あらゆる産業でDXやデジタル化が叫ばれるなか、食という領域においてもそうした動きは近年ますます活発になってきている。本誌CNET Japanが2022年10月24日から11月2日までオンライン開催した「FoodTech Festival 2022」では、「日本の食産業に新風をおこすフードテックの先駆者たち」と題し、国内外で「フードテック」の先端を走る各社に登壇いただき最新の動向を明らかにした。ここでは、世界初とする味付け用のキッチン家電「colony」の開発を手がけるルナロボティクスのセッションの内容を紹介する。
自宅のキッチンを見渡せば、炊飯器、コンロ、トースターに電子オーブンレンジなど、さまざまな調理用のキッチン家電が並んでいる。ただ、そのどれもが料理の大事な2要素とされるもののうち、基本的に「火加減」(熱)のみを取り扱うことに気付く。料理のもう1つの要素「味付け」を全自動で行うようなキッチン家電はまず見当たらない。ルナロボティクスの代表取締役である岡田氏は、同社が開発している「colony」が、まさにその「味付け」を可能にする世界で初めてのキッチン家電だと強調する。
「colony」は、料理の味付けのための調味料を作れる調味料プリンターとでも言うべきデバイスだ。30cm四方のキューブ状のハードウェアには、19種類までの基本となる調味料が液体または粘体の状態で格納されている。
専用のアプリをインストールしたスマートフォンやタブレットなどからメニューを選ぶことで、データ化された味付けをインターネットからダウンロードし、それに基づいて内部の調味料が適切に混合され、出力される。あとはそれを食材と一緒に混ぜ込んだり、煮炊きするだけで料理ができあがるという寸法だ。
元々は料理人だったという岡田氏。調味料プリンターの発想は、その料理人時代の経験からきている。将来的な独立を目指して老舗中華料理店に入ったとき、メニューとしては異なる料理でも、使用する調味料には共通するものが多く、使う食材が違うだけで全く同じ味付けのものも少なくなかったのだとか。
基本は「塩をベースに、甘い、辛い、酸っぱい」という味付けがあり、そこに料理ごとに異なる「素材、香り、旨味」が加わる形だ。その素材、香り、旨味という3つのどれかを変えるだけで味わいが変わり、「たとえば素材を変えるだけで同じ調味料でも100種類のメニューができる」ほどだという。
さほど種類の多くない調味料を組み合わせるだけで多様な料理を生み出せることに気付いた同氏は、調味料を作り出すデバイスの開発を思い立ち、2018年に起業。「月でおいしいご飯を食べられるようにするロボットを作りたい」との思いからルナロボティクスという社名でスタートを切った。
現状、「colony」は製品版としてのデバイスが出来上がったばかりで、企業向けの提供を始めつつある段階。一般消費者向けの販売は当面予定していないが、企業からはすでに多くの引き合いと製品に対する要望が寄せられている。
たとえば日本の食材を海外に販売している多数の海外拠点をもつ商社では、従来は各拠点に知識をもつ人を派遣して食材の味付けを現地の人に教育・指導している。しかし「colony」があれば味付けのデータを作って送るだけで済み、人材派遣や教育のためのコストを省くことができるとして、高い関心を示されているという。
また、起業からわずか半年で、JAXAなどが主導する宇宙での食の課題解決に向けた取り組み「SPACE FOODSPHERE」にも、誘われる形で参画するに至った。今後の宇宙開発においては、2040年に月に1000人、火星に100人が居住しているという想定もされている。しかし、そこまでの人数が居住して食事するとなると地球からの物資供給だけでは間に合わない。
現時点で月面では米、大豆、サツマイモ、ジャガイモ、レタス、トマト、キュウリ、イチゴの8種類を栽培できるとしているが、半年間以上滞在するなかでそれだけで1日3食を賄おうとすれば、どうしても飽きがくる。そこで「調味料プリンターによる味変でいろいろなバリエーションの食体験を提供できれば飽きにくくなる」として、「colony」への期待感は強い。
「colony」はそのような「味のテレポーテーション」ができるだけではない。いずれ一般家庭にも広く普及することになれば、プロの味を家庭でも簡単に再現できるようになるし、両親の料理の味付けを定量的に計測してデータ化しておけば、親元を離れていてもいつでもその「家庭の味」を再現できるだろう。あるいは、長期の遠方出張などで家族と離れて暮らしている場合でも、自宅の家族が作った味を出張先でダウンロードし同じ料理を再現して食事する、といったことも可能になる。
料理が不得意な人は、既存の味付けデータをもとにカスタマイズして、自分なりの味付けを作り出すという使い方もできる。また、岡田氏によると、レストランの料理人はその本人に技術が依存するために「厨房から離れられない」のも悩みになっている。しかし、その料理人の味付けを「colony」で再現すれば、他のスタッフに任せて「厨房から解放される」ことにもつながる。
さらに、岡田氏は「colony」を軸にしたプラットフォームを展開することも考えている。たとえばアイドルが考えた味付けをデータ化してオンラインで販売することで、ファンの人たちと同時にアイドルの手料理と同じものをリモートで味わえたりする。世界中の料理人が、味付けのデータ販売をするプラットフォームとして活用する可能性も大いにありえるだろう。
プラットフォーム化という意味では、将来的にユーザーのプロフィールデータをもとにしたさまざまなサービスを提供していくことも岡田氏は検討している。
身長、体重、アレルギーの有無、宗教、持病などをユーザーの情報を登録することで、健康面からおすすめのメニューを表示したり、思想面から口にしてはいけない調味料や料理をメニューから自動的に省いたり、といった仕組みを作ることができる。
「colony」というハードウェアに関連付ける形で、料理レシピやデリバリーサービス、ECサイトを通じた食品などの販売、ボディメイクや健康維持のための情報サービスの提供にも広げ、「世界初の食のプラットフォームを作りたい」と意気込む。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という「人の五感すべてを感動させられるのは世の中で料理人だけ」であり、「それができるデバイスはcolony以外にまだない」と言い切る岡田氏。今のところは企業向けの展開を優先しており、価格が1台200万円以上と高額なのが課題の1つではあるが、量産体制が整えば低価格化も可能と見込んでいる。いずれ一般向けの販売が始まる頃には、今あるキッチン家電と遜色ない値段で手に入ることに期待したい。
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