これまで第4回と第5回を読んでいただいて、「場所選び」に関してはかなりイメージが湧いてきたのではないでしょうか。今回は、いよいよ旅先に着いてからの過ごし方について、いくつかポイントを押さえておきたいと思います。
一番大切なポイントは「余白を持つこと」です。なぜ、ワーケーションでは「余白」が大切なのか。それは「余白」が人生を豊かにしてくれるような「偶発性」を呼び込んでくれるからです。旅の中に「余白」を盛り込むことで、予期せぬ楽しい刺激と出会い、それにより人生の幅が押し広げられていくのです。
では、具体的にどうやってワーケーションに「余白」や「偶発性」を取り入れていけばいいのでしょうか。
たとえば、スケジュールの組み方。車で1時間ほどの場所に行くのか、飛行機を乗り継いで何時間もかかるような場所まで足を延ばすのかによっても変わってきますが、1泊2日の弾丸スケジュールを組んだり、出発前からぎっしり旅程を詰めたりするのではなく、少なくとも3泊以上、できれば1〜2週間ほど時間をたっぷり確保して、旅先に着いてからある程度「出たとこ勝負」で過ごし方を決められるような「余白」を残しておくことをおすすめします。
現地でたまたま出会った人に教えてもらった情報をもとに行動してみたり、同じくワーケーションに来た人同士で意気投合して一緒に何かをしてみたりする「偶発性」に身を委ねることも、ワーケーションの醍醐味です。そうした「偶発性」こそが、これからの時代の生き方や働き方のヒントになる豊かな情報をふんだんにインプットしてくれます。
また田舎であれば、「バスがほとんど来ない」「天候不良ですぐに交通がストップする」「タクシーを呼んでも時間がかかる」といった、地域特有の不便さえ楽しめるくらいの心の余裕があれば、より充実したワーケーション体験ができます。偶然遭遇する「不便」も、旅先だからこそ味わえる貴重な体験です。
どんなサービスもアプリ1つで手配できる都市部からやってきた場合、そうした「不便」はかえって新鮮に映ります。「なぜ、バスが来ないのか?」「地元の人はどうやって移動しているのか?」「何があれば、この不便は解決されるのか?」。普段いろいろな企画や事業のネタを考えているビジネスパーソンであればなおさら、旅先で不意にぶつかるそうした問いが、好奇心をくすぐる宝の山に見えるはずです。
たとえば、五島列島はまさにそういう場所です。働き盛りの20代、30代を中心に年間200人超が移住する人気Uターン、Iターン先であるにもかかわらず、世帯月収は15〜20万円程度というケースがほとんど。
移住前はマーケターやシステムエンジニアをしていた人が、料理人になったり、ゲストハウスの経営をしていたりと、まったく異なるキャリアをゼロから始めている場合も多々あります。そうした地域の人から、「それでも貯金ができる」「移住前より楽しい」「田舎ならではの苦労はいろいろあるけど、もう前の仕事に戻ろうとは思わない」といった話を聞くと、お金や幸福度に関する自分の中の価値観に変化が生まれます。
家族のあり方についても、同様です。夫婦と子ども2人でワーケーションに参加して、普段は家事と育児を妻に任せがちな夫が、妻がテレワークをしている時間、子どもたちを連れ出して面倒をみる。ただそれだけのことでも、人生の幅は広がるかもしれません。
街中での公園遊びには興味を持てなかった夫が、釣りや山歩きなどアウトドア・アクティビティなら子どもと一緒に夢中になってやっている。「育児は夫にやらせるより、自分がやった方がラク!」と諦めきっていた妻が、「やらせてみたら、意外にできた。しかも、夫も子どもも楽しそう」と言って肩の力を抜くような場面も実際にありました。そこに地域の親子も加われば、さらに受ける刺激は大きくなります。
地方には、「都会で子どもを育てるのはちょっと……」という理由でUターン、Iターンした人が少なくありません。そうした親御さんと会話をすることで、家族のあり方について見つめ直す機会になります。
私たち一般社団法人みつめる旅がワーケーションを企画・運営する際にはいつも「Enjoy Happenstance!(偶発性を楽しもう!)」の理念を、過ごし方の端々に織り込むようにしています。旅程の組み方、旅先での過ごし方、予期せぬハプニングが起きたとき、不便に遭遇したとき、あらゆる場面で「偶発性」を積極的に楽しんでほしいと、参加者の皆さんにも案内しています。読者の皆さんもぜひ心の片隅に「EnjoyHappenstance!」の合言葉を忍ばせて、ワーケーションに出かけてみてください。
最後に1つだけ書いておきたいことがあります。それは、どこまで「偶然」に身を委ねるかという点です。
結論から言えば、偶然に委ねる出たとこ勝負は50%くらいにしておくと、ちょうどいいと思います。わかりやすい基準として、「1回検索すればすぐにわかることくらいは、頭に入れてから行くこと」をおすすめします。だいたいの位置や、どこが中心地なのか、盆地なのか高地なのかなどの大まかな地理、どこの自治体なのか、人口や面積はどのくらいかまでざっと調べておくのがベストです。普段多忙すぎて時間がないという人でも、そのくらいの情報なら、現地に向かう移動時間にスマホで検索すればすぐに出てきます。
また、近場に日帰りや1〜2泊など短いスケジュールで出かける場合は、食事をする場所やワーキングスペースの情報(営業時間や予約の必要など)を事前に調べて、手配が必要なら済ませておきましょう。そうすることで、旅先でのびのびとインプットに集中することができるようになります。
ワーケーションを企画・運営していると、びっくりするほど「丸腰」でやってくる方が時々いらっしゃいます。たとえば、私たちが活動している五島列島の中心地である福江島は、面積約330平方キロメートルで、だいたい相模原市(神奈川)と同じくらいの広さがあるのですが、「自転車で島を1周するのが楽しみです」「ビーチまで歩いていくので大丈夫です」と意気揚々と明るい声でおっしゃいます。しかし、観光の目玉であるとあるビーチは、市街地から車で45分もかかる場所にあり、徒歩だと山をいくつか越えて6時間もかかってしまいます……。
「偶発性を楽しもう!=何の準備もなく丸腰で来て大丈夫!」ということではないのです。旅の満足度を左右する大切なポイントなので、その点だけ、最後に書いておきたいと思います。最低限の情報を事前に取り込んでくるかこないかで、旅先で出会える「刺激」の質が違ってきます。
インターネットで検索しても得られない情報を「刺激」としてたくさん受けて帰ることが、ワーケーションの醍醐味です。せっかく地域の人といろいろ話すのなら、検索すればわかることを聞くよりも、検索した上でもっと知りたくなったことを聞いた方が、会話も深まります。旅先での「偶然の出会い」の質をできるだけ上げるために、最低限のインプットは惜しまない。その点だけ最後に強調しておきたいと思います。
(書籍「どこでもオフィスの時代」に関する情報はこちら)
鈴木円香(すずき・まどか)
一般社団法人みつめる旅・代表理事
1983年兵庫県生まれ。2006年京都大学総合人間学部卒、朝日新聞出版、ダイヤモンド社で書籍の編集を経て、2016年に独立。旅行で訪れた五島に魅せられ、2018年に五島の写真家と共にフォトガイドブックを出版、2019年にはBusiness Insider Japan主催のリモートワーク実証実験、五島市主催のワーケーション・チャレンジの企画・運営を務め、今年2020年には第2回五島市主催ワーケーション・チャレンジ「島ぐらしワーケーションin GOTO」も手がける。
「観光閑散期に平均6泊の長期滞在」「申込者の約4割が組織の意思決定層」「宣伝広告費ゼロで1.9倍の集客」などの成果が、ワーケーション領域で注目される。その他、廃校を活用したクリエイターインレジデンスの企画も設計、五島と都市部の豊かな関係人口を創出するべく東京と五島を行き来しながら活動中。本業では、ニュースメディア「ウートピ」編集長、SHELLYがMCを務めるAbemaTV「Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜」レギュラーコメンテーターなども務める。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス