デジタル庁のCDO・浅沼氏が語る「誰一人取り残さない」ための4つの取り組み

Service Design Network 日本支部・株式会社コンセント2022年01月14日 09時00分

 サービスデザインネットワーク日本支部(SDNJ)は2021年12月4日、5年ぶりに「サービスデザイン・ジャパン・カンファレンス2021」をオンラインで開催。「社会のトランジションに向けた課題と挑戦」と題して、企業や行政、自治体で活動するサービスデザインの研究者、実践者の取り組みなどを披露した。

 その中から、デジタル庁でChief Design Officer(CDO)を務める浅沼尚(あさぬまたかし)氏のキーノートスピーチ「デジタル庁におけるサービスデザイン」を紹介する。

浅沼尚氏(デジタル庁 Chief Design Officer)
デジタル庁 Chief Design Officerの浅沼尚氏

 9月1日設立のデジタル庁でデザイン業務を担う浅沼氏は、三菱UFJグループの子会社でFinTech分野のサービス開発、デザイン組織のマネジメントなどにも従事。金融、保険、小売、航空、メーカーなど、幅広い分野でデザインコンサルティングを経験している。

 デジタル庁でのデザイン業務の印象を「金融業界に近い印象。社会インフラを担い、重要データを取り扱うためハイレベルなセキュリティが求められ、デジタル化を積極的に推進し組織改革を行なっている」と述べた。

デジタル庁の「ミッション」「ビジョン」「バリュー」

 まず浅沼氏は、デジタル庁の「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を紹介した。ミッションには「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を」を掲げるが、「誰一人取り残さない」というコンセプトは、デザイナーの立場から考えるとかなり挑戦的なコンセプトである。丁寧なコミュニケーションと戦略的なアプローチが必要となる。

 ビジョンは「Government as a Service」と「Government as a Startup」。デジタル庁として目指す組織、あるべき姿を表現している。Government as a Serviceでは、デジタル庁は、ただ単純にデジタルインフラを整えるという役割を担うのではなく、利用者の体験価値を最大化するサービスを提供する、ということを示している。

 一方、Government as a Startupでは、官民混成で立ち上げた日本初の新たな行政機関ということで、スタートアップらしく挑戦、学び、スピードを重視して、時代の要請に合わせて柔軟に変わり続けることを標榜している。

 
 

 さらに、デジタル庁で働く職員がどんな価値観で日々行動すべきかの基準を示したのがバリューだ。デジタル庁では、「この国に暮らす一人ひとりのために、常に目的を問い、あらゆる立場を超えて、成果への挑戦を続けます」というバリューを掲げている。ユーザーのことを考えているか、プロジェクトメンバーと協力しているか、スピード感を持って挑戦しているかなどが日々の業務における判断基準になる。

 
 

 デジタル庁が設立された段階で、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」が定義されている意義は大きく、目指す姿や価値観を共有するうえで大切な指針となっている。

データインフラ整備やUI・UX改善--デジタル庁の4つの取り組み

 デジタル庁が重点的に取り組む活動は4つある。1つ目は、デジタル社会に必要な共通機能の整備と普及だ。マイナンバーによるIDと、政府のクラウドサービスやセキュリティ、データ戦略などデジタルサービス提供に必須な共通基盤をつくる。これまで縦割りで整備が進んでいなかったデータ活用に関わる方針を省庁横断でまとめる。

 2つ目は、国民目線のUI(ユーザーインターフェース)、UX(ユーザーエクスペリエンス)の改善と、サービスの実現だ。行政手続の検索やオンライン申請ができるポータルサイト「マイナポータル」などのUI、UX向上や、アクセシビリティ(高齢者や障がい者など、心身の機能に関する制約や利用環境等に関わらず、すべての人が情報にアクセスし利用できるようにすること)の確保のほか、政府ウェブサイトの標準化、各種デジタルサービスの開発を行う。利用者視点のサービスを実現するとともに、サービスを提供する各省庁職員や自治体職員の業務負荷低減や体験向上を目指す。

 3つ目は、国の情報システムの統括管理だ。各省庁と連携して利用者視点のサービス創出を目指す。数多くあるシステムに優先順位を付けながら、中長期視点でシステム開発や改修を行なっていく。

 4つ目は、デジタル人材育成と調達改革で、上記活動を支える人材採用や省庁内でのデジタル人材育成、そして国民視点でのデジタルサービス実現に向けて調達手法の最適化や適正化に取り組んでいく。

 浅沼氏は、「行政機関の取り組みとして革新的でチャレンジング」と述べ、デジタル庁の現状をスタートアップの「0(ゼロ)から1(イチ)に移行するフェーズ」に例えた。既存サービスの改善と新サービスの実現を進めながら、同時に組織体制やプロセス、ツールの導入、人事評価、採用など新しい組織に必要な要素を整備している段階だ。

「0から1」のフェーズでデザインに求められる役割

 デジタル庁の現状を説明した上で浅沼氏は、デジタル庁における「0から1」のフェーズでデザインに求められていることを4つ挙げた。

(1)利用者起点でサービスやプロダクトをつくる
(2)利用者起点で計画や活動をストーリーとして伝える
(3)利用者起点のプロセスと体制をつくる
(4)デザインコミュニティーと協働する

 サービスのインターフェース改善が注目されがちだが、「本来目指すべきは国民目線のサービスを機能させること。インターフェースはその一部で結果。UI、UXやアクセシビリティを包括した上で、法規制や業務プロセス、サービスを提供する省庁や自治体関係者の体験も含めて、利用者起点のサービスを実現していく」(浅沼氏)と強調した。

 
 

利用者視点でタッチポイントを整理

 たとえば、マイナポータルの場合、直近はUI、UX改善に注力するが、「本来ならマイナポータルをタッチポイントと捉え、利用する前と利用した後の体験を含めて、どんなサービスを提供するべきかを計画することにデザイナーが深く関与する必要がある」(浅沼氏)と主張した。

 マイナポータルを利用する前には、「マイナンバーカード」をつくるという体験、マイナポータルでは、マイナンバーカードを読み込んで電子申請をするという体験、マイナポータルだけで完結しない行政サービスの場合は、自治体の窓口に行くという利用者の一連の体験がある。自治体側から見ればマイナンバーの発行で本人確認とカードを渡すという業務フローがある。また、マイナポータルだけでなく、政府が提供するサービスとして各省庁のホームページやマイナポイントのアプリもある。

 「これらの各サービスを横断した利用者体験の作り込みには今まで着手できていなかった。タッチポイントとなるデジタルプロダクトの役割や機能を整理して横断的なサービスとして利用者の体験向上を目指す」と浅沼氏は述べた。

ストーリーとして伝え「理解と共感」をつくる

 「今まで国から提供する情報が国民にとって本当に理解しやすい内容だったかというと、配慮が十分ではなかった。あくまで関係者向けの情報提供という側面が強いように感じる」と浅沼氏は率直に語った。政府の重要な計画や活動は、その内容を示すだけではなく、多くの国民や行政サービスに関わる関係者が理解しやすいかたちで提供する必要がある。

キャプション

 国民とのコミュニケーションにおいては、たとえば広く国民から意見を募集する場として「アイデアボックス」のサービスを開始している。国民の理解や共感を得ながら、利用者視点のより良いサービスを実現するための重要な取り組みである。

 さらなる工夫が必要なのはマイナンバーカードの理解である。マイナンバーとマイナンバーカードの違いや、マイナンバーが何に使えるかなどについては、より丁寧なコミュニケーションが必要。「利用者に向けてどんな場面で何が楽になるのか、どんな嬉しいことがあるのか、機能説明ではなく分かりやすいストーリーとして伝えることがデザイナーに求められている」と浅沼氏は述べた。

 また、例としてデジタルサービスのすべての起点となるIDで説明。多くの方にデジタルサービスを届けるためにも、IDを利用して「楽になること、嬉しいこと」を伝え、理解してもらうことに取り組む。

サービスコンセプトを仕様に落とし込みローンチ後に検証する体制を

 サービスデザインプロセスの整備においては調達前後のプロセス整備が必要である。サービス設計段階では利用者視点のコンセプトが立案されていても、開発仕様の落とし込みが十分ではなく、サービスコンセプトとプロダクト開発に大きなギャップが生じている。サービス設計とプロダクト開発の両者でデザインプロセス、ガイドライン、基準の整備を推進する。

情報をオープンにし、コミュニティとして連携、協働する

 デジタル庁は直接、間接合わせて1000以上のシステムの開発や運用に関わるが、デジタル庁だけでデザインの品質を維持するのは困難。民間事業者や各種団体との連携が必須であり、デジタル庁だけで抱えずにできる限り情報をオープンにしてコミュニティとして連携、協働することを目指す。

 
 

 自治体や民間企業、各種団体、海外のデジタルガバメントと連携する体制整備も必要だ。英国、シンガポール、デンマーク、エストニアなど、デジタルガバメントとしてもサービスデザインとしても参考にすべき例が多くある。

民間企業だけで解決できない問題の明確化、指数関数的なテクノロジーの変化を先回り

 行政におけるサービスデザインの役割の一つとして、浅沼氏は「民間企業だけでは解決できない課題を解決すること」と強調した。汎用性や拡張性が低く難易度が高い問題の場合、得られる収益に対して解決コストが大きくなるため、民間企業としては事業として取り組みにくい。市場原理に任せるだけでは解決されない問題が世の中にずっと残されることになる。

 たとえば、地方の医療問題は民間だけでは解決しにくく、都市部と地方の医療格差は拡大傾向だ。行政が中心となりデータを活用して患者の状態を把握する「デジタル診察」を進める議論も進んでいる。

 「将来を見据えて解決されにくい課題は何かを明確にして、デジタルの力を活用してどう取り組むかを整理する思考や実行力、本質的な課題は何かを問うことがサービスデザイナーに求められている」(浅沼氏)とした。

 テクノロジーの観点では指数関数的な思考も必要だ。AI(人工知能)、ドローン、自動運転、AR(拡張現実)など新たなテクノロジーは指数関数的にスケールアップしていくので、行政サービスも指数関数的な思考で考える必要があるが、これはそう簡単な話ではない。

 浅沼氏は「今の法規制や社会制度はこうした変化に対応できる柔軟性を備えていないし、すべての人がこの変化に対応できるわけでもない」と課題を指摘した。「サービスデザイナーはテクノロジーの急速な変化が、人の認知や行動にどんな変化をもたらすのかを想像し、起こりうる未来を先回りして考えることが求められる」という。

 また、非常時における行政サービスも考えなくてはいけない。今後30年で大きな地震が高い確率で発生すると分かっている。災害時における避難や援助、復旧支援を想定した場合、デジタルサービスで何ができるのか、そして何ができないのかをシミュレーションして必要とされる行政サービスを準備する。

 「10年後や100年後どうなっているかを問い、解決すべき課題を明確にする、未来志向でサービスデザインに取り組む」(浅沼氏)と結んだ。

 
 

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