AIとロボットによる生命化学実験の飛躍的な効率化を目指すエピストラは10月28日、創業時から神戸医療産業都市(KBIC)で進めてきた再生医療分野での研究開発における世界初の成果と今後の予定を発表した。
これまで熟練の培養技術者にしかできなかった、短期間で細胞を増殖させる技術の実用化の見通しなどを明らかにした。
エピストラは、産総研技術移転ベンチャーで安川電機の子会社であるRBI(ロボティック・バイオロジー・インスティテュート)の情報チームがスピンアウトして、2018年に創業。AIを活用して再生医療やバイオ医薬品などの製造工程を最適化するソリューション「Epistra Accelerate」を提供している。
自動実験計画AIと呼ぶ、ベイズ最適化技術をベースとした独自アルゴリズムを実装するAIを活用し、少ない試行回数で生命科学実験の最適条件を発見できる。ライフサイエンスの問題を解くために強化しており、高次元、高ノイズ、高コストといった問題を解決できるという。
エピストラは2018年、理化学研究所(理研)の網膜再生医療研究開発プロジェクトで共同研究を開始。2019年には神戸市と米国シリコンバレーの投資ファンドが共同で実施する起業家育成事業「500 KOBE Accelerator」に採択され、KBICにある神戸アイセンター病院と共同研究を開始した。2022年にはそれぞれの共同研究での成果が国際論文誌に採択されている。
1つ目の成果として、Epistra Accelerateと細胞培養ロボット「まほろ」を組み合わせ、再生医療に不可欠な細胞培養の自動化に成功している。
細胞培養は対象や条件が複雑なためマニュアル化が難しく、高品質の細胞培養は匠と呼ばれる数少ない熟練の培養技術者に依存していた。自動化を進めたくても臨床グレードのプロトコルを再現するのは難しく、暗黙知の部分も少なくないという。ロボットに移植した後にその動きを約1カ月かけて匠が目視で監修しても、再現できなかったとしている。
そこで、AIを用いて自律的試行錯誤するロボットを開発。細胞培養の手順で重要な7つのパラメータで最適値を探索し、1サイクルあたり48条件を3つのサイクルで計144条件を試行するなどで写し取りに成功したという。目標の結果を出すとともに、発表論文も採択されている。
この成果は再生医療の発展に貢献しただけでなく、細胞培養者を時間の拘束から開放。新たな研究ができる余裕を生み出せたことも大きく評価されたという。
2つ目の成果は、再生医療の成果を客観的に評価する技術の確立だ。神戸アイセンター病院で行われているiPS由来網膜細胞の治療において、数年かけて行われる細胞移植の効果を検証するソフトウェアを深層学習で開発。正確で安定した診療のサポートや、研究者の負担の軽減が期待されている。
エピストラ 代表取締役 CEOの小澤陽介氏は「AIとロボットを組み合わせる研究開発は世界で増えつつあるが、特に高い精度と信頼度が求められる再生医療の細胞培養で成果を出せた意義は大きい。今回は網膜細胞だが、今後は対象となる細胞の種類も拡げていく」と述べた。
理化学研究所 バイオコンピューティング研究チームでエピストラの共同創業者である高橋恒一氏は、「今回の成果を出せたのはKBICで再生医療の研究を進める高橋政代氏ら専門家の協力によるところも大きい。再生医療の研究開発に求められる複雑で精緻さが要求される実験を再現できるロボット技術は日本が得意としており、いち早く実用化を進めることで神戸のバイオクラスターの求心力にもつなげたい」とコメントする。
小澤氏は「ビジョンケアはKBICと連携しながら産業シーズと実用化を進めるが、将来的には網膜以外にも神経細胞や心筋細胞など他の細胞への技術応用も検討している」と加えた。
エピストラは2022年、島津製作所との共同開発を発表。材料科学などの医療以外の分野へビジネスを幅広く拡げることも目指しており、すでに10社以上が同社のソリューションを導入しているという。
今後は、2022年度に新しくKBICに開設された理研のロボティックバイオロジー・プロトタイピングラボを活用し、AIを用いた細胞の品質評価、制御方法などの開発を目指すという。ビジョンケアをはじめKBICに集積する350以上のさまざまな企業や研究機関と共同しながら、再生医療を含む生命科学の産業化を推進していく。
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