企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、CIC Japan 合同会社 ゼネラル・マネージャー(オペレーション)/一般社団法人ベンチャー・カフェ東京理事の平田美奈子さんとの対談の様子をお届けします。
後編は、平田さんたちがベンチャー・カフェ東京を立ち上げてからCIC Tokyoを発足した際の裏話と、現在入居者を増やすためにどう施設を運営しているか、そして平田さん独自のスキルやご自身が実践されているテクニックについて伺います。
角氏:ベンチャー・カフェ東京の運営はうまくいっている様子ですが、苦労話は?
平田氏:たくさんあります。一例を挙げますと、各国のベンチャー・カフェで参加者の掛け声の音源を取る機会があったのですが、海外では中性音的な感じで「イエーイ」というポップなノリだったのに対し、東京だけ低音の「オー」(笑)。実際に参加者も男性のスーツアンドタイの人が多くて女性の参加者は少ないし、若くもないと。今はブランディング中ですが、元々虎ノ門は官公庁も近いし大企業の方々が多く、木曜の夜にここにいる人たちはそういった層で、あまり女性や若い世代が足を運ぶ場所ではなかったんです。
角氏:その状況でどう対処されたのですか?
平田氏:オーガナイザーを若い人たちにしたり、女性をターゲットにしたい時には、コンテンツを変えるようにしたりしました。あと、日本人はネットワークを作ることが下手なんです。名刺交換から始まるので、「What do you do?」の話ではないですけど、そういう雰囲気で話せないんです。大企業の方は「これからはオープンイノベーションだ」と意気込んで来られるのですが、異業種交流会の延長のような感覚で、我々が「Are you ready?」と話しかけて一生懸命先導しようとしても、なかなかうまくいきません。
角氏:空気が合わないと。
平田氏:なので、日本だけネットワーキングの練習をやっています。2人組で寸劇みたいに、「こんな風に会話を始めればいいんですよ」と。イベントの開始時は毎回先導しています。
角氏:ただ、ベンチャー・カフェではそれだけ結果も出されたということですよね。
平田氏:大成功です(笑)
角氏:そこで「CIC Tokyoもいけるぞ」となったわけですね。
平田氏:ベンチャー・カフェと並行して森ビルさんと賃貸契約交渉も進め、デザインや工事を進めるフェーズに入りました。それで色々な段取りをする事務的な仕事に忙殺される中、コロナに突入してしまいまして。本当は当初オリンピックが開催される予定だった時期に開設する予定だったのですが工事も遅れ、2020年10月にCIC Tokyoを開設する運びとなりました。
角氏:そんな状況ではメンバーを集めるのも大変だったのでは?
平田氏:スタッフの採用もバーチャルで行いました。CICの知名度が全くない、施設ができていない、見せられるものも何もないという中で。
角氏:うまくいく要素が見当たらないですね(笑)。でも最初に仲間集めをした時もそうでしたが、何か殺し文句は用意していたのですか?
平田氏:「手伝ってください」だけです。この方にはぜひ、同じチームで仲間になって欲しいという人には、事あるごとに「今だよ、今だよ」と声を掛けていて、そうやってキーになる人間を集めました。
角氏:CIC Tokyoがオープンしてからはどのようなことがありましたか?
平田氏:実は私の肩書は当初ベンチャー・カフェのプロジェクトマネージャーで、契約もCICがオープンするまでだったんですね。私自身施設運営の経験もないし、開設後はここで貢献できることはないと思っていました。そんな折にティムから「セールスをやって」と言われたのですが、セールス経験がないので逡巡していたんです。それで会長の梅澤に相談したら、「いやいや、今まで色々売ってきている。ベンチャー・カフェもそうだし、CICで仲間を集いたいという入居者を集めるのもコミュニティに参画する人を呼び込むということだから大丈夫」と、背中を押してくれたのです。私としても、せっかく乗りかけた船だし開設してからどう回っていくのか見届けたいという思いもあったので、引き受けることにしました。
角氏:梅澤さんの仰る通りですよ。それで実際にはどうやってオフィスを売っていったのですか?
平田氏:最初は全部イメージ図で、バーチャルで売るという状態でした。
角氏:何と!そんな状態で売れたのですか?
平田氏:今、こんなにたくさんの人がいらっしゃいます!
角氏:さっきまでの自信無さ気な姿とは全然違うじゃないですか(笑)。何で売れたと思います?
平田氏:コミュニティの中での口コミやご紹介があって、それがCICらしい広がり方でもあるし、実際に強いリードになっていますね。後は私自身もこれまでに一生懸命、スタッフはじめ入居を検討される方に対してCICの存在意義を伝えてきました。起業家支援、エコシステム、ネットワーキングの機能を備えていて、長屋のようなで繋がりでいろんな人が夢を手助けしてくれる、力を分け与えてくれるような場所にするということを、何度も何度も伝えたし、開業してからも100回近いイベントに出てアピールもしました。
角氏:この時期にイベントを開くのは大変では?
平田氏:本当に何もかも逆行していましたよね、オフィスに来るなという時にオフィスを売り始め、イベント集客もしたので。でもその結果、オンラインとオフラインのハイブリッドモデルのイベント運営ができている国内トップクラスのイベント施設になれたと思います。
角氏:ただ、最初の入居者を獲得するときは苦労されなかったですか?
平田氏:そこは、ベンチャー・カフェのコミュニティがあったことが大きかったですね。最初は正攻法でコミュニティを中心にアプローチしました。
角氏:先行して取り組んでいたベンチャー・カフェの価値が皆さんに根付いていたから、最初のユーザーの方々もジョインしやすかったのでしょうね。あとは平田さんのキャラも大きいと思いますよ。今日初めてお話させていただきましたが、ベンチャー・カフェを盛り上げていた姿が想像できますし、人を引きつけますよね。「この人と仕事してみたい」と思わせるものがありますよ。だから平田さんが口説いてきたら、みんな断れないのだと思います。お願いする力のようなものが凄いんです。
平田氏:“お願い力”って凄いスキルかもしれないですね(笑)
角氏:だから、多分セールスは天職じゃないかなと。ベンチャー・カフェのイベントにしても、参加する方々はその場所に参加するための労力と時間というコストを払っているわけです。だからイベントを売っているということになり、なおかつそれを当初の計画より何十倍も売っている訳ですから、それはティムさんもセールスを任せたくなりますよ。
平田氏:その部分を切り取っていただいたら、そうかもしれませんね。
角氏:最後に今後のCICの展望や取り組みについてお聞かせください。
平田氏:そこはまさに今悩んでいるところですね。実は、CIC Tokyoも立ち上げ期を経て、いわば“離陸”の時期にあると考えています。そのような中で、現在はコミュニティの担当GMとして、まずはローカライゼーションと、CICのスピリットを日本の文化の中でどう広げていくかに、試行錯誤をしながら取り組んでいます。CIC Tokyo内のコミュニティには、入居者のコミュニティと、イベントに代表されるAIや宇宙など特定の切り口で形成される興味関心ベースのコミュニティがあるのですが、双方をどう混ぜ合わせながらうまくネットワークさせていくのかがCICならではのコミュニティ運営管理の醍醐味であり、それをどう日本でうまく回していけるかが重要になると思っています。そこで今実際に気を付けているのは、人との毎日のコミュニケーションや、皆様の動作ですね。
角氏:動作?
平田氏:たとえば、私はCIC Tokyoのキッチンエリアでずっと人の動作・動向を観察しているんです。そこは話しかけたい時に1番のスポットで、待っている間は「話しかけるタイム」なんです。飲み物が出てくるまでの20〜30秒間に話しかけて、拒否されればそのまま分かれる別れることができますし。ただ私はできても、クライアントさん同士でうまくコミュニケーションができない。だから、偶発性を誘発するこの瞬間の仕掛けを作ることにスタッフは腐心しています。知人同士では会話がありますが、知らない人たちとの会話の偶発性を生み出したいのです。
角氏:平田さんだったら、まずどう話しかけます?
平田氏:何でもいいんです。ただ「今日寒いですね」とか、答えやすい質問をします。
角氏:相手にとって回答コストが低いものですね。
平田氏:そこで表情を見て、忙しそうだったらもう話しませんし。ただ、ここの建築デザインは、何度も会うように作られているんです。偶発性を誘引するデザインになっているので、2、3回目が合うと何か話しかけたくなっちゃうんですよね。それが1週間に2回ぐらいになってくると、「実はこんなことをやっているんだけど」と仕事の話になってくる。
角氏:出会いを作るための様々なトラップを作っているのですね。凄く納得できました。特に、相手の回答するコストが低い質問を投げかけるのは、鉄板のやり方だと思います。僕もイベントの際、最初に「どこから参加していますか?」みたいな簡単な質問を投げかけるんです。それで一度答えてくれるとそれ以降も答えてくれるんですよね。
平田氏:今の日本には、元気に仕事をして楽しいと思えて、夢を語れる場所が必要だと思います。社内でも何か言う前に押し殺されてしまう空気がありますし。CIC Tokyoには、「私はこれがやりたい」と声を挙げれば、できなくても助けてくれる人が絶対にいるので、そのような方々には是非仲間になって欲しいですね。そして、CICは他の場所に展開する予定もあり、東京に限らず、日本各地に広げていくことができればと考えています。
角氏:日本中にCICが広がっていけば、国内GDPの統計値にもどんどん影響が出てきそうな気がします。本日はありがとうございました!
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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