プレゼン成功のため「あえてやらなかった10のこと」--第3回:共感を求めない

西野誠(Oh my teeth)2022年06月16日 08時30分

 起業家をはじめ、自社の商品、サービスを提案することが多いビジネスパーソンにとって、プレゼン力は重要なスキルだ。しかし、どんなに自分たちの事業やサービスについて熱を込めて話しても、相手に響かないことがある。

 ここでは、2019年に歯科矯正サービス「Oh my teeth」を共同で立ち上げ、Onlab第21期「DemoDay」最優秀賞&オーディエンス賞。ICC FUKUOKA 2022「D2C&サブスクカタパルト」(ピッチの動画はこちら、ピッチの資料はこちら)で優勝した僕が、ピッチ準備で使ったフレームワークや、あえてしなかった10のことを複数回に分けてお伝えする。

「第1回:優勝をKPIにしない理由」はこちら

「第2回:メンバーにアドバイスを求めない」はこちら

「プレゼンではつかみが重要」とはよく言うが、いいつかみとは具体的にどんなものだろうか。僕の場合、つかみで審査員の注目を集めるには共感してもらうことが重要だと考えた。しかし共感を求めるあまり“プレゼンのためのフレーズ”を準備してしまい、かえって説得力を欠くピッチになってしまっていた。

 連載3回目となる今回は、僕が当初準備していたつかみのスライドやフレーズを紹介し、どうアップデートしていったかを中心にお話しする。

8. 共感を求めない

 ピッチ大会では、審査員に自社サービスの良さをわかってもらうため、つい「共感」を得られそうな話やスライドを作りがちだ。僕もICCカタパルトのピッチ準備で共感を得られそうな文言を取り入れていた。

 しかし実は、「共感」させてはいけない。その理由を、具体例を踏まえて説明する。たとえば次のスライドは、当初用意していた“つかみ”と“クロージング”だ。

●つかみ(Before)

「人生100年時代。歯が重要。」
「人生100年時代。歯が重要。」

●クロージング(Before)

「我々は歯科版のJINSを目指します。JINSが古い眼科業界にテクノロジーを持ち込みメガネを民主化したように、我々は歯科矯正を民主化します!」
「我々は歯科版のJINSを目指します。JINSが古い眼科業界にテクノロジーを持ち込みメガネを民主化したように、我々は歯科矯正を民主化します!」

 一見、キャッチーで多くの人に共感を得られそうだが、大きな欠点に気づいた。共感を意識しすぎて、「ピッチのためのフレーズ」を作ってしまっていたのだ。その結果、以下のような事態に陥っていた。

  • 20代の僕に「100年時代。歯が重要。」と言われても説得力がない
  • 「歯科版JINS」ではOh my teethとして何を目指したいかがわからない

 悩んだ末、それぞれ次のように変えた。

●つかみ(After)

「実は、僕は昔から歯医者が本当に苦手でした。
何度も通わないといけない。予約しても待たされる。現金のみ」
「実は、僕は昔から歯医者が本当に苦手でした。 何度も通わないといけない。予約しても待たされる。現金のみ」

●クロージング(After)

「そしてこのロゴマークのとおり、みなさんにOh! と驚く体験を提供していきます!」
「そしてこのロゴマークのとおり、みなさんにOh! と驚く体験を提供していきます!」

 何が変わったのか。それは、「借り物の言葉」から「自分たちの言葉」になったこと。こうしたことで、結果的にピッチを見てくれた審査員からも「西野さんの根から出る『本当に歯科業界を変えたい』という想いが伝わった」「応援したいと思った」というコメントを得られた。

 フレーズを考える上で参考にしたのは、「100%共感プレゼン」(ダイヤモンド社)の著者である三輪開人氏が紹介されていた「3つの物語」や、デロイト トーマツ ベンチャーサポート 代表取締役社長の斎藤祐馬氏が提唱されている3つのストーリー「my story」→「our story」→「now story」だ。

●my story/「私」の物語

僕は歯医者が苦手だった。予約していたのに待たされる。現金しか使えない。

●our story/「私たち」の物語

現金→キャッシュレス。固定電話→ガラケー→スマホへの変化。

●now story/「今」の物語

あらゆる体験がスマートになった時代。歯科体験も変わるべきではないか?

 クロージングでは、Oh my teethの原点に立ち返った。

クロージングで使ったスライド。上で紹介した『100%共感プレゼン』著者の三輪氏から「本気で望んでいるかどうかが重要」というアドバイスを受け、最後は小技を仕込むのではなく、サービスの原点に立ち返った
クロージングで使ったスライド。上で紹介した『100%共感プレゼン』著者の三輪氏から「本気で望んでいるかどうかが重要」というアドバイスを受け、最後は小技を仕込むのではなく、サービスの原点に立ち返った

 ピッチのために作った“借り物の言葉”ではなく、日頃から使っている言葉やフレーズを使うことで、結果的に審査員の共感を引き出せたのではないかと感じている。

9. 資料もプロダクトも「配布しない」

 こんな経験はないだろうか? 大学の授業で手元に資料が配られ、それを眺めているうちに教授の話が終わってしまっていた……。

 これはピッチでも起こり得ること。審査員がプロダクトに気を取られて、こちらの話への集中を阻害してしまうのだ。「プロダクトを配布しない」のは、テクニックとして有効だ。とはいえ僕も、矯正用マウスピースはぜひ審査員の手に取ってもらいたいと思っていた。

 では、どうしたのか。実際に矯正キットを開けてもらう「タイミング」を工夫した。ピッチがはじまる直前に、司会者の方を通じて「まだケースは開けずに、プレゼン中に開けてご覧ください」とお知らせしたのだ。マウスピースを手に取ってもらうときは、重要な話はせず、ライトな話題でつないだ。そして、ピッチに戻るときに意図的に視線をこちらへ移してもらうことを意識した。

 審査員がマウスピースケースから取り出して、無事にひと笑いもらえたことを確認したところで「はい、マウスピース矯正で重要なこと…」と次の話題に移ったのだ。こうすることで、プロダクトでサービスイメージを膨らませつつ、大事なことが伝わらないリスクを回避した。

10. 流暢に話さない

 ここまで「つかみは重要」という話をしてきたが、実は、本番でつかみを言い間違えてしまった。「実は、僕は歯医者が苦手でした」と言うところ、「実は、僕は歯医者が嫌い……」と途中まで言ってしまい、「苦手」と言い直したのだ。

 しかし、後日VCの方から「あれ(言い間違い)があったから、より思いがリアルに伝わってきた」と言われた。たしかに、最初から最後まで淀みなくピッチを終わらせるよりも、ちょっとつまずく部分があったほうが、人間味や情熱が伝わるのかもしれない。特に今回のピッチはテーマに「エモ」要素も掲げていたため、これは思いがけない効果だった。

 とはいえ、ピッチでわざと間違ったり噛んだりは流石にできないだろう。たとえば熱量を込めるパートを決めておき、その部分はスライドノート(カンペ)すら消しておくのもおすすめだ。

逆に「CPAは業界相場の8分の1、8分の1です」「で、この秘密はGoogle検索」の部分。こういったパワーワード含むパートは一言一句暗記するレベルまで練習した
逆に「CPAは業界相場の8分の1、8分の1です」「で、この秘密はGoogle検索」の部分。こういったパワーワード含むパートは一言一句暗記するレベルまで練習した

本番直前にやらなかったこと

練習しない

 本番直前は、不安になるものだが練習は一切しなかった。ギリギリまで練習しているとスライドも延々といじりたくなり、かえってピッチの安定性を失うからだ。直前に練習をしない代わりに、ほかの登壇者のピッチをひたすら聞き、自分のつかみと似通っていないかなどをチェックしていた。実は、万が一、ほかの登壇者と印象がかぶっていたときのため、事前にいくつかパターンを用意しておいたのだ。

用意していた“つかみ”のバリエーション。A/Bテストのように試した
用意していた“つかみ”のバリエーション。A/Bテストのように試した

 これによって、かなり安心感を持って本番に臨めた。ピッチは相対評価。事前準備によって、当日に「自分以外の要素」で印象ダウンしてしまう恐れをなくせる。これから出場する人は、意識して損はないと思う。

アプリを起動しない

 本番中は、プレゼンソフトである「Keynote」以外のすべてのアプリを終了させ、Wi-Fiもオフに。ピッチ中にアプリの通知が来てしまったり、アプリのせいでPCがフリーズしてしまったりしたら、ここまでの努力が水の泡だからだ。

ICC当日のSlackのスクリーンショット。こんなふうに応援してくれていたのなら、直前少しだけでもSlack見ておけばよかったな……とちょっと後悔(苦笑)
ICC当日のSlackのスクリーンショット。こんなふうに応援してくれていたのなら、直前少しだけでもSlack見ておけばよかったな……とちょっと後悔(苦笑)

7分間のピッチに2週間を投資


 僕はたくさんの方々のご協力のおかげで、ICCカタパルトでリベンジ優勝を果たせた。ここでピッチ準備に協力いただいたすべての方に、改めて感謝したい。ICCカタパルトで優勝したことで、今後の店舗展開につながるお話や、出資を含めた事業連携のお話もいただけた。7分間のピッチに2週間を投資した甲斐があったなと心から思っている。

 また、メンバーとOh my teethのビジョンを再共有できたのも、ピッチに参加してよかったことの一つだ。これはまさに僕のことだが、普段からメンバーに熱くビジョンを語ることが苦手なタイプの起業家は一定数いるだろう。そのような人にこそ、ピッチ大会に出ることをおすすめしたい。

 ピッチをメンバーが見ることで、ビジョンや会社の向かっている先を再認識してもらえる。僕自身、出場したことでメンバーのモチベーション向上にもつながったと強く実感している。




西野誠

Oh my teeth 代表取締役CEO(Twitter

1994年生まれ。学生時代に物流スタートアップ「オープンロジ」にて創業期を経験。新卒でワークスアプリケーションズに入社し、大規模基幹システムの開発業務に従事。2019年10月、Oh my teethを共同創業。代表取締役CEOに就任。日本初の歯科矯正D2Cブランド「Oh my teeth」をローンチ。Onlab第21期「DemoDay」最優秀賞&オーディエンス賞。ICC FUKUOKA 2022「D2C&サブスクカタパルト」優勝。



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