エンタメ、家電、飲食、紳士服と渡り歩いて気づいたマーケティングの極意とは?--青山商事・平松葉月氏

永井公成(フィラメント)2021年02月05日 09時00分

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。今回の対談相手は、「洋服の青山」で知られる青山商事でリブランディング推進室副室長としてお仕事をされている平松葉月さんです。

 平松さんは、エンターテイメント業界、家電業界、飲食業界、そして紳士服業界と異業種を渡り歩きながらマーケティング担当として活躍されてきました。これまでのキャリアの変遷を振り返りながら、転職後どう振る舞うべきかや、PR戦略の考え方について存分に語っていただきました。

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青山商事 リブランディング推進室副室長の平松葉月氏

グラフィックデザイナーからマーケターに転身

角氏:まずは平松さんの自己紹介からお願いします。

平松氏:私のキャリアのスタートはグラフィックデザイナーでした。デザイン業をやりながら、自分がつくっているデザインの商品をお客様がどのぐらい買ったのか気になり、もうちょっと上流で企画に関わる仕事をしたいと思うようになりました。

 そこで知り合いの方からお声がけをいただき、ラウンドワンに転職しました。ラウンドワンでは、広報、広告宣伝、制作を全部行うブランドマネジメント室という部署に入りました。広告宣伝や取材対応などを担当し、そこでマーケティングを一通り学びました。

 本当であればその後若年層に対するデジタルマーケティングを進めたいと思ったのですが、時期が早いということでしたので、家電メーカーのAQUA(アクア)に転職しました。そこでは販促・プロモーションをやることになったのですが、BtoCだと思って入ったら家電業界は実はBtoBtoCで、自分がお客様に伝えたいことをストレートに伝えられないということに気づき、BtoCの会社に行きたいと思うようになりました。

 でまた転職して、幸楽苑ホールディングスに入りました。マーケティングをやりたいので、マーケティングの部署を作りたいと思っていたのですが、トップの意向で広報室の立ち上げのタイミングで参画しました。入った直後に業績が悪化し急遽マーケティングの部署を作ることになり、経営戦略とマーケティング戦略をすり合わせて一緒に動かしていき、1年後に黒字に転換することができました。その後、ある程度業績も良くなってきたため、役割は終わったと感じ、今度は業界自体が低迷している紳士服業界にいこうと考えました。

 今は青山商事で、マーケティングによる経営課題の解決や紳士服業界の改革、復活を目的として日々お仕事をしています。

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角氏:なるほど。キャリアアップをされると同時に、やられるお仕事の中身も変わっている感じですかね。

平松氏:そうですね。同じことを同じ方法でずっとやり続けることができない性格なので。

トラストを得るためには十分な説明と相手の話をよく聞くこと

角氏:華麗にキャリアを変遷させていますが、その中で、うまくいかなかったことなどもあるのでしょうか。

平松氏:転職したら最初のうちはどうしてもコミュニケーションがうまくいかないですね。転職してきた人は社内の人から見れば異端なので、最初は周りからすごく反発されるんですよ。だから「自分のトラストをいかに短期間でつくれるか」が、大事になります。自分の実力はトラストを得てからしか出せないじゃないですか。かかる時間は転職のたびに短くなりますが、それまでの間は失敗しかないですよね(笑)。

角氏:それは、「自分がやりたいことがうまく伝わらない」とかそういう感じですか。

平松氏:そうです。たとえば稟議書にも自社ルールがあるじゃないですか。各社の自社ルールが分からない状況で新しいことをやるので、失敗ばかりですよね。先にこの人に話を通さなきゃいけないのに抜けていたから拒否されるとか。

角氏:なるほど。転職された時に心がけていらっしゃることはありますか。

平松氏:「自分はこんなにすごい人間です」ということは言わないようにしています。特にマーケティングの領域では、過去にやってきた自分の成功を言いたくなります。しかし、私が毎回業界を変えて転職しているということもあり、それを言ったところで今所属している業界の人には響きません。そもそも、過去の経験を語っても、今の会社でどう応用するのかまで言わない人が多いので、そんな話しても意味がないと思うんですよ。

角氏:「結局過去の自慢かよ」みたいな感じになっちゃいますよね。それではトラストを得るために大事なことってどんなことなのでしょうか。

平松氏:まずは相手の話を聞くことです。それから、「なぜ私がそう思っているか」という理由を説明します。

 私がいた会社はトップダウンの会社が多かったのですが、トップダウンのやり方がうまくいっている時は、社員は言われたことだけをやればよく、目的を知らされていなくても大丈夫なんです。でもそれがうまくいかなくなってきた時は、「なぜ自分がそれをやっているのか」を知らないと、みんなが同じ目的に向かって仕事をできないんですよ。なので、必ず「こういう表現をしているのにはこういう理由があって、こういう人たちに伝えるからこういうふうに言っているんですよ」というのを全部説明します。

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 あとは、自分のやっている仕事が周囲から切り離された単独のものではないことを分かってもらうために、「こういう経緯があって、今あなたのところでこういうことをやっていて、その先にはこれがありますよ」という物事の前後関係を全部伝えます。そうすることで、現在のポジションのことだけではなく、自分の仕事を俯瞰的に見ることができます。

角氏:めちゃくちゃ大事なことですね。

平松氏:伝え方は常に意識しています。

3箇所の違う場所から話を聞いたら情報が伝わる

角氏:マーケティングでうまくいった事例も教えていただけますか。

平松氏:幸楽苑にいた時のお話をします。かつて幸楽苑が低迷していた時期にオファーをいただいて入社しました。入ってみると、外食の分野はマーケティングの考え方が浸透していない業界であることがわかりました。外食業界は、「美味しいものを作ったら何も言わなくても売れる」という信念で創業されている方が多くて、トップの方は特にそれを強く持っている人が多いようなんですね。

 でも、それをスケールするのって難しいじゃないですか。そこで、これは「安くてもきちんと味に向き合って美味しいものを作っていますよ」と世に伝えていけばいいんじゃないのかと思い、マーケティングの思考を取り入れていろいろなことを展開していきました。そして、これまで、世の中に何かを伝える時はチラシなどの広告だけだったですが、それをプレスリリースとして出したり、取材の人たちに「こういうのありますよ」とこちらから伝えることによってメディア発信での情報伝達を増やすようにしたのです。

 そもそも興味がない人からすると、テレビのCMもウェブの広告も見ません。でもニュースやメディア側が発信するものにはある程度みんな興味を持ちますよね。そこで幸楽苑についての情報をメディアで聞いて、その後広告を見たら「あ、さっき言っていたやつはこれか」となります。

 もう皆、広告を見飽きていて、自分の興味あるもの以外の広告は自動的に目に入らないように自分で無意識のうちにフィルタリングをしているんです。なので、必ずプレスリリースで場を温めてから広告を打つようにし、さらにSNSでの情報拡散も同時に行うことで、いろいろな場所で商品や社名を聞いたり見たりするというような状況にし続けました。

 それらの施策を行いながら、当時の副社長が発案するいろいろなアイディアを実現していきました。他のいろいろなコスト削減策も合わさって、全社の力で1年で黒字化を達成したという感じですね。

角氏:なるほど。だから個々人のフィルタリングの壁を突破して情報を提供していくという、広告とは別な情報導線が必要だということですかね。

平松氏:そうです。人は3箇所の違う場所で同じ話を聞いたら、フィルタリングされずに情報が伝わると思っています。「ニュースなどのメディアから入ってくる情報」「企業発信の広告」「自分の知り合いやSNSで流れてくる身近な情報」、この3箇所ですね。

角氏:そこに気づくまでって結構大変ですよね。

平松氏:そうですね。それは幸楽苑の時に気づきました。みんな好きなものってある程度一緒で、そこから先って本当にニッチなところに入っていくじゃないですか。そこの大部分の共通意識からはずれたら、ほとんどの人が気にしないんですよね。まさに今の青山商事がそうです。洋服の青山のことは誰も気にしていない。なので広告をいくら打っても入らないんですけど、今回CMを新しくして先程の3箇所理論で、ある程度みんなの意識の中に入ってきているんじゃないかとは思っています。

角氏:探偵シリーズのオダギリジョーさんと賀来賢人さんのCMですよね。あれもなかなか面白いなと思って。都内だと電車の広告とかにも入っていますもんね。

平松氏:そうですね。山手線をジャックしたり、新宿の駅構内に長い広告を出したりしました。

角氏:3つの方向から情報を差し込んでいくという戦略は、やっぱり青山でも考えられているということですか。

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平松氏:そうですね。洋服の青山ってみんなの意識の外にある店なんですよ。私自身、入社する前まで洋服の青山の店舗には入ったこともなかったです。すごくショックだったのが、何回も前を通っている道に青山があったことに、入社してからやっと気づいたんです。あんなに大きな看板で、あんなに主張している店なのに、意識にまったくないということは多分一般の人はみんなそうなのだろうと思います。一般の人の中では紳士服店はどこも同じに見えていると思うんですよ。なのでそこからどうやって飛び出すかというところを今やっています。

角氏:なるほど。SNSの情報拡散はどのように行っているのでしょうか。

平松氏:青山はSNSをほとんどやっていなかったのですが、Twitterでいろいろとキャンペーンを実施した結果、入社時はフォロワーが1万人くらいだったのが、今では14万人を超えました。

角氏:約1年でそんなに増えているんですか。

平松氏:増えました。プロモーションやりまくって。企業はファンのついているタレントを使ってTwitterのフォロワー数を伸ばすことが多いんですけど、そのフォロワーは企業のファンではないですよね。青山に興味を持ってくれる人にフォロワーになって欲しいんです。数の問題ではなく質の問題で。

 最初から人だけを集めたければ、それこそ「Amazonギフト券1万円分プレゼント」という風にやればたくさん集まるんですけど、そうではなく、フォロワー数が10万人を超えるまでは青山のギフトカードをメインのインセンティブにしてキャンペーンをやり続けました。今のフォロワーは十数万人になっているのですが、タレントのファンでフォロワーになっている人より、洋服の青山に興味を持ってくれているアクティブなフォロワーが多いのが自慢です(笑)。

角氏:質が大事ですもんね。会社の公式アカウントをフォローしている人が会社のファンでなければ、あまりフォロワーとしての価値がないですもんね。

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