研修の当たり前を変えるVRの可能性--時間、回数を削減し、習熟度をアップ

 ゲームやアミューズメントで人気を集めるVRが、ビジネスの分野にも活用の幅を広げている。物件の内見など、不動産分野でVRの活用を拡大しているスペースリーは、企業内における研修においてもVRを推進。その現状と活用事例についてオンラインセミナーで説明した。オンラインセミナーは6月3日に、日本イーラーニングコンソシアム(eLC)との共催で実施。ゲストとして、大同メタル工業の中野健太郎氏も登場した。

不動産業界の次に有力視されるVR研修の現状

 スペースリーでは、VR制作、編集、管理ができる「スペースリ―」を展開。提供開始から約4年で、5000を超えるアカウントを数えるまでに成長している。利用しているのは賃貸仲介、賃貸管理、建築・リフォームといった不動産関連が大多数を占めるが、ここ最近、製造業を中心に研修分野での利用が広がってきているという。

 「VRを研修に使用するメリットの1つは体験の伝わりやすさ。周囲の雰囲気まで感じ取れるほか、ゲーム感覚で研修を進められる」とスペースリー 代表取締役の森田博和氏は解説する。

VRの研修利用における効果
VRの研修利用における効果

 すでに米国ではウォルマートなどがVR研修を取り入れており、「共感を学ぶ事例」として高い評価を得ているとのこと。「リーダーシップなど、ソフトスキルの研修に有効ということで、活用が広がっている」(森田氏)と、オペレーションの研修だけにとどまらず、心理的な結びつきもサポートする。

実写を使用する「ウォルマート型」とCGを使う「KFC型」
実写を使用する「ウォルマート型」とCGを使う「KFC型」

 ここまで聞くと、すべての研修はVR化されるべきなのかと考えてしまうが、そうではない。「コロナ以前は、一つの場所に人を集めて研修をする企業が多かった。しかしVRを活用することで集まらずとも、ある程度学べることがわかってきた。VRなのか集合研修なのかという考え方ではなく、この2つを混ぜながら研修を行うというユースケースもでてきている。大切なのはVRの特性をどういかすかの企画力」(森田氏)と現状を話した。

 スペースリーでは、VR研修の拡大を、業務提携を結んでいる大同メタル工業とともに進めている。大同メタル工業は、名古屋に本社を構える企業。自動車、船舶、建設機械、一般産業向け「軸受」の生産、販売で知られる。

 両社は2018年に開催された「東海オープンアクセラレーター」での参加を機に知り合い、2020年には業務提携契約を締結。現在、大同メタル工業は製造業向け『どこでもかんたんVRクラウドソフト「スペースリー」』のライセンス販売を担っている。

 自らも製造業を手掛ける大同メタル工業だけに「ユーザー目線でサポートをしながら導入を促していることが特長。私たちが社内で使用しているVRコンテンツをお客様に見せたり、導入にかかわる社内協議や稟議書の発行に必要な書類の準備などをお手伝いしたりと伴走型の支援ができる」(中野氏)とする。

 「スペースリーは、VRコンテンツを自分たちで撮影、編集できる点が魅力。外部の人に、この部分をお願いするのはちょっと抵抗を感じる製造業の会社も多いため、自社内で完結できる『自作型』は大きなメリット。また作ったコンテンツをクラウドに保管できるクラウド型なので、自社サーバーの容量を気にすることなく、管理も楽。複数人で同時に編集したい場合など、クラウドでないと難しいこともある」(中野氏)とスペースリーを選んだ理由を話した。

VRコンテンツの自作型と製作依頼型の違い
VRコンテンツの自作型と製作依頼型の違い

ウェブテストとの組み合わせで習熟度をアップ

 セミナーでは、VR研修を導入している企業の事例も紹介された。

 自動車関連部品や航空機部品などの製造、販売を手掛ける企業では、設計者向け輝度計の操作研修を非人力化するために、VR研修を導入。研修コストを年間180時間削減したほか、作業の手戻りを90%削減したという。

VR研修の流れ
VR研修の流れ

 これまで、現場に集めて講師が実地研修する形で実施。年間約50名が受講していたという。取り扱う輝度計は高価で繊細なため、一度に大勢が受講するわけにいかず、1回の人数は10名程度、年間5回ほど行われた。

 そこで、「輝度計VRコンテンツ」を作成し、VR研修コンテンツの受講→ウェブテストの実施→輝度計の利用の流れへと変更。形も集合研修ではなく、個人のデスクでPCを使って視聴し、その後にウェブテストを実施。集合研修で講師が教えているポイントをVRコンテンツに盛り込み、それを見て学ぶスタイルにしたという。

 「360度の空間を見渡しながら手順を学ぶという能動的な体験ができる。単純にVRを見て終わりではなく、覚えたことを定着させるためのウェブテストを取り入れたことがポイント。従来のツールと組み合わせて習熟度を上げている」とスペースリー VR研修部門責任者の吉田秀治氏は分析する。

コロナで激減したPR拠点をVRで復活

 光ファイバ、電線ケーブルなどを手掛ける古河電気工業では、注目度が高くなっているショールームのVR化を実現した。同社では神奈川県横浜市にオープンイノベーション推進拠点として「Fun Lab」を設置。他社との協業を推進するほか、人材採用において就職活動をしている学生に向け、PR拠点としての役割も担っていた。

 しかし、新型コロナ感染拡大を受け、実際に訪れることが難しくなり、就活生に向けてアピールする場所と機会が大幅に制限されてしまった。そこで、Fun Labを360度VR化し、バーチャルツアーを作成。VR空間内に画像や動画を埋め込んで技術を分かりやすくPRした。

 「就活生向けのオンラインワークショップでも活用され、『VRを使ったプログラムは初めて。とてもわかりやすく面白かった』とのコメントも寄せられた。その後のワークショップでの継続利用にも結びついている」(吉田氏)とした。

従来研修とVR研修の2つをABテストして出した結果

 一方、大同メタル工業では「ある工場長と話したときに『以前と違い、人材入れ替えのサイクルが加速し、研修の機会が増えている。一定レベルに1日でも早く成長してもらいかつ、全員が同等品質の仕事ができるようになって欲しい』という課題を抱えていることがわかった」(中野氏)と現場の声を吸い上げる。一方で受講生からは、「座学と基礎訓練だけで現場に入るのは不安」との声があり、講師、受講生それぞれの問題点があぶり出されたという。

 そこで大同メタル工業では、座学と研修室実習に、2D動画、VRを加えたハイブリッド研修方式を採用。組み合わせることで、現場における実践実習までの段差を低くし、実戦投入時にスピーディーに戦力化できることを目指した。中野氏は「VRを投入すれば座学はいらないのでは、という考え方もあるかと思うが、座学は絶対になくならないもの。座学、実習、VRの3つを組み合わせることが大切」とハイブリッドであることの重要性を説いた。

座学とVRを組み合わせるハイブリッド研修
座学とVRを組み合わせるハイブリッド研修

 大同メタルグループ会社の製造現場の新入社員教育において、3日間の従来研修を受けたグループAと2日間のVR導入研修を受けたグループBを比較したところ、最終日の実演試験の点数は、グループAに比べ、グループBは43%高くなったとのこと。「研修日数を2日間に減らしても従来と同等以上の習熟度を得られた」という結果が出た。

従来研修とVR研修の2つグループで検証
従来研修とVR研修の2つグループで検証
従来研修とVR研修の2つのプログラムの比較
従来研修とVR研修の2つのプログラムの比較

 中野氏によると「コンテンツ制作は工場のスタッフ1名が担当。過去に研修の講師をやっていた経験はあるが、映像制作の経験はなく、PCスキルも平均的。約1カ月で制作をし、最も時間がかかったのは企画検討でこれに2週間程度を費やしたという。各種操作の習得だけであれば、数日間でできた」とのこと。

 VRコンテンツの導入により、従来、全体と個別の2回実施していた講師の実演が1度に減り、その後は受講者による自主練習に切り替えたとのこと。実演が減ることにより、受講生全体を見渡せ、困っていそうな人に教えにいったり、質問を投げかけた受講生により丁寧に返答したりと時間の余裕ができたという。

 受講生からは「繰り返し自分のペースで見られるのがよい。現場の雰囲気を感じられるため、危機感を持って訓練に臨めた。作業スピードが体感できるのもわかりやすい」などの声が集まった。

文章では難しい所作や目線の動きまでを伝える

 同じ製造業として、大同メタル工業がサポートしながら実証実験を実施した日東工業の事例も紹介された。愛知県長久手市に本社を構える日東工業は、高圧受電設備、分電盤、ホーム分電盤などの製造、販売を手掛ける。

 日東工業では、従来、研修に使っていた紙の資料をVRコンテンツと併用することで、より分かりやすく伝えることを目指した。実証実験後のアンケートによると、受講者の94%が「紙の資料よりも理解しやすい」と答え、指導者の88%が「紙よりも指導しやすい」と回答したという。

 中野氏は「5月よりスモールスタートの形で正式導入が開始され、バーチャルショールーム等の他用途での利用も計画していただいている。導入したから終わりではなく、引き続き伴走型のサポートをしていきたい」とした。

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