いとうまい子さんが語った「女優」と「研究者」の二刀流人生--否定されても恩返しを続ける理由 - (page 2)

否定されても貫いた「研究者としての道」

 20〜30代でのつらい経験から、人生の軸となる気づきを得た。40代になったいとうさんが、次にエネルギーを注いだのは「学び」だった。高校卒業後は芸能生活と並行して大学進学するも、忙しすぎて夏休みまで1度も登校できず、即退学となった過去もあった。「いまの自分には、恩返しするための術も土台もない。大学で学んで、その術を見つけよう」と考えたのだ。入学前には、「あなたのような仕事をしている人は、本当にすぐにやめるから、入れたくない」とも告げられたが、「恩返しをするために学びたい」という想いを切実に訴えて入学を許されたという。


 恩返しといっても具体的に決まったものがなかったいとうさん。偶然出会ったもののなかから、自ら突き詰めるべきテーマを見出してきたキャリアが印象的だ。3年生でのゼミ選択では、ずっとやりたかった予防医学の教授が退官となり悩んでいたところ、「20歳くらいの同級生に相談したときおすすめされた」ロボット工学に進んだ。予防医学とロボットを融合させると面白いかもしれないと考えたという。

 また、ゼミでの研究テーマ「ロコモティブシンドローム」は、「整形外科の現役の医師の方が生徒として入ってこられて、その方が持ち込まれたテーマだった」と振り返る。それまで聞いたことも見たこともなかった言葉だったが、調べていくうち、これからの日本には大きな問題になるだろうと感じ、自らもこれに挑むと決めた。

 ロコモティブシンドローム(運動器症候群)とは、骨、筋肉、関節、神経などの運動器の機能低下が進行し、要介護となるリスクが高まるというもの。そして、寝たきりになる一番の要因は、この運動器障害であるという。いとうさんは、「超高齢社会の日本の現状」として、平均寿命と健康寿命の差を示し、「男性で9年、女性で12年、寝たきりになる可能性がある。私は、なんとしてもこの社会問題を解決することで、恩返しをしたい」と、ロボット開発に取り組んできた想いを語った。ロコモーショントレーニングをすることで、筋力を維持し寝たきりを回避できるという点に着目したのだ。



 正しいスクワットをしないと、関節や膝、足腰を痛める可能性がある。いとうさんは、膝が爪先より前に出るとセンサーが検知して知らせてくれる「ロコトレ支援ロボット」を開発した。国際ロボット展にも出展したが、「この時点では全く恩返しできていない」と考えたいとうさんは、大学院へ進むことを決意。このときも、「あなたが作っているようなものは、誰も欲しくない。それなのになぜ、まだ大学院に行って研究したいのか」と厳しく追及されたが、「ここからは私はまた違うものを作ります」と言い切ったという。誰になんと言われようと、やりたいことをやるというスタンスは、このときすでに確立していた。

 修士課程では、ロコモーショントレーニングを支援する卓上ロボットを開発した。初号機は「ブルマちゃん」。二号機は「ウサギのロコピョン」。いずれも人型で、「実際に目で見えたほうが、高齢者の方は分かりやすい」と考えたという。



 ロコピョンはまず、「私の前に来てください」「何回スクワットやりますか?」と声をかけてくれる。2回でもいいし、10回でもいい。答えると「○回ですね、一緒にやりましょう」「準備ができたら、始めると言ってください」と話しかける。「始める」と答えると、一緒にスクワットをしてくれるのだ。

 筋肉に負荷をかけられるようゆっくりと動きながら、「息を止めないで」「前をちゃんと向いてください」「膝は痛くないですか」などと声をかけ、励ましながら、スクワットに伴走してくれる。終了後は、家族やかかりつけ医にメールで知らせる。安否確認も兼ねているという。いとうさんは、高齢者の自宅でのロコモーショントレーニングのために、看護師が電話でフォローしている現状も改善できるのではと話した。


 ロコピョンを国際ロボット展へ出展したことをきっかけに、AIベンチャーのエクサウィザーズのフェローにも就任した。ロコピョンの進化版を共同開発しているという。スクワットをしている人の骨格を検知して、やり方の正しさに応じて1段から10段のレベルを表示するゲーム性も取り入れた。


 いとうさんは次の博士課程で、基礎老化学、バイオの領域に進んだ。このときも教授からは「できるはずがない」と否定されたが、「いや、でも、できる」と押し切ったという。現在は、老化制御に関する食品成分を探索している。もちろん、芸能活動も継続中だ。

 「二刀流でどんなふうにやってきたのか、よく聞かれます。根底には“恩返しをしたい”という気持ちがありつつ、楽しいことややりたいことを、どんなに否定されてもどんどんやってみる、そんなふうに人生を楽しんでやってきました。ぜひ皆さんにも、そんなふうに生きていってもらえたら。私の話が何か参考になったらいいなと思います」(いとうさん)



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