ビジネスの世界で今、「リスキリング(Reskilling)」という言葉が注目されつつある。言葉の意味をざっくりと説明すると、“デジタルを身につけるための再教育”のことで、特にデジタル変革によって既存の市場をディスラプトされている大企業にとっては、率先して取り組むべき領域である。
1月13日に開催された「リスキリングJAPANカンファレンス2022」のなかで、「2022年 DX推進には必須?日本の大企業が取り組むべき、リスキリングの陰と陽」と題したセッションが開かれ、日本の大企業がリスキリングにどう取り組むべきか、ディスカッションが行われた。タイトルには陰と陽とあるが、セッションの中身はあくまで前向きなものだった。
リクルートワークス研究所によると、リスキリングとは本来「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」だが、現在では「デジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わるであろう職業につくためのスキル習得」を意味する。
時代背景を照らし合わせてみると、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉がIT環境、つまりツールの変革であるのに対し、リスキリングは経営者やビジネスパーソンのマインドの変革を促すもので、対をなすものと捉えることができる。
DXという定義をおこなうことで、他の先進国に後れを取っている国内企業のIT・デジタル化を進めることに成功した。同様に、リスキリングという言葉を普及させることで、過去の成功体験や終身雇用と年功序列の働き方からなかなか離れられない日本企業のマインドを変えることができるか、それとも単なるIT企業や教育事業者が発信するバズワードと誤認されてしまうのか――。言葉の本質を伝えるために国と企業、メディアも含めて認識合わせ、すり合わせが必要であるなかで、今回のイベントが開催された。
セッションには、大企業で新規事業領域を担当する三井不動産のBASE Q運営責任者である光村圭一郎氏、デジタル領域でサービスを提供する日本マイクロソフトの執行役員 チーフラーニングオフィサー(CLO) プロフェッショナルスキル開発本部長 伊藤かつら氏、人事担当者向けの専門誌「Works」を発行するリクルートワークス研究所 Works 編集長の佐藤邦彦氏が登壇し、それぞれの立場から知見を述べた。
冒頭で光村氏は、「この2年程で大企業の働き方が変わったが、デジタルとどう付き合っていくかが大企業にとってこれからの大きなキーワードになる」と、自らの体験も踏まえて問題を提起。大企業のデジタルアレルギー体質は重度であるとされていたが、現在はパンデミックという予期せぬ外圧を受け、ある程度までデジタルを使いこなすようになっている。
この状況について佐藤氏は、「半強制的なリモートワーク状態となったところ、心理的障壁でできなかっただけだということが明らかになった」と解説。また伊藤氏は、経済団体のリモート会合を例に出し、「当初は各社の秘書がツールのセッティングをしていたが、今ではそれができないことは恥ずかしいことだと経営者自身が気付いている」と、大企業の中で起きている意識の変化を指摘する。
一方で問題も生じている。それが、新しい働き方に対する管理者のマネジメントスキルが追い付いていないことである。そうなっている背景には、もともと日本企業では会社と従業員のつながりが強く、日本型のマネジメントには部下を監視して体を張った労役や苦行を強いるという負の要素が多分に含まれていたことが挙げられる。そこに今、終身型雇用の限界にともなうジョブ型雇用への移行という要素も絡んできている。
働き方そのものと、会社と従業員の関係性の在り方が変わってきているなかで、今後はAIも普及し、デジタル活用がより加速していく。そこで、デジタルスキルを身につけるためにリスキリングが必須になるのだが、その際の問題点として光村氏は、「リスキリングやスキルの話になると、“使いこなす”ことが議論の中心になりがち」であることを指摘する。
これに対し佐藤氏は、リスキリングに成功している企業の特徴として、経営戦略と紐付け、DXの文脈でどう会社が成長していくかを最初に従業員と共有していることを挙げる。「それがなく、メニューだけを用意してリスキリングだからあれをやれこれをやれと危機感だけ煽っても苦行になるだけで、人は動かない」と諭す。
また伊藤氏は、「楽しくやる」工夫が大切だと説く。たとえば、コラボレーションツールの「Microsoft Teams」の導入を支援する際には、“トレーニング”ではなく組織の中でアンバサダーを選んで教育し、そこから“コミュニティ型のラーニング”でチーム内に展開するという形を取っているという。同様にリスキリングにも、「楽しんでいる、学んでいる、成長しているということをみんなで共有する」(伊藤氏)という主体的に取り組める環境づくりが重要になるとする。
大企業がリスキリングを実施する際には、誰にまたは誰から投資をするかという問題が生ずる。よくあるパターンが、余剰人員の再教育、特に時代の変化についていけない中高年層をリスキリングしたいというものだが、それは間違いであると3者とも口を揃える。
佐藤氏は、ハイパフォーマーこそ優先すべきという。「成果を出している人は自分に投資してくれないと、外を向いてしまう。活躍している人にリスキリング、アップスキリングをして、その人たちの活躍を見せ、全社が学びに対して積極的・主体的になっていくのが理想」(佐藤氏)とする。
伊藤氏は、リスキリングにかかるコスト自体が下がっている現状を紹介する。実際にマイクロソフトでは、高度IT人材育成用のトレーニングコースと同様なコンテンツを「Microsoft Learn」としてフリーで提供しているとのこと。学ぶコストが下がっている中で、「日本はデジタル活用で生産性を上げる余地が残っているので、作業の時間が減る。その余剰時間の部分をリスキリングに充てられる」(伊藤氏)ため、誰でもリスキリングに着手できるという道筋が見えている。
ただ一方で、そのように社会に通用するデジタル人材やハイパフォーマンスなビジネスパーソンを育成すると、ヘッドハンティングされて会社を辞めてしまうと懸念する経営者も多い。いわゆる人材囲い込みの思考である。
これに対し伊藤氏は、「どんどん会社に投資をしてもらってこんな資格を取りましたと言うことをSNSに書けば、会社としてはいいメッセージになる。社員の成長にお金も時間も投資をしているホワイト企業と見られ、採用にもポジティブに作用する。逆に企業が変化することの楽しさを提供しないとどんどん人が辞めていって、企業としてのサスティナビリティにリスクが生じる」と説く。
そして、リスキリングをおこなう際にも重要なのが、成長した人に対するフィードバックと正しいパフォーマンス評価であるという。これは最初に触れたマネジメントスキル問題につながるものでもあり、そうすることで「他社からオファーが来てもフラットで自分の会社と比べる。その際に、自分に会社が投資や機会提供してくれると思えば会社に残る」(佐藤氏)ようになる。
ここまでの議論を受けて光村氏は、「前提として、デジタルを使いこなすことは大事。そしてマネジメントの観点で会社はしっかりフィードバックをし、リスキリングした人は自らが学ぶことを見せることによって、周りの人も学ぶというカルチャーを社内に作り上げていく。そういう方向に一人ひとりのビジネスパーソンが変わっていくことが大事」と結論付けた。
今後の展望として伊藤氏は、不確実な時代に日本が持っているレジリエンスやしぶとさが強みになるとの見解を示す。その中で日本企業は、リスキリングに注目し始めて何らかかの取り組みも始めているが、「いかんせん、遅い。モダンな時代のリスキリングもまだわかっていないので、そこを加速して今後の50年につなげてほしい」と鼓舞する。
佐藤氏は、社内でリスキリングの推進を担う人事担当者に対し、経営者の方向だけでなく従業員にも目を向けるべきとし、「一人ひとりが気持ちよく働けるキャリアを構築していける環境を作るのも人事の役割。リスキリングが決して苦行にならないように、人事が間を取り持ってトップダウンとボトムアップの両輪をつなげていってほしい」とメッセージを送る。
最後に光村氏は、「リスキリングは全員当事者。誰かにやってもらうとかやらせるという話ではない」とアクションを促し、講演を締めくくった。
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