社会のDX課題に「アドビ」という選択肢を--神谷新社長に聞く

山川晶之 (編集部)2021年09月02日 09時00分
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 PhotoshopやIllustratorを中心に、クリエイティブツールで長年トップを走るアドビだが、近年ではマーケティング分野でも頭角を現し、マーケティングソリューション「Adobe Experience Cloud」は国内外の大手企業を中心に採用が進む。また、コロナ禍での脱ハンコの流れを受け、電子署名サービス「Adobe Sign」に注目が集まるなど、ドキュメントソリューション分野も好調だ。

アドビ 代表取締役社長の神谷知信氏
アドビ 代表取締役社長の神谷知信氏

 アドビにとっては“追い風”とも言える市場環境だが、そんな中、日本法人のトップとして4月に神谷知信氏が新たに就任した。神谷氏は、2014年にアドビに入社後、「Adobe Creative Cloud」や「Adobe Document Cloud」、サブスクリプションモデルに移行していたメディア事業の日本展開をリードし、アドビ自身のデジタルトランスフォーメーションを率いた人物だ。

 神谷氏は、新しいアドビ日本法人のビジョンとして「心、おどる、デジタル」を掲げる。これは、ペーパーレス革命を進める「Digitalize」、データから体験を作り上げる「Delight」、クリエイティブのパワーを生かす「Amaze」、次のデジタルへ解像度を上げる「Foster」の4つの要素と、Creative Cloud、Document Cloud、Experience Cloudの3プロダクトを掛け合わせ、アドビならではのDX化を提供するという。新代表はアドビをどう導いていくのか、神谷氏に聞いた。

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「日本のお客様がいなければ今のアドビはない」

――このタイミングで社長に就任された理由を教えて下さい。

 実は、社長就任については3年前から準備を進めてきました。米アドビの経営層も日本でビジネスをするからには、最終的に日本のリーダーが必要だと言っていたからです。前代表取締役社長のジム・マクリディ氏のプライベートの事情も鑑みて、結果的にこのタイミングでの就任となりました。

 選任された理由としては、Creative Cloudをはじめ、国内でサブスクリプションモデルにうまくトランスフォームできたことを評価してもらったのが大きいと思います。日本のアドビは、アドビ本社に直接レポートができるリージョンの1つで、米国本社と直接コミュニケーションしてきたこともあると思います。

――日本市場はアドビからみて特殊なのでしょうか。

 日本は、言語含め米国市場と真逆です。日本で成功すれば他のアジア市場でも成功できると考える外資系企業は多いです。EUなどの地域で市場を拡大する上でも重要な指標です。さらに、日本は米国に次いで2番目の市場で、米アドビの経営層も非常に思い入れがあります。実は、アドビの一番最初の顧客はキヤノンで、アドビが最初に「PostScript」の流通契約を結んだのはモリサワです。創業者の一人であるチャールズ・ゲシキ氏は常に、「日本のお客様がいなければ今のアドビはない」と言っていました。経営層としても日本は重要なポジションです。

――神谷氏がリードしてきたサブスクリプションモデルですが、日本市場の直近の状況を教えてください。

 プロの世界では、コロナ禍で写真家が撮影できなくなったり、スタジオも使えないなど制作に課題が出てくるようになりました。Creative Cloudの「Adobe Stock」には、コントリビューターとして作品を投稿することで、これまでに撮影した作品を収益化する仕組みがありますし、Creative CloudのPremiere Proを使って、写真だけでなく動画にチャレンジして自身のスキルを広げていった方もいると思います。

 また、副業という働き方がコロナ禍で増えました。昔デザイナーをしていて家庭の事情で仕事を離れていたが、今であればネットワークもきちんとしているのでもう一度やってみよう、あるいは新たにこれからやってみようという方も多いです。ユーザー数も、減るどころかむしろ増えてきています。さらに一般企業でも、SNSやYouTube、自身のウェブサイトなど、動画コンテンツを通じてステークホルダーにコミュニケーションすることが増え、動画の内製化が非常に加速したと感じます。アドビでも内製化のセミナーを定期的に開催しているのですが、毎回超満員です。2021年で7年目ですけど、ここまで人が来るなんて今までありませんでした。

 Document Cloudでは、Adobe Signに関してこの1年間で問い合わせがものすごく増えました。行政改革担当大臣の河野太郎氏の脱ハンコ発言がありましたが、裏ではかなり契約関係の規制緩和が進み、紙ではなくデジタルで良くなったことでマーケットがすごく広がりました。紙書類の承認をデジタルにしないとリモートワークできないという必然的なニーズが市場を大きくしたと見ています。特に大手企業では、国内だけでなく海外の顧客やベンダーと取引する際に、電子サインが普通です。いい意味でこなれたといいますか、「これで良いのだ」という認識の変化があったと思います。

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――そういった市場変化のなか、アドビとして今後注力していく領域はどこでしょうか。

 3点あります。ひとつはペーパーレスです。紙をどう減らすかはどの企業もこれから向き合わないといけません。2点目は、コンテンツの数が増えすぎていることです。魅力的なコンテンツを作らないとユーザーが離れる世界ですが、どうやって大量のコンテンツを管理して、きちんと個々のお客様にあったものをよりスピーディーに届けるかが大事になります。ここは、コンテンツを作るツールと配信するツールを持っているアドビに強みがあります。

 3点目はECです。アドビは、Adobe CommerceというECトランザクションのソリューションを持っていますが、サブスクリプションもそうですし、ECの世界はどんどん加速していきます。ECの割合を増やしたい、あるいはECをグローバル化したいという問い合わせが増えています。日本は、流通やリテールが大きな割合を占めていた国の一つですが、EC市場はさらに伸びていくでしょう。先日もネジやDIY工具を作る大阪の中小企業と打ち合わせしましたが、これまでほぼ工務店と量販店に卸していたビジネスを変え、自身のコマースを立ち上げて直接ユーザーに届けたいとのこと。業種業界問わず、この流れがきています。

――Creative Cloud関連でも何か注力するポイントはありますか?

 Creative Cloudでは、「Creativity for All:すべての人に『作る力』を」という「すべての方々が創造性を持つ社会づくり」というミッションを持っています。日本のクリエイターにはもっと海外に出てほしいのですが、アドビの運営する、世界中のクリエイターが自身の作品を公開しているソーシャルプラットフォーム「Behance」を使うことで、日本のデザイナーが海外の仕事を取れるようになります。また、若い人がどんどん創造性を持ち、クリエイティブに関心を持つことが重要です。ポスター作りや写真部など部活で使いたい、研究で使いたいなど、Creative Cloudを授業で使いたいという学校からの引き合いも増えています。GIGAスクールなどで、より多くの小中高にPCが配られると思いますが、我々のツールにきちんとアクセスできる環境作りもきちっとやりたいところです。

 一方で、教える先生が足りていないのも事実です。我々には世界で100万人の教育関係者が登録する『Adobe Education Exchange』という、ICTを活用した授業教材を探したり、チュートリアルで学べたりすることができるオンラインのコミュニティサイトがありますので、そこにどんどん参加していただき、お互いにスキルを上げていくような普及活動もやっています。

目指すのは「DXと言えばアドビ」と思われる存在に

――DXが求められている状況になり、アドビにとっては追い風だと思いますが、神谷氏がアドビで変えたいと思うポイントはどこでしょうか。

 就任にあたり、新しいビジョンとして「心、おどる、デジタル」を発表しました。デジタルメディアとデジタルエクスペリエンスの2つの大きな事業体がアドビにありますが、ここが一つのチームになってお客様に最適なソリューションを提供する。これが、今までの課題でもあり、私が就任してからすぐに着手したことです。組織を一緒にするのはなかなか難しいのですが、2つの事業の間に入れるのは私だけですので、きちんとお互いにコミュニケーションを加速できる環境を今作っています。

 実は、「心、おどる、デジタル」というビジョンは、私が考えたものではありません。社内のいろんなサーベイやワークショップを通し、アドビを日本でどういう会社にしたいか、かなり時間をかけて作り上げました。こういう取り組みは今までありませんでした。

 世の中には、紙をなくしたいやEC化したいなどDXの課題がたくさんあります。そこでお客様が、DXの課題があると思ったときにアドビを連想してもらえるかどうか。今は正直、PDFの会社だと思われていることが一番多いです。これは、そこに非常に強いブランドを持っており、そういうユーザーをターゲットにしてきた現れですが、社会の大きな課題に対してまだアドビが連想されることはありません。今回の取り組みは、まさにそこが非常に重要な要素で、今DXで最も求められている4要素(Digitalize、Delight、Amaze、Foster)かつ、アドビの3つのクラウドパワーを融合してお客様に届けられる領域だと思っています。

――「DXといえばアドビ」と想起してもらうためには何が必要でしょうか。

 ひとつがエコシステムです。アドビはこれまでさまざまなお客様と一緒に成長してきました。お客様自身からアドビをどう使っているかを発信してもらっています。もう一つがパートナー事業です。コンテンツベロシティと言って、コンテンツのデータを使ってどうやって効果的にお客様にリーチするか、各大手のパートナーがものすごく投資しています。米国ではすでに始まっていますが、日本にもベストプラクティスを持ち込みたいというニーズがあります。パートナーがDXソリューションのキーコンポーネントとしてアドビを選んでいただくほど、クライアントのイメージも上がってきます。

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“アドビ離れ”は起きていない

――少し話題を変えますが、日本はCreative Cloudの熱狂的なユーザーが非常に多い国だと思います。一方で、AffinityシリーズやDaVinci Resolveといった、アドビ製品を使わずに自身のクリエイティブを実現しようとする“脱アドビ”のユーザーも増えてきたと個人的に感じています。クリエイティブに関わるユーザーの母数が増えている証しだとは思いますが、神谷さんのご認識はいかがでしょうか。

 「アドビ離れ」はないと思います。既存のユーザーが他の製品に行くというのは、追加でアプリを買うなど、アドビを止めて移るケースは少ないと思います。むしろ課題は新しいユーザーです。学生など、全く使ったことがない方がPremiere Proを使おうとしても、飛行機のコクピットみたいなUIなので難しいと思います。プロの方には最高のツールですが、初心者にはハードルが高いと我々も認識しています。

 DaVinci Resolveのような無償版のソフトがあることは認識しています。弊社の事業方針としては、今後もモバイルアプリをきちんと拡充し、より使いやすいアプリづくりを心掛けています。Premiere Proなどにチャレンジしたい方向けに、オンライン上にチュートリアルをアップしていますが、よりコンテンツを増やして簡単にしていきたいですね。

――アドビは毎年大きなアップデートを実施し、さまざまな新機能を取り入れています。一方で、クリエイターからは、新機能の開発よりも安定性を向上させたアップデートを望む声も聞きますし、周囲でも、「新バージョンが安定しないから旧バージョンに戻した」といったユーザーもいます。新規ユーザーを増やすのも重要だと思いますが、既存ユーザーへのサポートを手厚くする施策などは検討されていますか。

 解決策のひとつにアドビのフォーラムがあります。お客様が持っている課題を投票し、票数が多いものからエンジニアが修正します。実は、米国外だと、唯一日本のみクオリティアシュアランス(品質保証)を担うエンジニアリングチームを持っています。ハードウェア環境起因のものなど一概にすべて対応するとは言い切れませんが、日本特有のバグについては極力国内で迅速に直していく体制を整えているのです。

 ですので、私としては日本のユーザーに(フォーラムへ)どんどん入ってもらって、どんどん投稿していただきたいなと。もちろん、ソーシャルや直接問い合わせをいただくこともありますので、一つ一つ解析して本社に届けたりもしています。

――アドビのコミュニティを生かすのが解決の糸口になるわけですね。

 Premiere Proには、Facebook上にユーザー会もあり、さまざまな情報をシェアしています。そこに参加していただくのも一つの手です。

 ユーザーが何十万、何百万といるので、すべてをお聞きできれば良いがなかなかそうもいきません。なるべくユーザー間で対話していただき、我々としてもコミュニティにきちんと対応して課題を解決していく。これがアドビの強みです。

――最後に、神谷氏の代表としての長期的な目標は何でしょうか。

 まさに「心、おどる、デジタル」を社会で実現させることです。この戦略の目的は、アドビの持つテクノロジー、エコシステム、人材を統合させて、日本市場のDXを推進していくことです。

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