メガネの国内生産量9割を誇り「めがねの街」と知られる福井県鯖江市が、新たに“ものづくりの現場”が見られるワーケーションプロジェクトを開始する。コロナ禍が収束するタイミングを見計らって第1弾の参加者を募る予定だ。
メガネの街と聞くと、ワーケーション先として魅力を感じない人もいるかもしれない。しかし、実は鯖江はメガネ以外にもさまざまな魅力を持った地域だ。たとえば、行政オープンデータを活用したオープンガバメントの先進地でもあり、地元の女子高生(JK)がまちづくりを行う「鯖江市役所JK課」など、自治体と学生との連携が深い地域でもある。
また、鯖江は名だたる企業が注目している地域であり、優秀な学生が交通費を自腹を払ってでも地域活性化プランコンテストに参加しにくる地域でもある。こう聞くと、鯖江でのワーケーションに興味が湧いてくるのではないだろうか。
そこで、鯖江市地域活性化プランコンテストや、Hana道場の運営に携わっているNPO法人エル・コミュニティの代表・竹部美樹氏に、鯖江市での取り組みや、新たに開始する「ものづくり研修ワーケーション」について話を聞いた。
鯖江市には、大手企業やIT企業がスポンサーを務めるIT×ものづくりの拠点がある。それが、「Hana道場」だ。Hana道場は、PCやレーザーカッター、3Dプリンターなどの機器などが設置され、プログラミングを学んだり、最先端の機器を利用したりできるスペースだ。4歳から70歳を超える高齢者まで幅広い世代がHana道場を訪れ、イベントやワークショップ・研修に参加している。スポンサー企業は、機器の提供や、研修・イベントの協力などを行っている。
後述する、全国から集まった大学生と地元の高校生が鯖江の未来を創造する「鯖江市地域活性化プランコンテスト」にも、総務省・経済産業省・観光庁などの後援に加え、SAP・KDDI・NEC・Lenovo・伊藤園などの大手企業をはじめ合計60社ほどが協賛・協力。これだけでも、多くの企業が注目をしていることが伝わるだろう。
なぜ、鯖江市にこれほど企業の注目が集まるのだろうか。竹部氏は、企業に鯖江市を「実験場にしてほしい」と伝えているという。「鯖江市の強みは、全国に先駆けてリスクを怖れず新しいことに挑戦すること。だからこそ鯖江市から地方創生モデルがいくつも生まれている。企業からすると、鯖江でモデルを作って、全国に展開していくことができる。他の自治体ではできない受け入れができることが強みではないか」(竹部氏)
ドイツに本社を持つ業務ソフトウェア大手のSAPは、Hana道場の開設時から支援を行い、鯖江市の地方創生に積極的に関わっている。過去には、鯖江市役所JK課からの「図書館の空き机がリアルタイムで分かるアプリをつくってほしい」という要望に対して、SAPが中心となって無償でアプリを制作したことがあるほか、毎年SAPとHana道場で大学生などに向けて経営シミュレーションゲームを開催している。2021年には初めて中高生向けにも開催した。
こうした背景にはCSR活動の一環という側面もあるが、世界のロールモデルをつくる狙いもある。鯖江市の人口は7万人弱。7万人規模の都市は世界中でも多く、また、トライアンドエラーもしやすい規模であることから、鯖江市でのオープンイノベーションによる課題発見とプロトタイピングを繰り返すことによってモデルケースを作っている。
鯖江市には「鯖江市地域活性化プランコンテスト」に参加するために学生も集まる。鯖江市地域活性化プランコンテストは「市長をやりませんか?」をキャッチコピーとした未来創造型のコンテストだ。竹部氏が2008年にプロジェクトを立ち上げ、これまで14回開催されている。このコンテストは交通費も賞金も出ない。だからこそ、モチベーションが高い学生が集まってくるという。
「鯖江のコンテストは課題解決型ではない。『社会課題や地域課題を解決しよう』という風潮があるが、大人が作った課題を若者に押しつけるようなことはしたくない。それよりも、どういう未来をつくっていきたいか、どういう街に住みたいか、という未来志向でアイデアを出し、そこからプランを考える未来創造型のコンテストにした」(竹部氏)
2021年9月に開催された第14回鯖江市地域活性化プランコンテストでは、早稲田大学、中央大学、神戸大学の学生がチームを組んだ「チームヒマワリ」の「メガネ婚」が最優秀賞を受賞した。8を横にするとメガネのような形になることに着目し、結婚8年目の夫婦をターゲットにし、8年目の記念に鯖江でメガネを作ってもらうというプランだ。
2011年には、メガネに関するギネス記録を更新するPRプランが出され、国内外から集められた2万2千個以上のメガネを使い、2011メートルの長さをつなげてギネス世界記録を達成した。鯖江市役所JK課も鯖江市地域活性化プランコンテストから出たアイデアだ。
学生が行政に参加できるハードルが低く、また、行政側も学生を無下にせず、むしろ学生が出したプランやアイデアの実現に取り組んでいることも鯖江の魅力だろう。
そんな鯖江市が街の強みを生かし、ものづくりの新たな可能性を学ぶワーケーションを準備している。「マナベ、アソベ、サバエ」をキャッチフレーズに、「世界の鯖江から学ぶ新価値創造型ワーケーション」というプランである。製造業でものづくりや新規事業の担当者などの参加を想定しており、都市部企業と地元の方々が交流することで新しい価値が地元に生まれる事や企業間のマッチングにより新商品開発、新事業創出に発展することがねらいだ。
プランの一例を紹介しよう。工場見学先のひとつである加藤吉平商店は、世界100カ国以上に「梵」ブランドを輸出している鯖江が誇る酒蔵だ。加藤吉平商店はIoT化が進んだ酒蔵であり、クラシックなどの音楽を聴かせて発酵させるなどユニークな取り組みもしている。この取り組みの様子などを現地で直に見られることが鯖江のワーケーションの魅力のひとつだ。
ほかにも、漆器の技術革新に取り組んでいる漆器店、世界的ブランドのメガネフレームを生産しているメガネ企業、世界のデザイナーから指示される最高品質とデザインを兼ね備えたリボンを生産している高島リボンなど、通常は見ることのできない地場産業の工場見学が予定されている。
また、ワーケーションでは鯖江市地域活性化プランコンテストのノウハウも生かされるという。
「鯖江市地域活性化プランコンテストで行ってきたデザインシンキングや、未来志向で考える思考法などのノウハウも生かしたワーケーションを予定している。また、メーカーに勤める人でもものづくりの現場を見たことない人は多いし、地場産業のものづくりの現場をこれだけ多く見られる機会はあまりない。鯖江市にとっても参加者にとっても有意義なワーケーションになるのではないか」(竹部氏)
今後もさまざまなワーケーション誘致を考えていると竹部氏は話す。ワーケーションなどで鯖江に来る人が増えることで、これまでとは違ったチャレンジも生まれてきている。たとえば、竹部氏もゲストハウスをつくるために新しく会社を立ち上げた。鯖江市では、ワーケーションを通じて新たな経済効果が生まれようとしている。
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