シリコンバレーで起業する(3)--チーム構築から新事業立ち上げまでとこれから

 世界65カ国450都市で、ホテルやコリングスペースなどを賃貸サービスとして貸し出す「Anyplace」を展開するAnyplaceのCEOである内藤聡氏。シリコンバレーで起業し、2021年に始めた新サービス「Anyplace Select」が米国で稼働率96%という好業績を記録しているが、「事業がなかなか軌道に乗らず、ピボットを繰り返していた」時期もあったという。第3回では、事業の立ち上げから会社としてスケールしていった現在までを振り返ってもらった。

Anyplace CEOの内藤聡氏
Anyplace CEOの内藤聡氏

第1回「英語も話せない。お金も友達もいない」渡米から事業立ち上げまで」はこちら

第2回「ピボットの繰り返しからビジネスアイデアを掴むまで」はこちら

会社としてスケールしていくフェーズへ

 「引っ越しは面倒」という実体験による気づきから立ち上がったAnyplaceは、エンジェル投資家として知られるジェイソン・カラカニス氏からの資金調達を得て、会社としてスケールしていくフェーズに入る。「事業開始から約半年で投資を受けて、私とCTOである田中(田中浩一氏)の2人だけだった会社から、人を雇えるようになった。その時に決めたのは、会社のトップとして組織を作っていこうということ。それまでは自ら物件の獲得に行ったり、掲載をしたりといった実務も担っていたが、これからはトップとしてやるべきことに集中していこうと決めた」と自らの立ち位置を改める。

 こう決めた背景には「いつまでも自分で実務をやっていては会社がスケールしない」という思いがあったから。「自分でやったほうが早い、うまくできると思ってしまいがちだが、それでもスタッフに任せないと成長はできない。役割を分担することで会社の進みを早められる。スタッフを信じて任せて、しかしサポートは欠かさず、そうしながら実務を渡していくことが大事」と重要性を説く。

 同時に内藤氏自身の意識も変化する。「自分の言動や振る舞いには気を配るようになった。トップの行動を会社のスタッフは見ているし、自分の話したことがAnyplaceの言葉としてうけとられてしまうため、今まで以上に気をつけるようになった」と役割の変化を話す。

 会社としての組織を強化すると共に、事業規模も拡大していく。現在Anyplaceは、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンディエゴなどの米国の都市に加え、パリ、ロンドン、ポルトガルなど世界各地に拠点を構える。

 営業にはオンラインミーティングツールとドキュサインなどを活用。「コロナ以前から営業もオンラインで完結するような形を採用している。物件の獲得なども電話で行っているが、ここでもLinkedInを使っている」と説明する。「つながりのない企業へのオファーは、意思決定権をもつ人になかなかたどり着けないのが実情。そこで、LinkedInのプロフィールから連絡してみるとつながったというケースがある。英語圏では特に有効な手段」と採用同様にLinkedInを役立てる。

 ハードルになったのは知名度だ。「リモートワークが浸透している地域、ノマドワーカーが多そうな場所をピックアップしながら拠点を広げていったが、物件を借りる交渉をするときに『どんな会社がわからない』と敬遠されてしまうところ。ちゃんとした会社であること、怪しい企業ではないことを伝える部分が大変だった」と振り返る。

 交渉する際には、今まで獲得してきた物件数を挙げたり、ユーザーレビューを見せたりして、とにかく実績を見せていたという。一方、日本国内においても物件の獲得や資金調達を進めるが、こちらでは「インタビューなどメディアに登場にして、Anyplaceを知ってもらうことが後押しになっている部分がある」と言う。

 チームの形成や拠点の拡大など、順調に成長し続けるように見えるAnyplaceだが「上手く行かなかったことの方が多い。スピードや拠点数など、なかなか方針通りにはいかなかった」と話す。しかし、2021年には、リモートワークに特化したサービスアパートメント「Anyplace Select」を開始。新たなビジネスモデルを打ち出す。

Anyplace Selectのワークスペース。広いデスクや長時間座っていても疲れにくい椅子、ディスプレイなどリモートワークに必要なツールをそろえる
Anyplace Selectのワークスペース。広いデスクや長時間座っていても疲れにくい椅子、ディスプレイなどリモートワークに必要なツールをそろえる

 「コロナの影響もあり、2020年以降急速にリモートワークが進んだ。ホテルなどの宿泊施設もリモートワーク用の部屋を用意するなど対応はしていたが、いわゆる『仕事ガチ勢』は大型モニターを持って移動していて、ユーザーニーズとサービス内容にギャップがあるなと。このギャップこそチャンスだと思った」と、一気に立ち上げに向け動き出す。

 「Anyplace自体は物件内容を変えられないので、だったら新しい形のビジネスをしようと、物件を探し、リモートワーク用デスク、チェア、外部モニター、ウェブカメラなどをそろえていった」とスピード重視でスタート。「小さく始めるというのはすぐにできるということ。うまくいったらどんどん拡大していけばいい」と今まで手掛けてきた事業で培った「小さく始めて、すぐにスタート」を実践する。

「やっていてよかったなと思うのは本当に一瞬(笑)」

 現在でも旺盛な需要を受け、売上を伸ばしているAnyplace Select。「同様のビジネスを手掛けている人がいなかったというのがポイント。誰よりも早くニーズに気づき、実行に移せたのがよかった。これは日米問わず、あらゆるスタートアップに共通することで、チャンスがあったら、すぐに動くことが大事」と振り返る。

 「スタートアップの立ち上げは大変なときのほうが圧倒的に多くて、やっていてよかったなと思うのは本当に一瞬(笑)。でもその瞬間があるからこそ、続けられる。Anyplace Selectは、今までにない新しいビジネスを作れたという思いがあり、お客様にも喜んでいただけていて、価値のあるサービスを提供できているという実感がある。これはスタートアップのファウンダー冥利につきるというか、スタートアップをやっていなければ体験できなかったこと。新しく価値があるビジネスを提供できると会社全体もすごく活気がでてきて、メンバーも楽しそうに仕事をしてくれる。実際、急激な需要増に対応するために営業担当者が物件獲得に動いてくれたりと、今までの業務と違う仕事まで手を伸ばさざるを得ないようなこともあるが、それもすごく楽しそうに請け負ってくれる。会社としても勢いが出てくるのは、嬉しいし、楽しい」と事業の成長は会社に良い影響を及ぼす。

 単身で渡米し、試行錯誤を繰り返しながら事業を立ち上げ、さらに拡大路線へと舵を切った内藤氏。社名であるAnyplaceは「一言で事業を表せるシンプルな単語にしたかった。かつ『A』からはじまることで、数社が並んだときに一番最初に出てくるのが得だなと思って(笑)」と思いを込める。

 これからシリコンバレーで起業を考える人たちに向けてアドバイスを聞くと「やり続けることが成功率を上げるポイント。たとえ今の会社が上手くいかなくても次の会社を始めるときに経験が残る。1社で成功できたらそれが一番いいが、上手く行かなくてもやり続けることが大事。10〜20年かけて大きなものを作るという姿勢でやることが一番重要」と継続する大切さを説く。

 今後は「Anyplace Selectを世界中に広げていきたい。世界中を旅する暮らしというと、以前は『リタイアしてからの夢』のようなイメージがあったと思うが、今は働きながらできる時代。ワーケーションというと、外部モニターがなくても我慢したり、ウェブカメラの性能が悪くてもそのまま仕事してしまったりと妥協することが多かったと思うが、Anyplace Selectがあれば、仕事環境を妥協せずにワーケーションができる。こうした場所を世界中に増やしていきたい」と意気込む。

 渡米からシリコンバレーでの起業、事業拡大までを振り返ってもらったが、内藤氏が折りに触れ話してくれたのは「諦めないこと、続けること」だ。試行錯誤を繰り返しながら続けてきたシリコンバレーでの起業は、事業拡大という新たなターニングポイントを迎え、さらなる成長を遂げていく。

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