新規事業に失敗はつきもの--開発だけでなく「目標達成」にもアジャイルを

長村禎庸(EVeM代表取締役 兼 執行役員CEO)2022年02月18日 09時00分

 連載の第1回目では、大企業とベンチャーのマネジメントの違いから組織マネジメントのフレームワーク構築、目標設定方法について説明しました。第2回目では、新規事業に成長の芽である変革が起き、野心的な目標を設定した後に、実際にどのように目標を達成していくのかを解説します。

目標達成方法は「方針・KPI・重要アクション」で考える

 新規事業を立ち上げて野心的な「変革型目標」を設定した後、ではどのように山を登っていけばよいのでしょうか。目標の達成方法は「方針・KPI・重要アクション」の順番で策定します。次の図1をみてください。

図1
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 あるユーザー投稿型のレシピサイトがローンチしたとします。そして、「会員数10万人を達成する」という目標を掲げたとしましょう。

 目標を見ていきなりアクションを考えはじめてしまっては、無数のアクションアイデアにおぼれることになります。何が重要なのか、重要で無いかの判断がつかないのです。少ないリソースで事業を立ち上げていかねばならない新規事業チームに、余計なことをしている時間はありません。

 重要業績評価指標(Key Performance Indicator:KPI)から考える場合も同様です。会員登録率か、獲得経路別の会員数か、レシピの投稿数かーー何が重要なのかを、どのように判断すれば良いでしょうか?判断できず、無数の指標に溺れることになります。ここに方針を入れるとどうでしょうか?

方針例:初期のユーザーとなる人たちを集め、アンバサダーにすることでレシピサイトを拡散する

 そして、その方針を踏まえてKPIを作成します。KPIというのは、その方針が実現できているかどうかを量的に測定する指標で、方針がどの程度実現できているかを測るためのものです。

KPI例:アンバサダー数

 ここまで決まれば、アクションアイデアも絞り込めます。

重要アクション例:レシピ系の出版社とコラボイベントを開催しアンバサダーを集める

 このように、方針が決まれば、KPIも重要アクションもスッと決まります。KPIは他にもアンバサダー1人あたりの投稿数、などがありそうですね。アクションアイデアはこの他にもたくさんあるでしょうが、方針やKPIが決まることで、アイデアを出す範囲は限定されます。限定はされるのですが、どのようなアイデアを生めば良いのかの方向性が明らかなので、実は方針やKPIが無い時よりもアイデアが生みやすいこともポイントです。

 目標に対して「方針・KPI・重要アクション」の手順でその達成方法を考えることで、リソースが限られる新規事業チームでも目標達成に向かえます。

山を登るため、目標以外は変更する

 「方針・KPI・重要アクション」を考え、少ないリソースを真っ直ぐ達成に導くためのチームのアクションを整理しました。マネージャーはこれが実行できているかどうかを確認しながら、チームをあるべき方向に向かわせるのです。 

 しかし、それで終われば新規事業は苦労ありません。実際に「方針・KPI・重要アクション」を策定したとしても、新規事業ではこんなことが起こります。

課題例:「初期のユーザーとなる人たちを集め、アンバサダーにすることでレシピサイトを拡散する」ということを方針として考えたが、まだユーザー数が少ないレシピサイトでレシピを投稿、拡散してくれる人はそうおらず、当面集められそうにない

 皆さんならどうしますか?「はじめに決めたので、諦めずに集めよう」とこだわり抜きますか?

 私なら「ではその方針は変えましょう」とあっさり変えます。もし努力してなんとかなりそうなら粘りますが、「努力してもしばらく難しそう」、あるいは努力すればなんとかなるかもしれないが、「膨大な時間がかかりそうでかつインパクトも大きくはなさそう」と判断すれば、その瞬間に方針は変えます。

 何度も言いますが、リソースが少なく、かつ結果を問われるまで残された時間も少ない(スタートアップなら会社として存続できる時間も少ない、と言い換えられます)新規事業では、効果の薄い方針に費やす時間などないのです。はじめに立てた方針にこだわらず、難しいと判断すれば即座に決断して新たな方針を立ち上げる。これが新規事業では求められます。

 方針だけではなく、KPIやアクションも同様です。これらは目標達成をするための「手段」に過ぎません。難しいと判断すれば躊躇なく止め、別の効果的な施策を考え実行します。これらは悪いことではありません。「その方針では難しい」ということがわかったのです。

 答えが見えない新規事業では「何がダメなのか」という学習は貴重な財産になります。その方法では難しいということがわかったのですから、正解に一歩近づいたとも言えます。「早く決めて早く動いて早く失敗して早く学ぶ」これを繰り返しながら、残された少ない時間で正解を見つけるのです。

 極端に言ってしまえば、「目標以外は変えて良い」と思います。決めた「方針・KPI・重要アクション」に縛られすぎず、定期的に振り返ることで絶えず軌道修正をする。変更の頻度は、新規事業なら1週間で変えても問題ないです。まだ正解が見えていないこと、少人数なので頻度の高い変更に対応できること、これが新規事業チームの特徴です。むしろ柔軟に変えることに耐えられないとイノベーションのスピードが落ち、負けることになってしまいます。

新規事業を守る--情報を見える化する

 せっかく山を登りはじめていても大多数の新規事業は構造的に、企業のメイン事業の収益から成立していることが多いです。ゆえに、新規事業は良い意味でも悪い意味でも、早いタイミングでメイン事業の収益性と比較したきつい指摘が周囲から入るケースが多いと思います。

 メイン事業のないスタートアップであれば新規事業に集中できるのですが(集中するしか生き残る道がない)、メイン事業が強い企業では、はじめは期待して始めた新規事業も、しばらくして収益化が見えていなければ「これは何のためにやっているのか」と周囲から疑問の声が出始めます。

 もちろん、いつまでも待ってもらえるわけではないですし、待つべきものでもないのですが、新規事業は簡単に結果が出ないのも事実なわけで、見切りをつけるのが早過ぎては担当者も、そして何よりその企業も報われません。

 なぜ、その新規事業を止めたくなるのか。それは「見えない」からです。どうすればうまくいくのか?いつまで待てば良いのか?それらが見えないので、「これ以上続けても仕方ないのでは」と事業をクローズしたくなるのです。

 最終的にクローズの判断になるにしても、正しくクローズの判断をしてもらいたいところです。可能性のあるうちは、続けるべきだと思います。その可能性を示すためにも、「方針・KPI・重要アクション」は活用できます。下の図2を見てください。

図2
図2

 チームで「方針・KPI・重要アクション」を整理した表を作成し、「何をして、どんな失敗をして、そこから何を学び、今どんな仮説を持って何に取り組んでいるのか」の可視化をしてください。そして、そのことを頻度高くステークホルダー各位にわかりやすく説明してください。

「この事業、まだ可能性があるんです」
「でも売り上げ上がってないよね」

 担当者しかわからない感覚、売り上げや利益という結果でしか判断できない上司の理解、これらが修正されないなら、どんな可能性がある新規事業だってすぐに止めたくなります。大事なことは、「何をして、どんな失敗をして、そこから何を学び、今どんな仮説を持って何に取り組んでいるのか」これらの可視化と丁寧な報告です。

「この事業、まだ可能性があるんです」 → この感覚をきちんと可視化し、見える化してください。

「でも売り上げ上がってないよね」 → 売り上げや利益以外の判断軸を、うまくいきそうだという感覚を上司に正確に伝えてあげてください。

 無意味な延命のためではなく、新規事業の可能性を正しく判断できる組織になるために、必要な努力だと思います。

 新規事業が立ち上がり存続できたとして、順調に伸びたとします。ですが、どんな事業にも必ず“踊り場”が来ます。次回最終回は、その踊り場の乗り切り方についてお話できればと思います。

長村禎庸

株式会社EVeM 代表取締役 兼 執行役員CEO

2006年大阪大学卒、株式会社リクルート入社。
2009年株式会社ディー・エヌ・エーに入社。広告事業部長、(株)AMoAd取締役、採用マネージャー、経営企画マネージャー、PMIプロジェクトリーダー、(株)ペロリ社長室長兼人事部長など、さまざまなチームのマネージャーを担当。
2017年株式会社ハウテレビジョンに入社。取締役COOとして、管理部門以外のすべての部門を統括。停滞する業績を急成長させ、2019年同社を東証マザーズ上場に導く。
2020年8月、ベンチャーマネージャーを育成する株式会社EVeMを設立。創業1年にしてベンチャー中心に100社以上の経営者・マネージャーにオンライン完結型のマネジメントトレーニングを実施。 2020年11月『急成長を導くマネージャーの型 地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント』として技術評論社から発売。 組織を強くしたい人、マネジメントに悩んでいる人に役立つ一冊として、Amazonマネジメント・人材管理ランキングにて新着1位を獲得。

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