ここに1つのデータがある。Googleトレンドで「デジタル庁」の検索動向を示したデータだ。菅政権が発足した2020年9月16日前後における「デジタル庁」の検索ボリュームを100とすると、直近では、その検索ボリュームは16と、5分の1にも満たない。
このことは、「デジタル庁」についての国民の関心がさほどないことを示している。しかし本来、「デジタル庁」の議論は、国民の生活と密接に関わる「べき」であり、その関心も高くある「べき」だ。国民の関心が高まらないのは、デジタル庁の議論が、単なる霞ヶ関内の組織改革の問題と捉えられていたり、政府からの発信が少なかったりと、色々な要因によるのだと思うが、なんとも「もったいない」と私は思う。
官公庁をはじめとする行政組織、そして政府がデジタル化することの「意義」とは、「国民」と「政府」「政策」「行政」との距離を縮めること、これらを国民にとって、より身近なものにすることであるし、そうでなくてはならないと私は考える。では具体的に、デジタル庁はどうあるべきで、何をすべきなのだろうか。
2002年から2013年の10年以上にわたり、文部科学省で科学技術行政に従事した経験を持つ筆者が提案したい。
そもそも「デジタル化」とは何か。デジタル化とは、端的に言えば、さまざまなもの(情報や知識など)をアナログからデジタルへと「変換」し(符号化)、「保存」や「拡散」「活用」ができるようにすることであると言える。
たとえば、個人の頭の中にしかない考えを他人に伝える時、古代ギリシャ時代では、それを講義や説法という形で、直接弟子に説いていくしかなかった。それが「紙」の時代になると、その講義内容を文字として記録することで、講義を聴いていない人でも、教えを理解することが可能になった。活版印刷が発展すると、書き起こされた文字情報が簡単に複製されることで、より多くの人が、その教えに触れることができるようになった。
さらにインターネットが発展して、アナログの文字情報が0と1からなるデジタル情報に変換され、それがネットを通じて拡散されることで、誰もが、PCやスマートフォンといった端末を通して、いつでもどこでも、その情報を入手することが可能になった。
時代 | 符号化の方法や伝搬の手段 |
古代ギリシャ時代 | 講義や説法(音声情報) 例:ソクラテスが弟子の前で講義をする |
紙の時代 | 講義や説法の内容を、文字として紙に書き起こす(文字情報) |
活版印刷の時代 | 書き起こされた文字が、印刷技術により複製され、世の中に広まる (文字情報の拡散) |
インターネットの時代 | 文字がデジタル情報に変換され、インターネットを通じて発信され、PCやスマートフォンを通して、誰でも自由に閲覧できるようになる(文字情報のデジタル化とインターネットを通じた拡散) |
このように、デジタル化とは、さまざまなもの(情報や知識など)をアナログからデジタルへと「変換」し(符号化)、「保存」や「拡散」、「活用」ができるようにすることである。では「政府」のデジタル化とは、具体的に「何」をデジタル化すべきなのだろうか。
現在、菅政権で検討しているデジタル改革については、首相官邸のホームページで説明がされている。主なテーマは、以下の8つである。
先ほど述べた、「デジタル化」の本来の意味を考え、私はこれらに加えて、以下の4つの取り組みを強化していくことを提案したい。
審議会情報のデジタル化 | 「政策形成」における情報をオープンにすることにより、「政策形成」の場への国民参加を推進する |
国会関係業務のデジタル化 | 公務員の業務の多くを占める部分を効率化することで、他の業務(新しい施策の検討など)への時間を増やす |
公務員のテレワークの更なる推進 | 多様な働き方を実現することで、多様な人材を確保し、公務員の層を厚くする |
「デジタル化」の弊害への対応 | 「デジタル格差」や「プライバシー保護」など、必要な法整備やガイドラインなどを作成する |
公務員を経験すると、行政組織には実に多くの会議があることが分かる。例えば私が過去在籍していた文部科学省の審議会情報をみると、実に多くの審議会や委員会が存在している。私が過去事務局を務めていた宇宙開発委員会(今は廃止された)では、当時、毎週水曜日に定例会を開催していて、宇宙開発に関わるさまざまな事柄を検討・審議していたが、1年間で50以上の会議を開催していた。旧総理府に設置された1968年以降で考えると、その会議数は相当数に上り、その議題すべてをデータベース化しようと、Excelにまとめたりしたものであった。
外部有識者を交えた審議会や委員会は、行政機関がさまざまな政策を検討・決定する上での重要な機関であると同時に、情報の宝庫である。しかし残念なことに、それらの情報がすべてデジタル化され、国民に広く公開されているとは限らない。議事録や配付資料などは、ホームページで閲覧可能になっているものは多いものの、たとえば「はやぶさ2」が過去議題になった会議を検索したり、「金星探査機あかつき」に関する公開資料を簡単に検索したりといったことは現状では難しい。私はそのようなことが、「国民」と「行政」との間に壁を作っているのではないかと考える。
審議会に関するさまざまなことがら(開催日や議題、配布資料、議事録、とりまとめた報告書やパブリックコメント、構成員の変遷など)を、デジタル化して保存し、蓄積し、広く国民が活用できるようになることは、政府のデジタル化を考える上で、一番に取り上げて欲しいと考えるテーマだ。
「会議」といえば、国家公務員にとって最大の重要な会議体と言えば「国会」であろう。配属される部署にもよるが、国会関係業務は、時間的にも精神的にも、国家公務員の業務の大部分を占めると言っても過言ではない。ゆえに、この部分がデジタル化され、効率化されることで、多くの国家公務員が多くの時間から開放されるはずであり、その時間が他の業務(新しい政策の検討など)に充てられることによる、国民のメリットも大きいと考える。
どのように国会関係の業務をデジタル化していくかについては、いろいろな方法があるだろうが、たとえば以下などがあるのではないだろうか。
私は、公務員においても、いや公務員だからこそ、「働き方の多様性」があるべきだと考える。朝から晩まで、ずっと役所で仕事をしなくてはいけない、ということではなく、例え週3日であっても、1日のうちの半日であっても、行政に関わる仕事に従事する。そんな多様な働き方により、多様な人材が行政に関わっていかなければ、社会が複雑化し、求められる役割もどんどん肥大化している行政機関は、いつか破綻してしまうのではないか、そんな危惧を抱いている。
「職務専念義務」などとの関係もあるのだろうが、一部の人だけが行政のすべてを支えるという体制ではなく、多様な人材が多様な働き方で、行政を支えていくという方向に舵を切っていくことが大事ではないだろうか。そのために、公務員のテレワークの更なる推進は非常に重要なテーマである。
政府のデジタル化を進めて行く上でもう1つ重要なことは、「デジタル化」の弊害への対応である。たとえば、PCやスマートフォンを扱えない人達への配慮といったデジタル格差の問題や、個人情報の流出防止などの問題である。突出した「技術」の進化が、「社会」や「生活」「自然」との不調和をもたらすことは、環境問題や地球温暖化問題などで、私たちは経験済である。そのため、「デジタル化」が「社会」や「生活」との不調和を生まないために、法整備やガイドラインの作成などが、同様に重要となる。
以上、「行政」や「政治」、「政策」と「国民」との間にある「距離」をもっと近づけ、身近なものにしていく観点から、政府のデジタル化の中で取り組むべきテーマを提起した。冒頭で述べたように、「デジタル庁」の議論は、国民の生活と密接に関わる「べき」であり、その関心も高くある「べき」だと私は考える。
私は、現在は行政の現場からは離れた身ではあるが、それでも行政や政策には関心を持っていたいし、願わくば何らかの形で、そのお手伝いをしていきたいと今も考えている。政府のデジタル化は、私と同じような考えを持つ人にとっての願いでもあると思う。
この記事が、皆さんが政府のデジタル化について関心を持つきっかけとなるとともに、政府におけるデジタル化の議論が、「国民目線」でさらに進められていくことを期待したい。
【自己紹介】外山 大(とやま だい)
2002年から2013年にかけて、文部科学省にて科学技術行政に従事。主に科学技術の国際協力や、ライフサイエンス分野の研究振興、宇宙開発分野の審議会(宇宙開発委員会など)の事務局に携わる。ライフサイエンス課時代は、SARS(重症急性呼吸器症候群)への対応にも関わった。2018年より、株式会社プリンシプルに、SEOコンサルタントとして参画。アクセスログやGoogle Analytics、Google Search Consoleのデータ分析を中心とした大規模サイトの構造的な問題の分析、改善提案を行っている。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」