役立てることなどがあれば適切なタイミングでフォローできるように常にキャッチアップしていくことも大事ですね。そのためには投資先と常にコミュニケーションを取りながら信頼関係を築いていくことを意識しています。
――スタートアップの資金調達は2022年後半からかなり厳しくなっているようにも感じます。実感としてはいかがですか。
フラットラウンドやダウンラウンドでのご相談も増えてきていると感じます。ただ、二極化が進んでいて、集まるところには集まる。大型の資金調達に成功しているところも多く、もっとソーシングのスピードを上げないといけないと感じています。いずれにしても、スタートアップの方に選ばれる立場であるという姿勢は変わりません。
――順調に推移された10カ月のように感じます。2年目以降の取り組みについて教えて下さい。
引き続きしっかりと社内外を含め多くの人を巻き込みながらやっていきたいと思います。CVC以外にも当社では複数のコワーキングスペースの運営や、大企業の新規事業担当者のコミュニティであるTMIPといった活動も行っています。こうした三菱地所のあらゆるアセットを使い、ほかの企業や行政なども巻き込みながらスタートアップの方々のご支援を行っていきたいです。
投資活動については、さらにスピードを上げていきたいのと、早めのステージのスタートアップの方々ともコンタクトをとって、継続的なコミュニケーションをしていきたいと思っています。
こうした取り組みを引き続き全力でやりつつ、専門性に磨きをかけ、スタートアップの皆さまにとってベストパートナーとして認識していただけるよう尽力していきます。
日々、スタートアップの方のお会いして感じるのは、本当に産業を変えていく、今ある社会課題を解決していこうという気概のあるビジョナリーな起業家が沢山いるということです。日本の閉塞感を打破し、次の時代を創っていく主役はスタートアップです。BRICKS FUND TOKYOを通じてそういう人たちの挑戦を変わらず応援させていただき、日本の産業創出の一助になれればと思っています。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」